第6話 第一王女マリアンヌ


「あなたが、クラージュの婚約者のアネシスさん?」

「は、はい。アネシス・マドリーノと申します。この度は、お、王女殿下に――」

「堅苦しい挨拶はいいのよ。私もここでは立場を忘れてくつろいでるから」


 今、私の目の前にいるのはこの国の第一王女マリアンヌ様だ。

 クラージュ様の従姉にあたる方だが、家にいるなんて聞いてない!

 

「それにしても、ちょっと……地味ね?」

「す、すみませんっ。私のようなものがクラージュ様の婚約者だなんて」

「アネシスさん、自分を卑下するのは良くないわ。私が言いたいのは、女は磨けば光るということよ」

「はい……」


 にこやかに笑うマリアンヌ様は同じ人間だとは思えないほど美しい。

 いくら磨いたとしてもこんなふうになれるとは到底思わない。


「マリアンヌ、あまりアネシスをいじめないでくれ」

「あら、いじめてなんていないわよ。私はアドバイスしてるだけ。そうだ、私が身繕ってあげましょうか。こう見えてヘアセットも得意なのよ」

「心配しなくてもうちの侍女に任せておけばいい」

「昔はクラージュにもしてあげたじゃない。かわいいって喜んでたのに」

「そ、それはっ、昔の話だ」


 恥ずかしそうに頬を染めるクラージュ様はなんだか可愛らしくて、マリアンヌ様の前ではこんな表情もするのだと少し複雑な気持ちになった。


「それより、今日はアネシスさんの初めてのお披露目でもあるし、面倒ごとにならないといいけど」

「面倒ごと、ですか?」

「いや、なんでもないんだ」

「でも、ある程度の心構えは必要よ」

「それはそうだが、彼女にあまり負担はかけたくないんだ」

「あの、私聞いておきたいです。至らない点も多いかと思いますが、しっかりとクラージュ様のパートナーを務めたいと思っておりますので」


 クラージュ様ほどの立場になれば、いろいろと大変なこともあるだろう。

 もちろん不安なこともあるが、私を救ってくれたクラージュ様のために私にできることをしようと決めたんだ。

 それが、この婚約の意味なのだから。


「すごくいい子じゃないクラージュ」

「ああ。俺にはもったいないくらいだ」

「そんな、恐れ多いです……」


 面倒ごと、というのは今までのクラージュとの婚約を狙っていた令嬢たちや、自分の娘と婚約させたい貴族たちが私たちの婚約をよく思わない可能性があるということだそうだ。

 可能性がある、なんて濁した言い方をするけれど、よく思わない人がほとんどだろう。


 もしかしたら私の存在がクラージュ様にとって迷惑になってしまうかもしれない。

 いや、そんなことはクラージュ様の申し出を受けた時からわかっていたことだ。

 わかったうえで、私はこの婚約を受けたんだ。


 行く前から怖気づいていてはいけない。

 クラージュ様のパートナーとしてしっかりとしなければ。


 礼儀作法、婚約者としての振る舞い方、ダンス。

 父が見栄を張って、貴族学園に通わせてくれたこともあり、一通りのことはできる。

 クラージュ様たちの周りにいる高貴な令嬢に比べると劣ってしまうだろうが、今日のためにいろいろと準備してきたのだから。

 私は背筋を伸ばし、真っ直ぐにマリアンヌ様を見る。


「心配することはなさそうね。では、私も準備があるからそろそろ戻ろうかしら。アネシスさん、また舞踏会で」

「はいっ」

「マリアンヌ」

「なにクラージュ」

「お前は立派だ」

「もちろん。この国の第一王女ですから」


 柔らかく微笑みながら部屋を出ていくマリアンヌ様を、儚げな表情で見つめるクラージュ様。

 二人が最後に交わした言葉の意味が私には分からなかったけれど、ひとつだけ気づいたことがある。

 クラージュ様はきっとマリアンヌ様が好きなんだ。

 けれど、その想いを告げられずにいる。だからずっと婚約者がいなかったのか。

 そして私のような後腐れない女と期間限定の婚約をした。

 そう考えると全て納得がいく。


 きっと、舞踏会が終わればタイミングをみて婚約を解消するだろう。

 それまでに私がクラージュ様にできること。少しでもその想いを後押しできたら。


「アネシス」

「あ、はいっ」

「急な来客ですまなかった」

「いえ、王女殿下にお目にかかれて光栄でした」

「じゃあ我々も支度をしようか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 もう準備はできているからと案内された部屋へと入る。

 

 部屋には何人もの侍女が待機しており、中央には一着のドレスがトルソーにかけられ置かれていた。


 鮮やかなブルーのAラインのドレス。胸元には細やかな刺繡が施され、袖と裾にはレースがふんだんにあしらわれている。


「綺麗……」

 

 それに、このブルーはクラージュ様の瞳の色だ。

 私は隣に並ぶクラージュ様を見上げる。


「気に入ってくれただろうか」

「はい、とっても。こんなに素敵なをドレスありがとうございます」

「良かった」


 クラージュ様はホッとしたように顔を緩ませる。

 私も自然と笑みがこぼれた。


 こんなに素敵なドレスを着られるんだ。私に似合うだろうか。

 でも、楽しみだ。


「……」

「……」

「……」

「……」


「んんっ、クラージュ様、いつまでそこにいらっしゃるのですか? まさかレディの着替えを覗こうなんて思ってらっしゃいませんよね?」


 一番年配の侍女がクラージュ様に声をかける。


「えっ!? ああ、いや、そんなつもりはない! 断じてない!」


 侍女の言葉にたじろぐクラージュ様。

 お家ではいろんな表情をなさるんだな。


「それでは、またあとで。俺も着替えてくる」

「はい」


 クラージュ様が部屋から出ていくと、侍女たちが手際よく着替えをしてくれる。

 強く絞められたコルセットに気持ちまで引き締まるようだった。

 そしてドレスを身に纏う。

 上品な生地で着心地もよく、とても高価なものだとわかる。


 このドレスを私のために用意してくれたのだと思うと、嬉しくなった。


「いかがですか?」

「本当に綺麗なドレスですね。サイズもピッタリですし。ですが……」

「何か、気になるところがありますか?」


 このドレスに不満なんてない。でも、伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪に、地味でパッとしない顔がこのドレスに不釣り合いな気がしてならない。


「このドレスは地味な私にはもったいないですね」

「そんなことありませんよ。アネシス様はとても可愛らしいお顔立ちをされていますし、それにまだまだ支度は終わっていませんよ」


 その後、私はドレッサーの前に座り、前からお化粧をされ、後ろからヘアセットをされ、されるがまま身を任せた。


「できましたよ」


 手を引かれ、姿見の前に立つ。

 周りの侍女たちも満足そうに頷いている。


「すごい……これが、私?」

「そうですよ。とてもお綺麗です」

「ありがとうございます! すごいです魔法みたいです!」

「お化粧で少しお顔にメリハリをつけて、髪を纏めただけですよ」


 今まで化粧なんてしたことはなかったが、ここまで変わるとは思っていなかった。

 サイドで編み込まれ、後ろで纏められた髪は上品なのに、可愛らしい。


「本当にありがとうございます。嬉しいです」

「きっと、クラージュ様も驚かれますね」


 その時ちょうど、部屋をノックする音が聞こえた。

 侍女がドアを開くと、クラージュ様が入ってくる。


「アネシス、準備はでき……」


 クラージュ様は私を見ると、言いかけた口を閉ざし、目を見開いて固まってしまった。

 何か、おかしなところでもあるのだろうか。侍女の方たちにすごく綺麗にしてもらったし、自分でも見違えたな、なんて思っていたのだけれど。


 少し不安になっていると、年配の侍女がクラージュ様の背中をパンッと叩く。

 ハッとなったクラージュ様は額に手を当てるとぼそりと呟いた。


「すごく、綺麗だ。似合っている」


 頬は少し赤らんでいる。おかしなところがあるわけではなさそうだ。よかった。

 私に向けられた照れた表情がなんだか嬉しい。

 それに、クラージュ様のコートの色――。


「エメラルドグリーン……」

「だめ、だったか?」

「いえ、嬉しいです」


 エメラルドグリーンは私の瞳の色だ。

 お互いの瞳の色のドレスとコートを着ているなんて、本当に相思相愛のカップルみたい。

 もしかしたらクラージュ様は意外とロマンチックな一面もあるのかも。


「それでは行こうか」

「はい。よろしくお願いします」


 そうして私たちは王家主催の舞踏会へと向かった。


 ――――――――



 数ある作品の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

 次回、舞踏会に行きます! アネシスのたくましい姿をみられます!

 どうぞお楽しみください!


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