第24話 校外学習へ行こう2


「おお……」


椿芽が思わず見上げ、声を上げた。俺たちの目の前には、巨大なアスレチックジムが鎮座している。先に来た別のクラスの子たちが、すでにそのアスレチックに挑戦中で、必死に登っていた。


「あれ、相当高いぞ……」


若狭さんはアスレチックを見上げると、その場で固まり始めた。どうやら高所恐怖症のようで、顔が少し青ざめている。


「ありゃ、朱音ちゃん、高いとこダメそ?」


「うう……うん」


若狭さんが珍しくしおれているのが、なんだか新鮮だ。


「あのアスレチック、大体15メートルあるみたいですよ! 登る前に命綱をつけて安全対策もバッチリです!」


鈴木が得意げに説明を始めたところで、若狭さんがピシャリとツッコミを入れた。


「余計なこと言うな!」


普段クールな若狭さんが、ここまで感情をあらわにするのはなかなかレアだ。そんなこんなで、俺たちのクラスも順番に準備を始めることになった。


「よーし、今度はお前らの番だな。正直、一番不安な班だけど、若狭さんがいるし、なんとかなるだろう」


先生はそう言って俺たちを促したが、肝心の若狭さんは、出発前からすでに戦意喪失している。


「よし、行くぞ、お前ら!」


「「おー!」」


響の号令に合わせて、俺たちはぞろぞろと階段を登り、アスレチックへと向かった。階段をいくつか登ったところで、最初の難関が現れた。ロープで吊られた丸太の橋が、目の前に揺れている。


「おい……これ、渡るのか?」


「いや、これしか通る場所ないでしょ」


「私、先行くねー」


「ま、待って、椿芽……!」


若狭さんが怯えた様子で立ち止まっている間に、椿芽と鈴木は軽々と吊り橋を渡っていく。


「うう……」


「若狭、平気か?」


響が心配そうに声をかけるのを横目に、俺も意を決して吊り橋へと踏み出した。


「んじゃ、先行くな」


一つずつ慎重に足を置きながら進んでいく。だが、待合場が見えてきたその瞬間、突如として強い風が吹きつけ、最後の着地でバランスを崩した。


「あ、やば——」


スコッとそのまま足を滑らせ、俺は下へと落ちてしまった。幸い、命綱のおかげで宙ぶらりんで済んだけど、予想以上に揺れるし、高所でのこの状況はさすがにビビる。


「あああああああぁぁぁぁ!」


今の光景を見ていた若狭さんが、悲鳴を上げているのが聞こえた。


「大丈夫か、若狭?」


「もうムリ……腰抜けた……」


「おい、マジで大丈夫かよ……」


俺はひたすら命綱を頼りに腕を使って登り、何とか待合場まで戻ると、鈴木が手を差し出してくれて、無事に引き上げられた。


「助かった、ありがとう」


「どういたしまして。でも、あっちがね……」


鈴木が苦笑いしながら反対側を見ると、響が若狭さんをサポートしながら吊り橋を渡っている最中だった。若狭さんは小さく震え、ぎこちない足取りで一歩ずつ進んでいた。


二人が無事合流し、俺たちはのんびりとアトラクションをこなしていった。やがて終盤が近づいてきた頃、俺はそっと椿芽に耳打ちする。


「そろそろ終盤だな、椿芽。この前俺が言った件、覚えてる?」


「うん、覚えてるよ。お願いね」


椿芽は小さく頷いてくれた。その顔を見て、俺も安心する。


「よし、よかった。俺もこのアスレチックでフォローする予定だったんだけどさ」


「ほうほう、助かるねえ」


椿芽はちょっと楽しそうに身を乗り出してくる。でも、俺は少し肩をすくめてみせた。


「でもな」


「でも?」


「椿芽さんが怖いも知らずで、どんどん進めちゃうから、ここじゃなんともならんすわ」


「なんとー!」

椿芽は目を丸くして驚きながら、少し悔しそうな顔を見せた。


「なんなら、若狭さんの方が響といい雰囲気出てる気がするけどな」


「な、な…! 朱音ちん、やりおるのう……!」

椿芽は「ぐぬぬ」と悔しそうに唸るが、ふと表情を変えて何かに気づいたように「はっ!」と声を上げた。


「どうした……?」

俺が怪訝な顔で尋ねると、椿芽は不敵に笑みを浮かべながらこちらを見た。


「ふっふっふ、悟くん、ここでのフォローは入らんよ。私にね、良いアイデアが浮かんだから!」


「そ、そうか…なら、がんばれ…」

椿芽が悪巧みをするような顔でこちらを見てくるもんだから、俺は少し圧倒されつつも彼女に任せることにした。


(……)


しかし、椿芽が何か特別なことをする様子もなく、俺たちはそのままアスレチックの頂上まで到達した。そこには、吊るされたロープを滑車で300メートルも滑り降りるジップラインが待ち構えている。高い場所から一気に滑り降りるそのアトラクションに、俺もちょっとビビっていた。


「いやいやいや……」


若狭さんは顔面蒼白で、ジップラインを見た瞬間から首を横に振っている。そんな中、椿芽が突然響に近づき、作り物みたいな震え声を出し始めた。


「やーん、ひーくん、私これ怖い……!」


「はあ?」

響はドン引きの表情を浮かべる。なんともぎこちない演技で「怖い」をアピールする椿芽に、俺も若干引き気味だ。


「怖いから、一緒に降りようよ!」


「いや、どう考えてもこれ1人ずつ降りるやつだろ」

響は、椿芽の無茶な提案に真顔で突っ込む。


「できますよ」


「へ?」


「2人で降りることも、できます」


「いやいや、どう見ても……」


「お二人が身を寄せ合ってくだされば、問題ありません」

頂上にいたスタッフが、なぜか謎のフォローを入れてきた。


「いやいやいや、そもそも密着して男女で降りるってのは……」


「いくよ、ひーくん!」


「うわあああああ!」「きゃあああああ!」

椿芽は強引に響の手を取ると、スタッフが手際よく準備を終える間もなく、さっさと2人でジップラインを滑り降りていった。


……なんとも椿芽らしいパワープレイに、俺はただ呆然とするばかり。


「それじゃあ、若狭さん。頼むね、佐藤くん」


「へ?」


鈴木もさらりとジップラインで降りていき、俺の目の前には怯えた若狭さんが残された。


「……」


「……」


若狭さんが不安そうにこちらを見つめている。


「えーと……俺も1人で降りていい?」


若狭さんは首をブンブンと横に振る。


「いやいや、さすがに男女で一緒にってのはマズくないか?」


「……怖い」


「いや、でも……」


「今回は、目をつむる」


「いやいやいや……」


「あとがつっかえてるから、さっさと行け」


後ろから来た女性スタッフに押され、俺たちはそのまま2人でジップラインに乗る羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る