第22話 椿芽の想い
俺は夜道の住宅街を全力で駆け抜けていた。
「まだ、そんなに遠くには行ってないはず……」
でも、ここら辺の土地勘があるわけでもないし、どこをどう探せばいいのか見当もつかない。こういうとき、響ならきっとすぐに椿芽の行きそうな場所を察するんだろうが……
俺は、椿芽と過ごした時間がまだ浅いせいか、彼女の気持ちを完全には読めない。
少しでも確率の高い場所を目指そうと、俺は椿芽の家の方向へ向かって駆け出した。
どれだけ時間が経ったんだろう。もしかしたら、もう椿芽は家に戻ってしまったのかもしれない。俺は走り回って額に浮かんだ汗を拭いながら、謝るべき言葉を頭の中で探していた。だが、ふと通りかかった公園で、暗がりの中、小さな街灯に照らされたベンチに座っている椿芽の姿を見つけた。
「いた……!」
俺は息を切らしながら、ゆっくりと歩を進めて彼女の座るベンチへと向かう。
「椿芽……」
声をかけると、椿芽はびくりと小さく肩を震わせ、俺の方を見上げた。
「さ、悟くん……」
その表情に、ほんの少し怯えた色が見える。俺は胸が締めつけられる思いで、ただ頭を下げる。
「ごめん……」
椿芽は困惑したように眉を下げる。
「え……どうして謝るの?」
「俺が、椿芽の知られたくない過去を知ってて……」
「……どこでその話知ったの?」
彼女の問いに、俺は一瞬だけ躊躇したが、ここで嘘をつくのは筋違いだと思い、正直に答えた。
「響から聞いた」
「ひーくんから……」
その答えに、椿芽は小さくうつむく。
「でも、響は悪い意味で教えてくれたんじゃない。あいつは椿芽のことを大切に思ってる。どんな辛い過去があっても、それでも前を向いて進むお前を……誇りに思ってるんだ。椿芽が笑っていることを、あいつは心から喜んでた」
静かな沈黙が流れる。その後、椿芽はぽつりと口を開いた。
「私ね……ひーくんが好きなの」
「それは、なんとなくわかる」
「ふぇ!?」
俺の淡々とした返事に、椿芽がびっくりしたように変な声を上げた。
「椿芽が響のことを好きなのは、俺でも何となくわかるよ」
「でも……なんで好きなのに、その気持ちを押し殺してるんだ?」
それだけは、どうしても理解できなかった。
「私が、好きだって思えば思うほど、周りの人が不幸になっちゃうんだ……だから、お母さんとお父さんは死んじゃったんだ……」
椿芽はぽつりぽつりと話す。辛そうに、でもどこか自分に言い聞かせるように。
「でも、私が気持ちを抑え込めば何も起きなくなった……だから、悟くんもわかるよね。私が我慢すればいいの。そうしたら、ひーくんが幸せになる」
そう言って、椿芽が俺の方を向いた。その目には、こらえきれない涙が溜まっていた。
「そんなこと、ない!」
思わず声が荒くなってしまう。椿芽の目が驚いたように見開かれた。
「え……?」
「なんで、そんなこと言うんだ!」
「だって、私が……」
「悪魔だのなんだの、たまたま起きた不幸な出来事を周りが勝手に結びつけただけで、椿芽は何も悪くない!なんで、お前がそんな気持ちを抱えて苦しまなきゃいけないんだ!」
俺は堪えきれず、言葉を続けた。
「響がそんなこと言ったか? あいつなら、どんなことがあっても、お前の気持ちを受け止めてくれるはずだ!」
椿芽は言葉を失ったように、静かに俯く。
「椿芽……無理しないでくれ。周りが何を言おうが関係ない。好きな気持ちを押し殺す必要なんてないんだ」
その言葉が届いたのか、椿芽の肩が小さく震え、涙が静かにこぼれ落ちた。
「私……してもいいの……?」
涙に濡れた顔を上げ、椿芽が静かに尋ねた。その問いに、俺は迷わず頷いた。
「ああ……」
俺は、ただ椿芽が落ち着き、涙が止むのを待ち続けた。
「ごめんね、悟くん。私……泣いちゃって……」
椿芽が少し赤くなった目を拭い、いつもの明るい笑顔を見せてくれる。その姿に、俺もほっと胸を撫でおろした。
「でもね……さすがにいきなり『好きです』っていうのは恥ずかしい……」
椿芽が照れくさそうに笑う。その仕草がなんだか微笑ましい。
「そりゃそうだけどさ、何も行動しないと進展しないだろ?」
「え……?」
「だから、まずは一歩踏み出そう。よし、今度の校外学習で頑張ってみるってのはどう?」
「え、えええええ!」
椿芽は驚きすぎて声を上げる。
「大丈夫、俺もフォローするからさ」
「うう……」
戸惑いながらも、少しだけ前向きになってくれたみたいだ。俺はそっと安心して、歩き出す。
「とりあえず、帰ろっか」
「うん……」
「よし、家まで送るね」
「え、いいよ、そんなの」
「何言ってんの。暗い夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないでしょ!」
「はーい」
椿芽は照れたように、でも嬉しそうに返事をしてくれた。その後、俺たちは静かに並んで歩きながら、椿芽の家まで向かった。
「じゃあね、悟くん。今日はありがとう」
「またな、椿芽」
椿芽が家の中に入るのを見届けて、俺は一息つく。さて……と、思い出したことが一つ。
「そういえば、叔母さんにお代払わんとな」
俺は公園から食堂まで来た道を引き返し始めた。夜風に冷やされた汗が肌に残って、少しひんやりするのを感じながら、俺は静かな夜道を歩き続けた。
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