06 すっかり忘れていました
私がまだ幼かったころ、両親と共に王宮で開かれるお茶会に参加したことがあった。
大人たちは、皆、難しい話をしている。ヒマをもてあました子どもたちは自然と集まり、それぞれに遊ぶようになった。
その中で、とても綺麗な男の子たちがいた。二人とも王族特有の金髪と紫の瞳だったので、すぐにこの国の王子様だと分かった。
女の子たちに囲まれている王子様たちを少し離れたところから、私はなんとなく眺めていた。すると、王子様の一人が急に側にいた女の子の足を引っかけた。
足を引っかけられた女の子は、派手に転んで泣き出してしまう。
そのとたんに、足を引っかけた男の子が側にいたもう一人の男の子に「ひどいよ、シオン」と責めるような口調で言った。
シオンと呼ばれた男の子は、驚いた様子で「僕じゃない」と言ったが、周りの女の子たちの視線は冷たく、騒ぎに気がついた大人たちも状況を見て「またシオン殿下よ」「まったくシオン殿下の悪戯には困ったものだ」と囁き合っている。
責められたシオン殿下がうつむいてしまったので、私はとっさに「違うわ」と叫んだ。
「今、その子が転んだのは、シオン殿下のせいじゃないわ。私、見ていたもの」
女の子に足をかけた男の子は「じゃあ、どうして転んだの? 私だけにこっそり教えてよ」と言いながら、無理やり私の腕を引っ張った。
「痛い、離して!」
そう叫んでも誰も助けてくれない。それどころかすれ違った女の子は「ローレル殿下と二人きりでお話なんてうらやましいわ」と言っていた。
どうして誰も助けてくれないの?
周囲に人がいなくなると、ようやく手を離してもらえた。ローレル殿下に強くつかまれていたせいで手首が痛い。
振り返ったローレル殿下は、先ほどまで浮かべていた笑顔が消え去り、ひどく冷たい目をしていた。
「あの場での印象操作は完璧だと思ったのに」
独り言のように呟いたローレル殿下は、「どうして分かったの?」と無表情に私に問いかけてきた。
「ど、どうしてって……。普通に見ていたら、あなたが足をかけたから……」
「普通は分からないんだよ。なぜなら、私が徹底的に他人の印象を操作しているから。人は見たいものしか見えないし、聞きたいことしか聞こえないんだ」
ローレル殿下は、「君は、王子に媚びるように親から言われていないの?」と聞いてきた。
「こびる? そんなこと、言われていないわ」
「どこの家門?」
「ノースよ」
「ああ、君があの利用され捨てられたノース伯爵家の者か。なるほど、ノースなら王族に媚びない理由も分かるね。だから見抜かれたのか」
「ノースが利用されたって、どういうこと?」
「理由が分かったから、君にもう用はないよ。今後は君みたいな人には気をつけないといけないね。ああ、そうだ」
ローレル殿下に、急にドンッと肩を押されて私は突き飛ばされた。尻もちをつく私を、ローレル殿下は鋭い瞳で見下ろしている。
「二度と私の前に現れるな。王宮にも来るな。次に私やシオンに近づいたらその時はどんな目に遭うか……かしこい君なら分かるよね?」
痛みと恐怖で私の目に涙が滲んだ。それを見たローレル殿下は満足そうに口元を歪める。
「今日のことを言いふらしてもいいよ。まぁ、ノースである君の言うことなんて誰も信じないけどね。この国には、完璧な第一王子ローレルと、不出来な第二王子シオンがいる。それが皆が望む真実だから」
*
私はベッドの上で目が覚めた。悪夢にうなされていたせいで全身が汗ばみ気持ち悪い。
どうして、今まで忘れていたの?
子どものころにお茶会でシオン殿下に慰めてもらう前の出来事を、今まですっかり忘れていた。忘れたというより、子どものころの私が怖い記憶を処理しきれずに、自分を守るため思い出さないようにフタをしたというほうが正しいのかもしれない。
「利用され捨てられたノース伯爵家……?」
私は、夢の中で聞いたローレル殿下の言葉を繰り返した。父からそんな話は聞いたことはない。でも一度、この言葉の意味を詳しく調べたほうがいいのかもしれない。
それよりも今はシオン殿下のことだ。
記憶を思い出したことで、シオン殿下への悪意あるウワサの出所が分かった。
「ローレル殿下が、今もシオン殿下を貶めているんだわ。このことを早くシオン殿下にお伝えしないと!」
私はベッドから慌てて降りた。
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