16【サジェスSide】俺から見たリナリア

 俺が登校すると、学園内に人だかりができていた。なんとなく人だかりの中心を見た俺は、仲が良さそうなリナリアと第二王子シオン殿下を見て固まる。


「……は?」


 モブ女ことリナリアが、シオン殿下に寄り添って歩いている。そのとたんに、俺の脳内にリナリアの言葉がよみがえった。


『……いるわ。私のこと、可愛いって言って、いつも丁寧にエスコートしてくれる人』


 あのときはリナリアが見栄を張ってウソをついていると思ったが、どうやら遊び人のシオン殿下にまんまと騙され弄(もてあそ)ばれているようだ。


 あのバカ女ッ!


 愚かなリナリアを睨みつけると、リナリアは幸せそうな笑みを浮かべてシオン殿下を見つめていた。


 俺には、そんな表情、一度も見せたことがない……。


 そう思ったとたんに憎悪に近い感情が沸き上がり、気がつけば俺は歯を強く噛み締めていた。


 リナリアを見ると、いつも感情が乱れて俺の言動がおかしくなってしまう。


 どうして、いつもこうなるんだよ⁉ アイツは、ただの妹の友達だろ⁉


 俺が初めてリナリアに会ったのは、妹のケイトが学園でできたという新しい友達を家に招待したときだった。


 可愛い妹は、昔から変な奴に付きまとわれたり、絡まれたりしている。それは男女問わずで、学園に入学するまでは『自称ケイトの友達』という女たちがケイトを利用して、俺や俺の兄に近づこうとしてきた。


 そのときは、どうしてそんなことをするのか分からなかったが、兄が言うには俺たちは、顔がかなり良いらしい。だから、女性たちは隙あらば、お近づきになりたいと思うようだ。


 しかも、自称友達の女たちは、ケイトに「私たち、友達だよね?」と言いながら面倒なことを押し付けたり、優しいケイトを利用しようとしたりするような嫌な女ばかりだった。


 ケイトもそれには薄々気がついているようだったが、『友達』と言われると強く言えないように見えた。


 仕方がないので、俺はケイトが家に友達を連れてくるたびに、わざわざ出て行って挨拶をした。


 そうすると、自称友達の女たちは、犬のように尻尾を振って俺に近寄ってくる。友達のはずなのにケイトの存在なんてまったく気にしていない。


 それを見たケイトは、自称友達が本当の友達ではないことを認めるしかなくなる。


 ケイトの悲しそうな顔を見るのはつらかったが、自称友達にケイトが利用されるのはどうしても許せなかった。


 そんなことが何回も続いていたものだから、ケイトがリナリアを連れて来たときは、さすがに俺も『またか』とうんざりした。


 妹の愚かさにあきれながらも見過ごすことができない。


 ケイトは、朝からはりきって庭にお茶会の準備をしていた。そんなことをしても無駄なのに。


 友達が家に来てしばらく経ったころ、俺はお茶会をしている場所に向かった。


 ケイトの楽しそうな笑い声がここまで聞こえてくる。また『自称ケイトの友達』に、まんまと騙されているようだ。ほんと、こりない妹だな。


 俺はケイトの向かいの席に座っている女性に声をかけた。


「いらっしゃい。ケイトの友達? 俺はケイトの兄サジェスです」


 俺が作り笑いを浮かべながらできるだけ丁寧に挨拶をすると、いつもなら自称友達の目の色が変わる。そして、まるで肉食獣のようにギラギラし出す。


 しかし、今日の自称友達は「あっ⁉ ケイトのお兄様?」と言いながら、慌てて椅子から立ち上がり礼儀正しく頭を下げただけだった。


「初めまして。リナリアと申します。ケイトさんと仲良くさせていただいています」


 そう挨拶したリナリアは、ニッコリと微笑むとすぐに椅子に座り直しケイトに向き直った。


「それでね、そのときにね」

「えー! そうなのぉ?」


 こんなに楽しそうなケイトを見るのはいつぶりだろう? 


 俺を見たケイトが「あれ? お兄様、まだ何か用ですか?」なんて聞いてきた。


「……いや」


 俺が二人に背を向けても、リナリアは俺を呼び止めたり、追いかけたりしてこない。


 ふーん? 今度のは、まだマシな女なのかもな。


 それがリナリアの第一印象だった。


 その日から学園内でも、ケイトとリナリアの姿を見かけるようになった。ケイトはいつ見ても楽しそうで、俺もケイトがようやく良い友達に会えたんだなと安心した。


 遠目に見ても二人は仲が良かったし、何よりリナリアがケイトを大切にしてくれているのが分かる。


 こんな女もいるのか。


 今までの自称ケイトの友達とは違うリナリアに、物珍しさから興味を持ってしまうのは仕方がなかった。


 ケイトに微笑みかけるリナリアの笑顔が、なんというか悪くない。


 ああいう女だったら、俺も仲良くしてやってもいいな。


 そんなことを思い学園でケイトとリナリアを見かけると声をかけるようになった。でも、リナリアは俺には少しも興味を示さない。いつまでたっても俺とリナリアは、ケイトの兄とケイトの友達という関係だった。


 リナリアが他人行儀に「あ、ケイトのお兄さん。こんにちは」と言うたびになぜか俺はイライラした。ケイトには柔らかい笑みを向けるのに、俺には挨拶はするが笑顔は向けてこない。


 他の女生徒たちは、俺が話しかけるだけで頬を染めたり嬉しそうに微笑んだりして鬱陶しいのにリナリアだけはそうならない。他と反応が違うのでどうしても気になってしまう。


 俺にこんな態度を取るなんて、あの女は調子にのっている! ケイトより可愛くも美人でもないくせに!


 そう思っていたから、仲の良い男友達が「なぁ、サジェス。お前、リナリア嬢と知り合いなのか? だったら、俺に紹介してくれよ」と言ってきたので、ものすごく腹が立った。


「はぁ? 何、お前、あんなのが好きなの?」

「好きっていうか、いつもニコニコしていて良い子そうだし! それに、俺らみたいに長男じゃないやつらは、跡取りのリナリア嬢に気に入られたら伯爵家に婿入りできるからすっげーラッキーだろ?」


 友達が言う通り、爵位を継がない貴族の次男や三男は、普通なら騎士や文官、医師などになり手に職をつけて生きていくことになる。しかし、爵位を持つ女性と結婚すると仕事に就かなくても、貴族の地位を維持しながら楽に暮らすことができる。


 俺は、友達の言葉で今までのリナリアの態度に納得がいった。


 ああ、そういうことか。だからアイツは、他の女と違って俺を見下していたのか。


 それからは、リナリアを見かけるたびに怒りが湧いた。その怒りが積み重なりついに爆発してしまい、リナリアに向かって「このモブ女!」と言ってしまった。


 その瞬間『しまった、やってしまった⁉』と思ったが、リナリアが驚いたように俺を見ていることに気がついた。


 驚きに見開かれたリナリアの瞳はケイトではなく、ただ俺だけを見つめている。このとき俺は、ようやくリナリアに認識されたような気がした。それは、心の中に溜まったうっぷんを一掃してくれるような爽快な気分にさせてくれる。


 リナリアがひどく傷ついた表情を浮かべたのも良かった。いつもケイトに笑顔を向けているリナリアに、そんな表情をさせられるのは自分だけだという優越感が湧いて心が満たされていく。


 一度、この感覚を味わってしまえば、もうやめることができなかった。会うたびにリナリアを罵り爽快感と優越感を味わう日々。


 あのお高く留まったリナリアの顔が、俺の言葉ひとつで歪むのが楽しかった。他の誰でもなく、自分だけを睨みつけてくる瞳も悪くない。


 だからこそ、もっとひどい目に遭(あ)わせたくてカードゲームでの罰ゲームを思いついた。


「次に負けたやつは、そうだな……モブ女を落とそう!」


 その場にいた友達たちは、俺のように跡取りではない男子生徒ばかりだった。だから、自分と同じでリナリアをよく思っていないだろう、そう思いながら俺が罰ゲームの詳細を説明すると、前に『リナリアを紹介してほしい』といった男子生徒が手に持っていたカードを勢いよくテーブルに叩きつけた。


「俺も人のことは言えんが、サジェスお前、クズ野郎だな」


 そう言って怒りを隠さずに去っていく。残った友達三人は、困ったように顔を見合わせた。


「サジェス。お前、リナリア嬢になんか恨みでもあるのか?」

「告白して手酷くふられたとか?」


 心配そうに聞かれたので俺は、「そんなわけあるか⁉」と叫んだ。


「いや、だってお前、そんなひどいことするやつじゃねーじゃん!」

「そうそう、俺らから見ると、妹思いの良いアニキって感じだぞ?」

「だから、あのモブ女は、俺の妹に相応しい女じゃないんだよ⁉ どこにでもいそうな外見なのに、スゲー目について腹が立つんだ! それに、性格も悪くてケイトにはいつもヘラヘラ笑いかけるくせに俺には笑いかけねぇし!」


 友達たちはもう一度顔を見合わせた。


「サジェス、お前、それ……」

「なんだよ⁉」


 急に「クッ」と笑いだした友達たちを俺は睨みつける。


「サジェス、お前なぁ。それって、完全にリナリア嬢のこと気に入ってんじゃん。好きなんだろう?」

「俺らの年齢で、好きな女の子をいじめるとか、さすがにヤバいぞ?」


 友達たちの予想外の言葉に、俺は全身がカッと熱くなった。

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