第28話 古代種

 集落の中で一際大きな家を選び、中に入ったアッシュ達。恐らくは村の長の家だろう。巨木をくり貫いた内部は綺麗に磨かれ、同じく木製の家具類と相まって木のぬくもりに溢れていた。


「すごいな。全部天然素材か」


 普段使っているログハウスも木材を中心とした素材が多いが、エルフの巨木の家はほぼ全てが木でできている。


「いい匂い……」


 年季の入った内装や家具類にも関わらず、室内は新築のような木の香りが漂っており、アケミが感動したように大きく息を吸い込んでいた。


「匂いがあるだけでかなり感じ方が変わるな」


 ゲームでエルフの家に入ったことがあるアッシュも、匂いや質感があるだけでこうも違うのかと驚く。


「田舎臭い家ですね。よく燃えそうだ」


「「……」」


 真顔で毒を吐くメルセデスに雰囲気をぶち壊されるアッシュとアケミ。


 その一方、エレ爺はキッチンに入り食事の準備に取り掛かり、ノアは銀子を引っ張り植物で作られたソファにダイブしていた。


「わー アッシュ様、これフカフカー」

「うん。フカフカ」


「お茶を淹れましたので、食事ができるまで皆さん寛いでいてください」


 エレ爺がお茶を淹れてきたので、一同は巨木を輪切りにしたテーブルを囲み、それぞれソファや椅子に腰かけてくつろぎ始める。


 ◆

 

 その後、家の中をあちこち見て回ったアケミは、一通り見て気が済んだのか、リビングに戻ってアッシュに気になっていたことを尋ねた。


「そういえばアッシュさん、さっき言ってた〝王冠〟って何ですか?」


「裸の王様のことだ」


「はい?」


 アッシュはパンドラの称号について、アケミに一通り説明する。


「なんか凄い世界なんですね……じゃあ、あのロビンって綺麗な人も、は、裸で……」


 何故か恥ずかしそうにアケミが頬を赤くする。


「何を妄想してるか知らんが、パンドラはエロNGだ。裸っていってもデフォルトで下着は履いてる。任意に装備できるのは武器だけってだけだ」


「そ、そうなんですね……あっ、それともう一つ、〝二重詠唱〟っていうのが気になってたんですけど。ロビンさんも驚いてたみたいだし、それも凄いんですか?」


「二重詠唱ってのは、二つの魔法を同時に発動するテクニックのことだ。具体的には、コンソール画面の魔法一覧から手動で選ぶのと同じタイミングで別の魔法を発声して二つの魔法を同時に発動する」


「でもコンソール画面って……?」


「当然、こっちの世界じゃ開けないから、今話したテクニックは使えない。それに、ゲームでもそれが使えたのはかなり昔の話だ。アップデートで〝二重詠唱〟がスキルとして実装されてからは、音声とコマンドの同時入力はできなくなった」


 プレイヤーの間で流行った音声とコマンド選択による二重詠唱は、戦闘中に画面を開いて魔法を選択し、音声入力する魔法と発動時間も合わせなければならないという難度の高いテクニックが必要なものの、その効果は大きかった。


 二連続詠唱と比べて隙が一切無く、相手に対策する間も与えない為、完璧に発動できれば非常に有利なアドバンテージが得られた。使いこなせる者とそうでない者との差が大きく、対モンスター戦でも有利過ぎた為に、ゲームリリースから早い段階で運営に調整されてしまったという経緯がある。


「じゃあ、アッシュさんはそのスキルを持ってるってことですよね」


「……まあな」


 実は〝二重詠唱〟に関して、アッシュは疑問に思うことがいくつかあり、アケミに対して歯切れの悪い返事をする。


 アケミの指摘どおり、〝堕天使〟の固有スキルに〝二重詠唱〟はある。だが、ゲームでは予めコンソール画面で同時発動させる魔法を登録しておく必要があり、当然だが音声入力で発動させることはできず、コマンド入力のみのスキルで使い勝手は悪かった。


 しかし、この世界では魔法の発動は音声入力のみ。物理的にも口頭で二つの魔法を同時に発声することは不可能……そのはずだった。


(どういうことか俺自身も理解できないが、この世界で俺は二つの魔法を同時に発声できている。それに、それを無意識にできると思って実行していた……不思議な感覚だ)


弱体化ナーフされた過去のスキルやテクニックが、この世界では有効になってるかもしれないな……」


「え? なんですか?」


「なんでもない……」


(一度、スキルの検証や整理をしたいところだが、今は拠点が先だな……)



「ところでアッシュ様。私も一つ質問よろしいですか?」


 エレ爺がお茶のおかわりを淹れにきたついでにアッシュに尋ねる。


「なんだ?」


「〝古代種ハイエルフ〟とはどのような種族なのでしょうか? お恥ずかしながら、そのような種族は私の記憶にないのですが……」


「エルフ族の中でもかなりレアな種族だからな。古代種系は自然発生することはないから敵やNPCとして出現したことはない。エレ爺が知らなくて当然だ」


「強力な種族、という認識でよろしいでしょうか?」


 エレ爺の言葉にその場にいた他の従者達も興味を惹かれたのか、アッシュの言葉に注目する。


「うーん、難しいな。いや、強いことは強いんだが、何て言うかな……古代種ってのはちょっと特殊でな。他の種族に一度も転生しないことが進化の条件に入ってる。つまり、古代種にまでなったプレイヤーは、その種族を極めた奴ってことだ」


「しかし、それでは……」


「エレ爺の言いたいことは分かる。一つの種族だけで強くなれるはずがないってことだろ? パンドラでは様々な種族や職業を経て、色んなスキルや魔法を取得して強くなっていくもんだからな。その考えは間違ってない。俺もそうだし、皆もそうやって育成してきた。だが、一つの種族だけでレベルを最大まで上げると、種族固有のステータス数値は人間種の中で最大になる」


 パンドラには数多くの種族が存在するが、ゲーム開始時に新規で選べる種族に関しては、それぞれレベルアップ時に伸びやすい項目がある。例えばドワーフなら〝物理攻撃〟、エルフなら〝敏捷性〟などだ。それらを最大まで上げると他のどの種族よりも固有の数値が高くなるのだ。


「種族の長所を活かす構成にした場合、それと、種族の短所をテクニックで補える場合は、非常に強力なキャラクターになる。勿論、使いこなすのは激ムズになるけどな。ロビンの場合は、魔法を使用しない物理戦闘限定ではほぼ最強といっていい。〝王冠〟の取得は楽だったろうな。まあ、そんな状況になることは滅多に無いし、古代種のプレイヤー自体殆どいないがな」


「かなり尖った性能ということですね」


「よほどエルフって種族が好きなんだろう。シナリオ攻略そっちのけで森に引き籠ってるのもそうだ。古参の間じゃあ、最強のソロキャンパーってあだ名まである」


「「「キャ、キャンパー?」」」


 ◆


 翌朝。


 村の中央にある広場にて、アッシュ一行の前にロビンが姿を現した。その背後にはエルフの少女、フィーリアがロビンの外套の端を掴んで、アッシュ達を覗いていた。


「キャー! 小っちゃくてカワイイッ!」


 フィーリアを見て思わず声を上げるアケミ。


 その声に驚き、フィーリアはロビンの後ろの隠れてしまった。


「その子は?」


 アッシュがロビンに尋ねる。法規制によりプレイヤーが子供の姿になることはできない為、目の前の子供はプレイヤーではなく、この世界の住人だろう。


 ロビンはアッシュ達の対面にある切株に腰を下ろし、フィーリアを横に座らせる。


「この子の名前はフィーリア。今は私が面倒を見ている」


「面倒? お前が?」


「お前に言われたくないが……まあいい、私がログインしてすぐ訪れたこの村に一人残されてた。村人がいない理由は分からない。フィーリアも当時のことは覚えていない。大方、魔王の勢力を恐れて逃げ出したってとこだろう」


「エルフの初期配置地点にも悪魔将の罠があったのか。エルフのカルマ値は〝中立〟とはいえ、強化された悪魔なら十分脅威だ」


「ふん。あんなもの脅威になるか。何匹かぶっ殺したら現れなくなったしな」


「あ、そう……じゃあ、その子の為にここに残ってるってことか」


「そうなるな。転移先も消えちまってるし、幼い子を連れて移動するわけにもいかんしな。だがな、アッシュ。私はここの暮らしが気に入ってるし、フィーリアとの生活も満足してるんだ。好きでここにいるということだけは言っておく」


 そう言ってロビンはフィーリアの肩を抱いて引き寄せた。フィーリアも無言でロビンに抱き着き、お互いの絆が感じられる。


(うわぁ、尊い……)


 美人美少女のエルフの抱擁を見て思わず口元を抑えて感動するアケミ。


 それを他所に、アッシュとロビンの会話は続く。


「アッシュ、お前は来たばかりと言ってたが、いつ来た? この世界をどこまで把握してる?」


「数週間前だな。ログインした日のことを言ってるなら、十周年アップデートのあった日の夜だ。ログイン後はアリアンバラに配置されて今に至るってとこか」


「カルマ値のバランス調整については?」


「アリアンバラにも悪魔将が待ち伏せしてた。気づいたのはその時だな。中々エグイ罠を仕掛ける……いかにも〝ブラックレネゲイド〟のやりそうなことだ」


「そこまで知ってるのか……」


「追跡してきたプレイヤーの装備にギルドの紋章マークが入ってた」


「……ちゃんと始末したんだろうな?」


「お前は殺し屋か? 子供の前で言うセリフじゃないぞ」


「ほっとけ。いいから答えろ」


「死体も残らず消滅させた。あの状況で蘇生は無理だし、新たな追手もない」


「ならいい。アッシュ、お前の言うとおり、あのクサレギルドはシナリオ通りにこの世界を支配しようと動いてる」


「ギルドメンバーが丸ごとこの世界に来てるのか?」


「いや、それは無い。この世界に来たプレイヤーは誰もが十周年イベントの日にログインしてるのは分かってるが、数秒のズレで何週、何ヶ月も配置される期間が空く上、この世界に来れた人間は極僅かだからな」


「……全部で何人来てる?」


「さあな? 噂じゃ百人前後らしいが正確な人数は誰も知らない。それに、全員がそのまま今もいるわけじゃないしな。〝善良〟側のプレイヤーはカルマ値のバランス調整の所為で大分やられたと聞いてる。この世界のプレイヤーについて詳しく知りたいなら〝鉄薔薇〟に聞け」


「〝アイアン・ローゼス〟も来てんのか……」


「数人な。ギルドリーダーは来てないし、ギルドは副リーダーのイングリッドが仕切ってる。〝鉄薔薇〟は実質、他のプレイヤーの寄せ集めだ。〝摩天の大城壁〟に陣取って、付近の国の騎士や戦士を集めてる。私も何度か勧誘されたが断った」


「まあ、俺達とはプレイスタイルが真逆なギルドだしな」


鉄薔薇アイアン・ローゼス〟はパンドラにおける十大ギルドの一つで、最大勢力を誇っていた。ギルドの方針は、国家単位で戦略的にパンドラ世界を統一することを目指しており、アッシュやロビンのようなソロ専とはゲームの楽しみ方が根本的に異なる。


「騎士団に入って戦争ごっこなんかゴメンだ」


「だが、魔王側の支配の手が伸びればそうは言ってられんだろ?」


「……」


 アッシュの問いにロビンが沈黙する。


「伸びてくれば……か」


「?」


「さっきは魔王側はシナリオどおりに動いてると言ったが、実際はそれほど活発じゃない。どちらかと言えば消極的とさえ言える」


「どういうことだ?」


「イングリッド曰く、ここ十年に目立った動きはないそうだ。善良側のプレイヤーを警戒してちょこちょこ削りを入れてはいるが、人間側の拠点は落とされてないし、一つを除いて魔王の座に変動も起こってない」


「……」


 今度はアッシュが黙り、考え込んでしまった。


 ゲームでは考えられなかった十年という歳月にも驚くが、その期間があって『真なる魔王』が誕生してないのは考えられない。


「まさか、『真なる魔王』の達成条件が変わった? いや……」


『真なる魔王』の達成条件は七つある魔王の座の一つに座り、一定期間その座を守ること。魔王側のプレイヤーが魔王の座に就いてるならとうに条件を満たしていてもおかしくはない。つまり……


「……既に『真なる魔王』は誕生している」


「多分な」


 アッシュの考察にロビンが同意する。

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