第45話 いつまでもここに




         ***




 ……三春ちゃんや智治さんと知り合ってから2年。トモくんの情報は聞かないが、それでも彼らとは交流をしていた。というより、私が夜の海に行く頻度が多くなったんだ。瀬辺地に似ていて落ち着くとか、とっても静かで居心地が良いとか……それだけの理由だが、なんだか私にとって、必要な場所なんだと思うんだ。


夜の海に行けば大抵、彼らはいる。そこで少し話して帰る。時にはご飯を食べに行ったり、休日には一緒に映画を観たりした。大学を卒業して以来、明確に友達と呼べる人が出来たのは、私にとってすごく嬉しいことだった。縁がどこに転がっているか、分からないものだ。


初めて会った時は分からなかったが、彼らは私と同年代だった。同年代と知ったとき、偶然がこんなにも嬉しかったことはない。未だに友達が出来ることは少ないし、職場でも同年代の友達と呼べる人はいなかったから。それに、彼らは微力ながらもトモくんを探してくれている。それに私はとても、感謝しているのだ。


 あの日から夜の海を散歩して、彼が来ないかなぁと探しているが、当然のように来ない。当たり前ではあるけれど、二人の友人がいるこの時に彼が来てくれたら……私はもう、なにもいらないだろう。しかし2年が過ぎた。やっぱり三春ちゃんの勘が外れているとしか……。


けれどそれで良いのかも知れない。淡い期待を持って日常を過ごしていければ、幸せだと思うから。


 今日は日曜日。きっと三春ちゃんも智治さんも海にいるのだろう。窓の外はすっかり暗くなって夜が来ている。あと少ししたら家を出て、暗く静かな海辺に行って、二人と話をしてご飯でも食べに行こう。明日は月曜日だけど、すぐに切り上げれば問題はないはずだ。


 そう思い部屋着から秋服に着替えていると、スマホが鳴る。誰かからメッセージが来たようだ。画面には2件の表示。メッセージは三春ちゃんからだった。


一体どうしたのだろう?一緒に遊びに行くときやご飯に行くとき以外、あまり連絡は取らないのだが、今日は珍しい。スマホを開き、メッセージを確認する。



 

『今すぐ海に来て!』


『間違いなくトモくんよっ!』




 胸がドクンと、跳ね上がる。


 思わず車のキーを持って、車に飛び乗る。運転していて気づいたが、スマホを床に落としたまま出てきてしまっていた。しかし、もう止まらない。


止まれない。


 果たして本人なのか、本人だとしても私を覚えているかどうか。さまざまな不安や懸念が脳裏によぎるが、そんなマイナスは振り払って前を向く。


少しでも希望があるのなら……


ハンドルを握る手が汗ばみ、少し震える。


 急かす鼓動を落ち着けながら、なるべく早く着けるように運転を続ける……。













         ***













「智樹、さん……ですか」


「え、ええ。……人探しなら、良ければ僕も――」


「ちょっと待っててくださいっ」


「は、はぁ……」


 三春、と名乗った女性は少し慌てた様子でスマホを取り出し、どこかにメッセージを送り始めた。その表情には鬼気迫るものがあって、話しかけられる状況ではなかった。……メッセージを打ち終えたのか、三春さんはゆっくりこちらを向き、真剣な面持ちで僕に再度話しかけてきた。


「いきなりですみませんが、少しだけ待っててもらえますか?」


「え、まぁ……待つのは構いませんが」


「よし!……それにしても、確かに似てる?のかなぁ~」


 なんだか独り言を呟いている。僕は全く訳がわからなかったし、どうしてここで待たなければならないのだろうと思っていたが、明日が月曜日ということを除いて特に断る理由もなかった。少し胸騒ぎがするが、気のせいだろう。


 しばらく三春さんと待っていると、遠くから三春さんを呼ぶ男性の声が聞こえてきた。男性は軽快に走ってこちらに近づき、手を振りながら僕らの前に来た。


「みーちゃん~遅れてごめんねっ」


「違う、智治、関係ない!」


「えぇ……いったいどういう――あれっ!?この人だれ?」


 近づいて来た男性に、三春さんが強く言う。それにショックを受けつつ、男性は僕を指差す。男性と目が合う。誰かに似ていると思ったが、ところどころ僕によく似ていることに気づく。三春さんが僕をとどめていたのは彼が僕に似ていたから……?あれ、でもさっき三春さんは「違う」と言っていたよな?


 三春さんと智治と呼ばれている男性が何かを話している。僕はまったくの蚊帳の外だったので大人しくしていたが、やがて二人の視線は僕に注がれ、思わずギョッとしてしまう。


「ああ~!もしかしてこの人が……!」


「間違いないわっ!どう?女の勘が当たったわ!」


「……?」


「でも、みーちゃんの勘って、あんまり当たってないような――」


「お黙りっ!智治」


「あっ、ハイ……」


 なんだか痴話喧嘩をしているようだが、僕にはさっぱりであった。三春さんがこちらを向いて「もう少し待ってて!きっとすぐ来るから」と言うので、ゆっくり待つことにした。……いったい、この先なにがあるのだと言うのだろう?


 ……智治さんが来てから数分が経った。陽は完全に落ち、街灯のない海岸では月明かりだけが夜を柔らかく照らしていた。秋風は少し冷たくなっていたが、不思議と悪くは思わなかった。そうして待っていると、どこからか駆け足の音が聴こえてくる。


なんだか懐かしい……。似た駆け足の音をどこかで聴いたことがある。そう、あれは今日みたいな晩秋の――




「……まさか」




 走ってくる人物の影が丘の上に立った時。僕が望んで止まないものは、ここにあったのだと思った。

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