第16話 白い飛竜

 グルル……


 飛竜の厩舎に案内されたアッシュ達。そこには真っ青な鱗を持つ飛竜が馬房のような小屋に並んでいた。


「うッ」


 近くで見ると馬よりも一回り大きい。その存在感にアケミが怖気ずく。


「こ、これに乗るんですか……ってあれ?」


 アケミを他所に、アッシュ達は次々と自分の飛竜を選んでいく。


「ま、どれも一緒だろ」

「ノアはこれにするー」

「ホッホッホッ」

「ふん、私が乗ってやるのだ。光栄に思え!」


「あ、あの、アッシュさん?」


「アケミも早く選べ。どれも一緒だぞ?」


「いや、そんな簡単には……」


 ギロッ


 クアッ


 飛竜の冷たい視線がアケミを射抜き、口を大きく開けて威嚇音を発した。アッシュ達とは違い、本能的にアケミを弱い存在と認識しているのだろう。それは他の飛竜達も同様だった。


(こりゃ、ダメかもな)


 その様子を見て、アッシュが内心で呟いた。


 ◆


 その日の夜。


 アッシュ達は〝風の村〟の宿に併設された食堂兼酒場にいた。


 ここを発つのは明日の朝と決め、ここで一泊することにしたのだ。


 テーブルに運ばれてきた料理と飲み物を一同が怪訝な表情で見る。


「これが〝風の村〟名物か……中々インパクトあるな」

「子飛竜の姿焼きですな」

「丸焼き~♪」

「く、食えるのか、これ?」

「なんか、ちょっと複雑ですね……」


 先程まで騎乗する飛竜を選んでいただけに、その子供サイズの丸焼きが出てきて一同はなんとも言えない気持ちになった。どのような調理法かは不明だが、今にも飛び立とうとばかりに、翼を大きく広げた状態で焼き上がっている。


「まあ、味は美味い。塩がきいてて臭みの無い魚の塩焼きみたいだ」

「岩塩ですな。それに何種類か香草がすり込まれておりますね」

「おいしー」

「まあ、見た目はともかく食えなくはないな。見た目はともかく」

「お、美味しいです……」



 しばし食事を堪能した後、アッシュが口を開いた。


「とりあえず、飛竜は確保できたな。アケミを除いてだが……」


「すみません」


 結局、アケミに背を許す飛竜はおらず、アケミが近づいた途端に、どの飛竜も威嚇して触らせようとはしなかった。


 ガクリと肩を落とすアケミ。


「まあ、仕方ない。本来ならアケミのレベルじゃ、乗れなくて当然だからな」


「ですが、二人乗りも厳しいとなると、アケミ様には荷物になってもらうしかなさそうですが……」


「いけると思ってたんだがなぁ。あんなに暴れるとは思ってなかった」


「なら、当初の予定どおり、アケミを箱詰めにして積めばよいではないですか」


「うぅ、メルセデスさん、ヒドイ」


「うーん」


 馬車や馬の乗り心地を考えれば、荷物として乗り込んだ場合、どんな目に遭うか想像に難しくない。劣悪などという言葉では済まないだろう。


「あの、私、ちょっと外の空気吸って来ます……」


 アケミは落ち込んだ様子で店を出ていってしまった。


「いいのですか?」


「……メル。アケミについていけ」


「え! なんで私が!」


「護衛だろ。ふらついてうっかり谷底に落ちても困る。それに、悪気はないとはいえ、いつもアケミに対してキツ過ぎるぞ? フォローしてこい、わかったな?」


「うぅ……わかりました」


「メルちゃん、がんばって~」


 料理をパクつきながら、ノアが手を振ってメルセデスを見送る。


「くぅ~」


 ◆


「はあ……」


 とぼとぼ村の夜道を歩くアケミ。自分だけ飛竜に乗れないということにショックを受けていた。


 誘われて始めたゲームでも、ファンタジーの世界と聞いて色々想像を膨らませていたアケミは、仮想空間とはいえ、自由に空を飛ぶことを夢見ていた。それを前にして叶わぬことに落胆する。


 山を下りてモンスターを倒し、経験値を積んで戻ってくれば、飛竜に乗れるかもしれない。だが、その間、アッシュ達は待ってくれないだろう。今までの道中も足手纏いの自覚はあった。我儘を言える立場でもない。


「はあ……荷物……かぁ」


 箱に入れられ荷物として運ばれれば、アッシュ達についていくことは出来る。だが、どうしても諦めきれない気持ちもあった。


「よぉー ネーちゃん。見ない顔だな~ こんなトコで何してんだ~?」

「おい、止せよ。飛竜目当ての客だろ?」


 二人組の男がアケミに声を掛けてきた。一人は酒瓶片手に顔が真っ赤であり、酔っているようだ。連れの男が制止するのも構わず、酔った男はアケミに近づいていく。


「な、なんですか?」


「ネーちゃん、飛竜を買いにきたんだろ? その顔じゃあ、高くて買えずに困ってるってとこか?」


「ち、違います! ……ただ、乗れなくて」


「へぇ~ なら、誰でも乗れる飛竜を紹介してやろうか?」


「え?」


「おい、やめろよ。どういうつもりだお前」

「うるせぇな。お前は黙ってろよ」


「あの、誰でも乗れる飛竜がいるんですか?」


「おうよ! 興味あるならついてきな」


「はい!」


 言われるままに、アケミは男についていってしまった。


 ◆


「こ、これは……」


 男に連れて来られた村の外れ。そこに一軒の小屋があり、やせ細った白い飛竜が横たわっていた。


「こいつは稀に生まれるアルビノ種だ。見た目はいいが、生まれつき身体も弱ぇーし、売りモンにならねー個体だ。こいつならネーちゃんでも乗れるだろーよ。ま、飛べやしねーがな」


「そんな! 飛べないって、意味無いじゃないですか!」


「俺は乗れるとは言ったが、一言も飛べる、なんて言ってないぜ? 案内料込みでこいつを百万ゴルで売ってやる。さっさと払えや」


「そんな詐欺まがいのことに払うお金はありません! それに、お金なんて持ってないし……」


「あん? ネーちゃん、舐めてんのか? 払えねーってんならカラダで払ってもらってもいいんだぜ? うへへ~」


「え?」



「ちっ、俺は帰るぜ。付き合ってらんねーよ」


 酔っ払いの連れの男は、呆れてこの場を去ろうと踵を返して歩きはじめた。巻き添えで悪事を働く気もなく、また、アケミを助けるつもりも無い。無防備で世間知らずな女など、どうなっても知ったことではないと思っていた。


「女の方も女の方だ。見知らぬ男に、こんなとこまでノコノコついてくるんだから自業自得――はぶっ」


 男の顔が突然現れたメルセデスに掴まれる。


「クズが」


「あぎょ」


 メルセデスの指が男の顔にめり込み、男は短い悲鳴を上げて泡を吹いて気絶してしまった。


「ふん、村で殺しは厳禁とアッシュ様に言われているからな。こんなもんで許してやる……それにしてもアケミめ。何をやってるのだ」


 メルセデスは男を放り投げ、襲われかけているアケミに向かってズカズカ歩き出した。


「あっ! メルセデスさん!」


「あん? なんだ、おめー! お前ぇこの女の連れか? なら、一緒に身体で払って――はごっ」


 メルセデスの高速の前蹴りが男の鳩尾に突き刺さる。Lv999の蹴りだ。男が酔ってなくとも避けるどころか視認すらできなかっただろう。無論、メルセデスは思い切り手加減している。


 男は吹き飛ばされて地面に転がり、白目を剥いて意識を失った。


「アケミ、こんなところで何をしている? まさか、飛竜に乗れなくて、小汚いオッサンに慰めてもらいたかったのか? とんだビッチだな!」


「な、な、な、なんてこと言うんですかッ! そんなわけないでしょ!」


「違うならさっさと帰るぞ。アッシュ様に心配かけるな」


「……はい」


 クゥー


 横たわっている白い飛竜から弱々しい声が漏れる。


「メルセデスさん、あのコ、なんとかなりませんか? かわいそうです」


 白い飛竜の悲し気な瞳を見て、アケミがメルセデスに懇願する。


「かわいそうな奴にかわいそうと言われるとは、なんてかわいそうな飛竜なんだ」


「何訳わからないこと言ってるんですか! メルセデスさんって天使さんなんですよね? なんとかなりませんか?」


「私はバリバリの戦闘ビルドだ。弱者を癒すすべなど持ち合わせていない! アッシュ様の敵を殲滅することが私の使命! 力こそ全てだ!」

 

「私の中の天使イメージが絶賛崩壊中なんですけど、どうしてくれるんですか」


「何か言ったか? 大体、いくら回復魔法や蘇生魔法でも、生まれつき貧弱なモンスターを癒すことはできないぞ?」


「そうなんですか?」


「そうだぞ」


「じゃあ、このコのこと、どうにもならないってことですか?」


「そんなひ弱な飛竜を助けてどう――」


「メルセデスさんッ!」


「むぅ、なら、アッシュ様に聞いたらどうだ? この世でアッシュ様の知らぬことなどないからな!」


 ◆


「……と、いうわけでアッシュ様の知恵をこのビッチがお借りしたいと」


「誰がビッチですか!」


 店に戻ってきたメルセデスとアケミは、先程の件をアッシュに報告する。


「何が、というわけで、だ。知らないことだらけだよ! 勝手にハードル上げんな! というか、ビッチって何?」


「なんでもないです!」


「このアケミが乗れる飛竜があると唆されて、見知らぬオッサンにホイホイついて行ったのです。ピュアぶってはおりますが、本性はキモオヤジ好きのビッチです」


「ちがぁーう!」


「いや、そりゃ世間知らずなだけだろ、何言ってんだ。というか、アケミも知らない人についていったら危ないだろ。いくら安全地帯っていってもモンスターが出ないってだけだし、今やそれも不確かだ。村や街の人間もみんな善人ってわけじゃないんだぞ?」


「スミマセン……でも、アッシュさんはいい人じゃないですか」


「いい人ね……あんまり人を信用しない方がいいぞ」


「どういう意味ですか?」


「なんでもない。それより、白い飛竜だっけか? 衰弱してるって」


「そうなんです! なんとか出来ないですか?」


「生まれながらに弱い個体か。なんとかなるっちゃなるが……」


「お願いします! どうしても助けたいんです!」


「まあいいか。けど、教えてやるから自分でやってみろ」


「え? 私がですか?」


「マジックアイテムをいくつか使うだけだから誰でも出来る」


「わ、わかりました。あの、ありがとうございます!」


 ◆


 その後、村外れの小屋に戻ったアケミは、アッシュに教えてもらったとおりに、渡されたマジックアイテムを広げていた。


 クゥー


「えーと、ちょっと待っててね。今助けるから」


生命の石HP最大値上昇〟〝最上級回復薬エクスポーション〟〝魔核の結晶MP最大値上昇〟〝最上級魔力回復薬エクスマナポーション〟〝万能神薬全ステータス異常全快〟〝ヘラクレスの血筋力増強超大〟〝天空竜の羽飛行能力強化〟〝モンスターエナジー異形種強化超大〟……。


 次々にマジックアイテムを並べていくアケミ。


「確か、順番が大事って言ってたよね……」


 順番に並べられたマジックアイテムを一つずつ白い飛竜に与えていく。


 パァー


 白い飛竜の身体が光を帯び、容姿が変化していく。やせ細った身体が膨れていき、筋肉が隆起、鱗の艶も増して、目に力も宿ってきた。


 先程とは別個体のように、逞しく美しい姿になった白き飛竜。


「すごい……あっという間に」


 クォーーーン


 白い飛竜は咆哮を上げると、舌を出してアケミの頬を舐めはじめた。


「きゃ、くすぐったい! あ! も、もう、分かったから、御礼はアッシュさんに言って! 私じゃないから!」


「助けたのはアケミだろ」


 物陰から見守っていたアッシュが出て来て、アケミに声を掛ける。


「でも、このアイテムは――」


「たいしたモンじゃない。どうせ、消費アイテムだし、大事にとっておくもんでもない。気にするな。それより、その飛竜に気に入られたようだし、乗ってみたらどうだ? いけそうだぞ」


「え? そんなつもりはなかったんですけど」


(え? マジで助けたかっただけ? ピュアかよ? それとも俺の心が汚れてるだけ? 普通、助けたら乗せてくれるとか計算が少しぐらいあったでしょ? え、ない?)


「まあ、ともかくソイツも姿勢を低くしてるし、調教はされてるみたいだ。乗っていいみたいだぞ?」


「は、はい……じゃあ、宜しくお願いします」


 アケミはペコリと飛竜に頭を下げ、失礼しますと飛竜に跨った。


 クルルルゥー


 白い飛竜はアケミを乗せた途端、翼を大き広げ、羽ばたいた。


「きゃあああああー」


 アケミを乗せ、夜空に飛び立った白い飛竜。そのスピードは凄まじく、あっという間にアケミを上空に連れ去った。



「あーあ、飛んでいっちまったな」


「アッシュ様、よろしいので?」


 物陰からエレ爺たちが出てきた。


「ま、大丈夫だろ。襲うつもりなら背中になんか乗せないだろうしな。落とすこともないだろうが、念の為、メル。頼んだ」


「ま、また私ですか?」


「自力飛行が出来るのはお前だけだ。行かないなら俺が行くが?」


「アッシュ様のお手を煩わせるようなことはいたしません! 私が行きます!」


 そう言って、メルセデスは背中の翼を広げて飛んでいった。飛竜に負けず劣らずのスピードで瞬く間に白い飛竜に迫っていく。



「それにしても、何故アッシュ様はアケミ様にお任せになったのですか? それに、先程アケミ様には仰ってましたが、少々貴重なアイテムもお渡しになられてましたが……」


「パンドラのアイテムがこの世界でも効果があるのかどうかの実験もある。貴重だが、俺達には効果が低いアイテムだし、別に惜しくはない。あとは、スキルの謎について知りたかったのもある」


「スキルの謎、ですか?」


「さっきのを見て、エレ爺はどう思った?」


「……使役テイム、でしょうか?」


「そう。アケミに〝魔獣使いテイマー〟のスキルは無い。〝弓使い〟は発展先に〝魔獣使い〟もあるが、まだまだ先の職業だ。だが、今の現象はあきらかに魔獣使いの〝使役〟のスキルがなければ起こり得ない」


「確かに、言われてみればそうですな」


「それにだ。アケミのレベルは飛竜よりも低いんだ。スキルがあっても自分よりレベルの高い魔物は、パンドラでは絶対に使役できない。つまり、この世界ではパンドラと法則が異なり、且つ、スキルが無くても現象を起こせるってことだ」


「それは……」


 アケミのように、種族や職業の制限を受けずにスキルを取得可能であれば、のないスキル構成が組めてしまう。


 このことは、プレイヤーとの戦闘において、戦略を大幅に変更しなくてはならないことを意味していた。

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