第14話 平野雄太

「平野……先輩?」


 雑貨屋に入店してきた男の名は平野雄太ひらのゆうた。アケミの大学の先輩であり、アケミをパンドラに誘った一人でもある。


「「ひらの?」」


「や、やだな、ここでは〝ルック・スカイウォーカー〟って呼んでって――」


「酷いじゃないですかッ! 私、あの後一人で大変だったんですよ? 怖かったし、何も分からなかったし……」


 アケミはパンドラというゲームを大学サークルの先輩に誘われて始めたが、ゲームの詳しいことは自分達が教えると、予備知識が殆ど無いままログインしてしまった。平野に見捨てられた後、アッシュに助けられるまで、悪魔に怯える恐怖の三日間を過ごしたのだ。


「いや、はは……すぐ戻ろうと思ったんだけど、ちょっと俺も色々あってさ……ごめんごめん」


「……」


 気安い感じで謝る平野雄太。大学の先輩という立場を保ちたいのか、取り繕った態度である。死ぬ思いをしたアケミにとって、到底受け入れられるものではない。


「お前か、アケミを置いて逃げたというヘタレは」


 そこへ、平野に軽蔑の眼差しを向けてメルセデスが言う。


「ヘ、ヘタレ? ……アケミ、し、知り合い?」


 メルセデスの姿を見て平野は内心戸惑っていた。最上位種族の〝天使〟はLv500に満たない平野には知識はあっても未知の存在だ。一目で自分より高位のプレイヤーだと推測したものの、アケミがいるからか、平静を装う。


「そうですけど……私を助けてくれた人の仲間の方です。メルセデスさん、ノアさん、行きましょう」


 アケミは平野とこれ以上話したくないのか、店を出ようとする。


「ちょ、待てよ!」


 アケミの手を掴み、引き留める平野。


「行くってなんだよ? なんだよその態度は? 俺はちゃんと謝ったんだぞ? それに、悪魔があんなに強いなんて予想外だし、たかがゲームじゃないか。ちょっと置いていったぐらいギャグだろギャグ。ノリ悪いと嫌われるぜ?」


「離して下さい! ここがゲームじゃないって分かってますよね? だから逃げたんじゃないんですか? もう私にはかまわないで下さい!」


「あ? なんだよそれ? お前何調子に乗って……痛でででで」


 アケミを掴んでいた平野の手をメルセデスが掴み上げる。


「おい、ゴミムシ。アケミの護衛をアッシュ様から承ってる私の前で、いい度胸だな? ……潰すぞ?」


「いででででで! は、離せ! つ、潰れるッ!」


「なんだ? この程度を無効化できないのか? おいアケミ、逃げたのは許してやれ。こいつクッソ弱いぞ? わはははは!」


「うぅ、言い方はあれですけどもういいですから! 行きましょう!」


「雑魚は雑魚らしく、お前はこの辺でゴブリン相手に剣でも腰でもシコシコ振ってイキってろ!」


 そう吐き捨てながら手を離し、アケミの背を叩いてメルセデスは店を出た。


「ばいば~い」


 腕を押さえる平野に、ノアがそう声を掛け、颯爽と去っていった。



「くそがッ!」


 平野雄太は憎悪の目を向けながら、去っていく三人をただ見送ることしかできなかった。


 ◆


「何も買ってこなかったのか?」


「「「すみません」」」


 手ぶらでアッシュと合流してきたアケミ達は、雑貨屋でのことをアッシュに説明する。


「ふーん」


 興味無さ気なアッシュ。


「あの……」


「ほっとけ。アケミと同時期にこの世界に来たなら、大したことは知らないだろ。こちらから接触する必要は感じないな」


 アケミの先輩、平野雄太が大学三年生ということは、VRゲームを始めて長くても三年。パンドラを三年プレイしてたとしても、レベルは500もいってればいい方だろう。それくらい、レベル上げは簡単ではない。


「だが、俺達に気を使うことはないぞ? 知り合いなら一緒にいた方が――」


「いえ! 正直、大学のサークルにそこまで思い入れがあるわけじゃないですし、アッシュさん達と一緒がいいです!」


「そ、そうか……なら、予定どおり〝風の大渓谷〟に向けて出発するか。別にこの街に泊る必要も無いしな。その前にアケミはどこかのギルドに登録して職業を取得しといた方がいい。特に希望がないなら狩猟ギルドで〝弓使い〟になるのがいいと思うけど?」


「わかりました。それで大丈夫です。この弓にも少し愛着湧いてきましたし」


「ダチョーン」

「だちょ~ん」


「もう! メルセデスさん! ノアさん! 茶化さないで下さい!」


 その後、アッシュ達は狩猟ギルドに寄り、アケミは〝弓使い〟の職業を取得した。ステータスは以下のとおり。


――――――――――――――――――――

LV:7

名前:アケミ

種族:人間(LV1)

職業:弓使い(Lv1)

HP:350

MP:88

物理攻撃:9 / 魔法攻撃:9

物理防御:9 / 魔法防御:9

敏捷性:350

器用さ:9

運:44

属性耐性:風

弱点属性:土

魔法:――

特技・特殊:弓矢命中率100%・物理回避率98%

カルマ値:中立

――――――――――――――――――――


 職業が追加された以外に、変更点はない。今後、経験値を積んでいけば、〝弓使い〟に準じた能力値の上昇と、スキルを取得していくことになる。



「あの、アッシュさん……ありがとうございます」


「ん? 何が?」


「色々面倒見て頂いて……」


「気にするな。過疎ったゲームじゃ、ベテランが初心者の世話を焼くのは普通のことだ。むしろ、こんな状況でちゃんと教えてやれなくて悪いな」


 オンラインゲーム全般に言えることだが、ゲーム人口が減り、収益が悪化すればゲーム運営はサービスを維持できなくなる。新規プレイヤーや初心者をないがしろにするプレイヤーが多ければ、古参以外のプレイヤーが定着し難くなり、ゲームの寿命が短くなるのだ。


 パンドラが十年もの長い間存続できたのは、ゲーム自体の面白さも勿論だが、面倒見の良い古参プレイヤーが多いというのも要因として大きかった。


 ただし、アッシュがアケミを助けるのは、親切心以外にも、パンドラとの違いを検証するのに都合が良い面もあった。職業取得などは気軽に試せるものでもないので、ゲームと同じように職業を取得できると分かったのは、初心者のアケミがいればこそだ。


「いえいえ! とんでもないです。何から何まで、本当にありがとうございます」


 アッシュに深々と頭を下げるアケミ。


 今時の若者としては珍しく育ちの良さが窺える。なんだかんだ言ってアッシュが見捨てないのも、アケミの人柄が少なからず影響していた。


「さて、後はエレ爺待ちだな」


「そういえば、エレ爺さんは……?」


「馬車を買いにいってる。乗合馬車でも良かったが、人数的にキツイのと、自由が利かないのは面倒だからだな」


「馬車ですか!? 私、初めて見ます!」


「そうだろうな。俺も実物は初めてだ」



 しばらく後、馬車を購入してきたエレ爺が合流し、アッシュア達はウォルゲートから出発するべく、入ってきた城門とは反対側の城門に向かった。


「止まれッ!」


 城門の衛兵が手を上げ、アッシュ達の乗る馬車を制止してきた。


「どうしましたか?」


 御者席に座り手綱を握っていたエレ爺が衛兵に尋ねる。街を出るのに止められるのは珍しいことだ。


「〝衛兵殺し〟の犯人を捜索中だ。街を出る者は全員調べる」


「穏やかではありませんね」


 衛兵達はエレ爺を一瞥した後、馬車の裏に回ってアッシュ達を見た。馬車は幌付きの荷馬車で、乗っているアッシュ達以外に荷物は食料品しか積んでない。


「行って良しッ!」


 何事も無く通され、馬車は城門を出た。



「なんだか物騒ですね。これもイベントってやつなんでしょうか?」


 街を出てしばらくして、アケミがアッシュに聞いてきた。


「似たようなイベントはあるにはあるが、この辺じゃ記憶に無いな」


「それに、ちょっと見るだけでしたよ?」


「そりゃ、衛兵には捜査系のスキルがあるからな」


「そんなのあるんですか?!」


「確か、現場に残された痕跡を辿ったりできたはずだが、俺は習得してないから詳しくない。似たスキルに〝魔力追跡〟ってのがあるから同系の能力だろうな」


「なんかスゴイですね……」


「ゲームだと、街で犯罪を犯すといきなりカーソルが変わって犯罪者ローグ認定される。この世界じゃ、どうなるのか分からんが、バレなきゃそのままかもな」


「じゃあ、悪い事してる人がいるかもしれないってことですか?」


「ここが現実なら、そりゃいるだろう。きちんと法律を守ってる人間しかいない、なんてことはないはずだ」


「えぇ、なんかガッカリします」


「逆に、みんなお行儀よく生活してるなんて気持ち悪いだろ」


「え? すごくいい事だと思いますけど」


(ピュアかよ)



「とにかく、衛兵達が探してるなら犯人は捕まってないってことだ。まあ、あの街に〝衛兵殺し〟なんてやらかした馬鹿がいるのは間違いないが、プレイヤーじゃないなら俺達には関係無い」


「プレイヤーじゃないって、どうして分かるんですか?」


「街中でNPCを攻撃するのは結構重いペナルティーがあるんだ。一定期間、街に入れなくなるし、街の外でも衛兵や騎士に遭遇したら問答無用で戦闘になる。殺したりすれば、更にペナルティーが重くなる。この世界だとどうなるか分からんが、行動が大きく制限されるのは変わらないだろう。プレイヤーなら何かしら目的が無ければ、普通はやらない」


「目的?」


「んー 例えば、カルマ値をイジるとかな。盗賊とか、一部の黒魔術師なんかは、カルマ値を〝悪〟に偏らせることで取得条件を簡単に満たせる。特に、盗賊の〝盗み〟はレベルを上げると優秀なスキルになるから人気ではある」


「スキルが欲しいから悪いことをするっていうのは、どうも……」


「あくまでも方法の一つだ。必ずしも犯罪を犯す必要は無い。カルマ値が悪だから犯罪者ってわけでもないしな。第一、ノアなんかカルマ値が〝邪悪〟だぞ? ノアが極悪人に見えるか?」


「え゛?」


「見えるの~?」


「微塵も見えません」


「だろ? カルマ値ってのは人間性には関係無い。それに、特定のスキルだけ欲しいって場合は、〝魔導書〟を使うって手もある。それで得られたスキルは育てられないし、本の値段もアホみたいに高いけどな」


「なんだか難しいです……」


「普通はアリアンバラから徐々に覚えていくことだからな。俺に教えられることなら教えるし、分からないことがあったら聞いてくれ。ここじゃあ、ネットで調べることも無理だしな」


「あ、ありがとうございます」


「それより、ウォルゲートから出るとエリアが変わってモンスターのとレベルが変わる。まあ、だからといってどうということもないんだが、皆も一応は、気をつけるよーに」


「「「はーい」」」



 アッシュ一行を乗せた荷馬車が街道を進む。


「くぅ……」

「あう……」

「うくく……」


 街道とはいえ、決して平坦ではない悪路と、サスペンションなど皆無のただの車輪である。馬車の乗り心地は最悪であり、アッシュとアケミ、それとメルセデスが苦悶の表情に変わっていた。


「無効化しないってことは、ダメージじゃないのか?」

「お尻が痛いです……それに気分も」

「なんだこの劣悪な乗り物は! おい、エレ爺! まさか、不良品ゴミをつかまされたんじゃないだろうなッ?!」


「失礼な。そんなわけないでしょう。きちんと街で一番良いものを購入しました」


 文句を言うメルセデスに、御者席からエレ爺が説明する。


「この辺の街じゃしょうがない。もう少し進んだ街に行かないと貴族用や金持ち用の高級馬車は手に入らんからな。……というか、乗り心地の良し悪しなんて、ゲームじゃ関係無かったから油断してた。しかし、歩くよりはマシだし……」


「ノアは平気だよー」


「あ、そう」


「アッシュさん、私、吐きそうです……」


「だー! おい、コラ! ダチョウ女、ここで吐くな! あああー!」


 ◆


 ズシュッ


「はあ はあ はあ……ざけんなよ? なにが殺人犯だ」


 街にいた平野雄太は、食事中に衛兵に取り囲まれ、城門の衛兵を殺した犯人として捕縛されかけた。しかし、それには従わず、またも平野は衛兵を斬り殺してしまった。


「元はと言えば、お前らが通行税やら罰金やらをボッタくってきたのが悪いんじゃねーか! 俺は悪くねぇ! 悪いのはお前等だろうがッ! 大体、ただのNPCが偉そうにすんじゃねぇ!」


「何を訳の分からんことを……総員、抜剣! 捕縛から討伐に切り替える!」


 衛兵隊長が衛兵達に命令し、衛兵達は一斉に剣を抜いた。


「レベル二桁のNPCが何人いても無駄だっつーの!」


 平野は目に付いた衛兵を片っ端から剣で斬りつけていく。


「弱ッ! ははっ! 超弱ぇじゃん!」


 いとも簡単に斬り殺されていく衛兵達。


 アッシュの推定どおり、平野のレベルは450程であった。強化された悪魔には敵わないまでも、序盤エリアでは十分無双できるレベルである。


「俺がクソ弱い? 何言ってんだあの女天使! それにアケミだ! ちょっとカワイイからって調子に乗りやがって! 何がもういいです、だ! 置いてったぐらいで、俺を見下しやがって!」


 文句を吐き散らしながら衛兵達を斬りつけ、気づけばその場にいた衛兵達を平野は全滅させていた。


「どうせゲームだ。ゲームなんだ……」


 衛兵達の死体と血の臭い、そして湧き起こってきた罪悪感を誤魔化すように、平野はブツブツ呟いていた。


「そうだ。ゲームなんだから何したっていいんだ。いいに決まってる……」


 大量の返り血を浴びた平野は、そのまま歩き出し、街の路地裏に消えていった。

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