第11話 魔法

「アッシュ様」


「どうした? エレ爺?」


「先程の盗賊の数……このような序盤エリアでも、六名以上の敵性NPCが出現するものなのでしょうか?」


 モンスターと敵性NPCの違いは、能力値やスキル、行動パターンがほぼ固定されるモンスターに対し、敵性NPCはプレイヤーのように多種多様な装備、スキルを持つ。敵として登場するNPCは職業によってある程度偏るものの、中盤以降はプレイヤーのように特定難くなっている。また、友好NPCが敵となるシナリオ、イベントも存在する為、NPCとの戦闘はPvPに近いといっていいだろう。


「そうなんだよな……」


「何の話ですか?」


 アッシュとエレ爺の会話にアケミが不思議そうに尋ねる。


「ハエなど何匹いようと全て焼き払えばいいのでは? アッシュ様とその従者である我らに敵などいません! ……アケミはそのダチョン弓で隠れてシコシコやってるがいい」


「メルセデスさん、言い方!」


「とりあえず、メルの妄想とダチョン弓は置いといて……エレ爺の言うとおり、六人以上の敵性NPCが襲ってくることは序盤では無かった現象だ」


「も、妄想……」

「六人って数に意味があるんですか?」


「パーティー人数の上限は六人と決まってる。序盤では六人以上のプレイヤーが同時に戦闘することはできないんだ。その制限がある序盤は、敵性NPCも六人以上は出現しないという法則がある。ただし、通常のモンスターはその限りじゃない」


 パンドラでは、プレイヤー同士が組んで最大六人のパーティーを組める。そのパーティーが複数集まり、協力して戦闘を行うことを〝レイド戦〟と呼ぶ。


 一部のイベントやダンジョンなどの最終フロアでは、レイド戦によってしか討伐することが困難な敵も存在する。アッシュの目的でもある〝魔王〟もその一つだ。


 レイドは二~四つのパーティーで構成され、最大二十四人のプレイヤーが一度に戦うことが出来る。ただし、レイドに参加できるのは中盤の特殊イベントをクリアしたプレイヤーだけであり、序盤でレイド戦を行うことは出来ない。


「この世界がパンドラとは法則が違えば、制限は無いのかもしれない。それを確かめる方法があるにはあるが……」


 アッシュはチラリとアケミを見る。


 残りの従者二体を召喚すればすぐにそのことは確かめられる。しかし、もし、パンドラのルールが適用される場合、六人を超えた人数は行動を共にすることが出来なくなるのだ。


「以前と同じ法則だった場合、あぶれた一人は別行動、ということになってしまいますな。どのような制限となるか、爺には想像もつきませんが……」


「ダチョン女、短い間だったし、お前のことはすぐに忘れるだろう。グッバイ」


「メルセデスさん、ヒドイ!」


「アケミちゃん、グッバ~イ♪」


「ノアさんも! アッシュさん、嫌です! 置いていかないで下さい!」


「わかったわかった。というか、早まるな。今のところ残りの二人を召喚する予定はまだ無いし、今更アケミを見捨てることもしない……って、泣くなよおい」


「ぐす……だって」


「アッシュ様、二人を召喚しないのですか?」


「今のところはな」


(メル、主にお前の所為なんだけどな)


 従者達に自我があり、設定に無かった行動や能力がある以上、召喚には慎重にならざるを得ない。


「とはいえ、以前とは違う状況なのは確かだ。魔素計の数値は低いままだが、さっきの盗賊の数といい、悪魔将といい、ゲームの法則に囚われるのは危険だな。序盤エリアだからといって油断は禁物だ……特にメルは気をつけろ」


「え? な、何故、私が……?」


(あら? お気づきでない?!)


 アッシュが口を開く前に、エレ爺がメルセデスの前に出た。


「メルセデス! 気づいていないのですか? 先程の行為は何です? あの程度の敵ぐらい、最小限の力で排除すべきところです! 超位魔法などMPの無駄遣いでしかありません! おまけに上空に飛ぶなど、迂闊にもほどがあります! 周囲の索敵は行ったのですか? 高レベルの狙撃手がいたらどうするのです? 上空で静止し、時間の掛かる超位魔法を唱えるなど狙撃してくれと言ってるようなものです! いいですか? そもそも戦術というものは――」


 その後、エレ爺の説教が延々と続く。



「メルちゃん、元気出して~ なでなで」


 エレ爺の説教を受け、げっそりしたメルセデスをノアが慰める。


「うぅ……ノア、頭を撫でないでくれ、余計に惨めになる」



 アッシュ達一行は、メルセデスが穴だらけにした風景を見ながら先へ進む。


(環境ダメージも死体同様そのままか。超位魔法程度でこんな有様じゃあ、迂闊にそれ以上の魔法は使えないな……)


 魔法は、最下位から下位、中位、上位、最上位、超位、神位、星位と八つの階位がある。上の階位ほど魔法の発動に時間が掛り、超位以上の魔法は独特な魔法陣が展開され、威力も絶大である。


 しかし、超位以上の魔法は数秒から数分の発動時間が掛り、展開した魔法陣から動くと魔法はキャンセルされてしまう。また、魔法の発動が失敗した場合も、MPは消費される。


 超位以上の魔法はどれも非常に強力だが、発動までに時間が掛り無防備になってしまうこと、膨大なMPを消費し、連発出来ないことなど、使用には戦略が必要になる。


 先程のメルセデスのような戦いは、熟練プレイヤーには通用しない。


(まあ、本人も分かってると思うけど……分かってるよね?)


 ちなみに星位の魔法、及び、星級の装備は破格な性能と引き換えに、取得の困難さや一日の使用回数、使用条件等、様々な制限や特殊な仕様が存在する。


 ◆


「わー」


 アッシュ一行がしばらく街道を進むと、景色は森から広大な畑に変わった。その光景にアケミが感嘆の声を上げる。


「麦畑だな。大きな都市に近づいてる証拠だ」


「すごい……」


 現実では見られなくなった露地畑の風景。地球温暖化と人手不足で日本の農業は激変した。殆どの農作物は工場で生産され、野外での作物生産は一部の地域にしか見られなくなった。昔懐かしの田園風景などは、映像記録に残るだけだ。


「すごいですよ、アッシュさん! 見渡す限りの畑です! こんなの初めて見ました!」


 アケミの言うとおり、見渡す限りに麦畑が広がっている。一面に広がる黄金色の風景は現代人の目には壮大に映るだろう。


「そうだろうな……」


 アッシュはゲームでも同様の風景を見ていたはずだが、ゲームとは全く異なる雰囲気に、アケミがはしゃぐ気持ちを自身も感じていた。


(こんな普通の風景で感動するんじゃあ、絶景スポットに行ったら大変だな……)


 アッシュは自分がこれまでパンドラで見てきた美しい場所を思い浮かべる。


「あっ! あっちに村がありますよ! 人もいます!」


 遠くにポツンと集落が見える。この辺り一帯の畑を管理する農村だろう。この世界に来て初めて目にする一般NPCだ。


(いや、ここが本物の世界なら、NPCとは言えないかもな)


 アッシュがここに来るまでに、いくつも集落に寄れる機会はあったが、全て無視している。序盤の小さな村では得られる情報が少なく、偏ってると予想できたことと、時間の節約の為だ。



「のどかだな。昔の知り合いが、シナリオ攻略を止めて農民に転職した気持ちがちょっとだけ分かった気がする」


「いいですねー 自然と一緒に暮らしてるっていうか、田舎の生活って憧れちゃいます。……でも、大変そうっていうのもあって、私には無理だなって思っちゃいますけど」


「知り合いも大変だと言ってたな。モンスターや野盗に襲撃されたり、謎の病気で畑が全滅したりってのもあるらしい。農業用水を巡って隣村と戦争イベントなんかもあるみたいだぞ?」


「絶対無理ですね……」


「そういえば、アッシュ様。この世界の住人からそろそろ情報収集しなくて宜しいのですか?」


「農村で聞いても時間の無駄だからな。どうせ、この辺りのことしか知らないだろうし、街の情報に詳しいこともないからな。それに、変なクエストを依頼されたら困る」


「変なクエスト?」


「この辺りは序盤だから、逃げた家畜を捕まえてくれとか、野菜泥棒をなんとかしてくれとか、そんな感じの村の雑事を頻繁に頼まれるんだ。報酬はしょぼいが、ゲームのチュートリアルも兼ねてて、足跡の追い方とか、動物や植物について覚えられる。なんならアケミもやってみるか? ……まあ、置いてくけど」


「嫌ですよ! 最後聞こえてましたよ! 置いていかないで下さい!」


「はっはっはっ! アケミはブタでも追いかけ回してろ! それに、ダチョン弓もいいが、農民に転職して鍬を装備する方が似合ってるぞ? 村の田吾作とでも一緒になって、一生畑を耕して――痛ッ!」


「農家を馬鹿にするな、メル」


「うぅ……アッシュ様、スミマセン」


「アッシュさん、意外とまともなんですね」


「なんだ、意外とって。こう見えて一応、リアルじゃ上場企業の管理職だぞ? まともに決まってるだろ」


「え?」


「だから、なんだよ、え?って。俺のことを一体なんだと思ってんだ」


「いや、ゲームオタクの人かなーと……スミマセン」


「オタ……くっ、それは否定できない」


「でも、管理職って……私よりずっと年上ってことですか?」


「あのね。ゲームで相手のリアル情報を探るのはマナー違反だからね? 俺もさっきポロッと言っちゃったけど、他のプレイヤーの歳とか聞かないよーに!」


「ひょっとしてオジサンなんですかッ?」


 アケミは興味津々な様子でアッシュの顔を覗き込む。


「話聞いてた? というか、なんでそんな嬉しそうなの?」


「へ? いや! 何でって言われてもその……マナー! マナー違反ですよ! 女子にそういうこと聞かないで下さい!」


 何故か顔を赤くしてサッと目を逸らすアケミ。


「どんなマナーだよ」



(しかし、人がいて普通に農作業してるってことは、城塞都市ウォルゲートは無事ってことだ。俺の知るパンドラの世界とは微妙に違いもあるし、百年も経ってる。エレ爺の言うとおり、街に入る前に情報収集はしたいところだが……)


 アッシュは街道を歩きながら、遠くにある農村を横目に見る。


「まあ、なんとかなる――」


 次の瞬間、農村近くに魔法陣が出現。


 空間が裂け、異形の者達が現れた。

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