第8話 国のための結婚


 音楽に合わせてステップを踏む。

 真っ直ぐに見つめるそのブルーの瞳には、同じ色のドレスを纏った私が映っている。


「ダンス、上手だな」

「学園の授業でしか踊ったことがなく心配だったので、こっそり練習してきました」

「わざわざ練習してくれたのか?」

「はい。クラージュ様に恥をかかせるわけにはいきませんから。でも、ずっと一人で練習していたので、こうやって手を取り合って踊るとまた少し違いますね。とても楽しいです」

「そうか、それは良かった」


 口元を緩めるクラージュ様。

 少し早くなったテンポに、鮮やかなブルーのドレスの裾がふわりと靡く。

 クラージュ様のリードが良いからなのか、練習の時よりも上手く踊れている気がする。


 すごく楽しい。この時間がいつまで続けばいいのに、なんて思ってしまう。


 一曲目が終わり、自然と手が離れる。

 名残惜しさを感じながら、少し乱れた呼吸を整えた。

 

 二曲目が始まる前、国王陛下から大事な話があるとのことで、会場にいる全員が壇上へと注目する。


 国王が立ち上がり、そしてマリアンヌ様も立ち上がった。


「この度、第一王女マリアンヌが、長年敵対していた隣国の王太子のもとへ和平の証として嫁ぐことが決まった」


「えっ……」


 参加者たちもみんな、驚いていた。それぞれの思いを口にする。


「やっと、和平交渉が上手くいったのか」

「敵国の王子に嫁ぐなんてマリアンヌ様がかわいそう」


 周りは口々に呟いているが、クラージュ様はただじっとマリアンヌ様を見ていた。

 ああ、そうだ。あの時の言葉はそういうことだったんだ。


『お前は立派だ』

『もちろん。この国の第一王女ですから』


 二人の会話が頭の中で繰り返される。

 クラージュ様は、マリアンヌ様が国のために嫁いでいくことを知っていたんだ。

 

 いったい、どんな気持ちでいるのだろうか。

 好きな人が、国のために、それを義務として嫁ぐ。

 いくら想っていても、どうにもならないこともある。

 

 それをわかっていて、好きな人と結婚したいだなんて私のわがままのために仮の婚約をしてくれたんだ。


 その時、国王陛下が、マリアンヌ様のはなむけとして、今夜は誰でも王女と踊っていいと宣言した。

 音楽が鳴りはじめ、貴族の男性たちが代わる代わる順番に王女と踊っている。

 

 その様子を、クラージュ様はじっと見つめていた。


「マリアンヌ様と踊らなくてよいのですか?」

「ああ。俺はいいんだ」

「ですが明日、出立するとおっしゃってましたし、嫁いでいけばめったに会うことも、ましてや踊ることなんてもう出来なくなります」

「それはそうだが」

「クラージュ様、これはマリアンヌ様へのはなむけです。踊ってきてください」


 私はクラージュ様の背中をそっと押す。

 少し戸惑った表情をしたが、ゆっくりと頷き、マリアンヌ様の元へと向かった。

 私にできることはこんなことしかない。


 手を差し出されたマリアンヌ様は驚いてたが、すぐに顔を綻ばせ、クラージュ様の手を取り踊りはじめた。


 さらさらのブロンドの髪と純白のドレスを靡かせるマリアンヌ様と、背が高く逞しい身体に、普段とは違う正装姿のクラージュ様。

 こうして見ると本当にお似合いだ。


 オルソン伯爵の言う通り、結婚は家同士の結びつきが大きく関係している。

 それが国同士であればなおさらその重要性は大きいものになる。


 きっと、クラージュ様は想いに蓋をしたままマリアンヌ様を見送るだろう。

 せめて、このひと時の間だけでも幸せを感じてもらいたい。


「アネシスちゃん」


 二人のダンスをじっと見ているとふいに名前を呼ばれた。

 振り返ると、騎士団の制服を着たキース様がいる。


「お疲れ様です。キース様はお仕事だったのですね」

「うん。自分で勤務に就きたいって志願したんだ。クラージュも志願してたけどすぐ国王から却下されてたね。まあヴァルディ公爵家の跡取りなんだから出席するのが当たり前だよね」

「だから、今日のためのパートナーを探していたのですね」

「んー。そういうわけではないと思うけどね」


 あれ? 違った?

 クラージュ様から、キース様だけは事情を知っていると聞いていたけど、仮の婚約の理由までは知らないのだろうか。


 私たちはそのまま並んで、クラージュ様とマリアンヌ様のダンスを眺める。


「マリアンヌ様、本当にお綺麗ですね。クラージュ様がお慕いするのもわかります」

「お慕い? クラージュが王女を好きってこと? それはクラージュから聞いたの?」

「いえ。直接聞いたわけではありませんが、クラージュ様を見ているとそうなのかなと」

「ははっ、そうなんだ。それ、クラージュに直接聞いてみるといいよ」

「ええ! 聞けるわけありませんよ」

「そうかな。ははっ、まあいいけど」


 なぜかキース様はずっと笑っていたが、そんなこと絶対に聞けないと思った。

 私は手を取り合い踊る二人を見ながら、それぞれどうか幸せな未来がありますように、と願うばかりだった。


 ◇ ◇ ◇


 無事に舞踏会が終わり、私は馬車で家まで送ってもらっていた。

 クラージュ様はずっと黙っていたが、おもむろに口を開く。


「キースと、何を話していたんだ?」

「え? キース様?」

「何やら楽しそうに会話しているように見えたが」

 

 話していたことろを見ていたとは思っていなかった。

 キース様はあの後すぐに、仕事に戻っていった。

 クラージュ様が踊り終え私のところに戻ってきた時にはもういなかったので、踊りながら私たちを見ていたということだろうか。


 確かにキース様はなぜか楽しそうに笑っていたが、クラージュ様がマリアンヌ様を慕っている話です、なんで到底言えない。


「えっと……、他愛のない話ですよ」

「他愛のない、話……か」


 クラージュ様はそれ以上何も聞いてこなかったが、口をつぐんだまま少し拗ねたような表情になる。

 そんなに、キース様との会話が気になるのだろうか。

 私もそれ以上何も言わなかったが、拗ねた表情のままこちらをちらちらと見るクラージュ様はなんだか可愛かった。

 

 家に到着し、クラージュ様に手を引かれながら馬車を降りる。


「アネシス」

「はい」

「マリアンヌが明日、出立の見送りにぜひアネシスに来て欲しいそうなんだが、どうだろう」

「私が、行ってもよろしいのですか?」

「もちろんだ。それに、マリアンヌがどうしてもと」

「マリアンヌ様の大切な門出に立ち会えるなんて光栄です。ぜひ行かせていただきます」

「よかった。それではまた明日迎えに来る。今日はありがとう」

「こちらこそありがとうございました」


 今日はいろいろあったけれど、私はちゃんとクラージュ様のお役に立てただろうか。

 舞踏会のパートナーという役目は果たせたかもしれないけれど、やるせない気持ちだけは残ったままだった。

 

 でも、楽しかったな。ダンスの練習しておいて良かった。

 こんなに綺麗に着飾ることももうないだろう。

 今日の舞踏会は私にとって特別で、忘れられない出来事になった。

 

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