第7話 キャンプ

 自分の知る世界から百年以上経過しているという、衝撃的な事実が判明し、アケミらと合流した後も、アッシュは黙って考え込んでいた。


 街や転移門を破壊したのが、特殊イベントを起こしたプレイヤーなら、イベントを起こしてかなりの年数が経過している。いくら準備に時間が掛るイベントとはいえ、慎重に事を運んだとしても精々数ヶ月。年単位、それも数十年以上も時間を掛けているのは明らかにおかしい。


 考えられる原因は二つ。


 一つは、街を破壊したのがイベントを起こしたプレイヤーではないということ。その場合は、イベントが発生したのは最近ということも十分考えられる。


 もう一つは、既に『魔王誕生』のイベントが終了し、〝真なる魔王〟となったプレイヤーがこの世界を支配している状態ということ。その場合、バランス調整が継続されてることの説明がつかないが、この世界が現実であり、調整はこの世界の法則であると考えれば、一応は納得ができる。


 いずれにしても、序盤エリアにまで影響力のある〝魔王〟が存在するのは確定している。アッシュの知る世界から百年経っていることもあり、パンドラの世界が激変してることは間違いなかった。


「……」


「あの、アッシュさん?」


「ん?」


 瓦礫に腰を掛け、考え込んでいたアッシュにアケミが話し掛けてきた。


「これからどうするんですか? 泊まる所とか……」


 辺りは陽が落ちて徐々に暗くなってきていた。先々の心配もあるが、アケミはこのまま夜になったらどうするのか、寝る場所などを心配していた。


「「「泊まる所……?」」」


 アッシュをはじめ、ノアもエレ爺も無表情でアケミを見る。


「な、なんですか?」


「いや……」


 アッシュア達は全員が飲食や睡眠、疲労など、行動を阻害するようなバッドステータスにはスキルやマジックアイテムで対策している。つまり、休憩や宿泊などの概念はしばらくなかったことだ。


 通常、戦闘などで減ったHPやMPは宿屋で睡眠をとるか、食事、アイテムなどで回復させる。両方を一度に回復できる睡眠が一番コストは安いが、時間が掛るというデメリットがあり、回復薬ポーション魔力回復薬マナポーションなどのアイテムは即効性がある反面、コストが高い。


 パンドラをやり込んでいるプレイヤーは、自動回復系の装備や装飾品、マジックアイテムを使用して常時自動で回復させている他、緊急性のある場合は高価な回復薬を惜しげなく使い、回復に時間は掛けない。


 基本的には、横になる時はログアウトの時だけである。


 だが、アッシュはゲーム攻略を第一とするガチ勢とは少々異なり、ファンタジー世界を楽しむこともパンドラを続けていた理由であった。戦闘スキルや攻略知識は、それを快適にするためのものに過ぎない。


 なので、野営道具は当然持っている。だが、通常の移動で使用することは何年も無かったことだった。


「キャンプ、か……」


「キャンプぅ~♪」

「久しぶりでございますね」



 ――〈空間収納〉――


 街から少し離れて、開けた場所に移動し、アッシュはアイテムボックスからキャンプ道具一式を取り出す。


 一瞬で大きな物体でも難なく取り出せるのはまさにファンタジーな光景だが、これが現実の世界だとしたら何とも摩訶不思議な現象ではある。


「あ、あの……」


 アケミが目にしたのは、広いウッドデッキを備えた立派なログハウスだった。


「どうした?」


「キャ、キャンプってさっき言ってませんでした?」


「言ったけど?」


「でも、これって……」


「廃墟がバックなのはロケーションとして最悪だが、仕方ない。ここをキャンプ地とーするっ!」


「わーい♪」

「仕方ありませんな」


「全然、キャンプのレベルじゃない……」


「キャンプだよ~」

「キャンプですな」


 いい意味でキャンプのイメージを覆されたアケミに対し、ノアもエレ爺も。さも当然といった態度だ。


「アケミ、ひょっとして、テントを張る的なことを想像してたのか?」


「……はい」


「あんなペラペラなモンで寝泊まりしたら、すぐ死ぬぞ?」


「え?」


「夜間のモンスターは昼より凶悪になるし、遭遇率も上がる。俺達は別に平気だが、序盤でもレベル1だと一撃で死ぬぐらい危険度が増すからな」


「じゃあ、私の為に――」


「いや、テントなんぞ持ってないだけだが?」


「あ、はい」


 転移魔法を覚えれば乗り物は殆ど使わなくなるが、テントなどの簡易宿泊アイテムは必須である。洞窟や地下遺跡、迷宮などは魔法が阻害されることも多く、長期探索する場合は消費アイテムの節約やログアウトに、自分で安全地帯を設ける必要があるからだ。


 資金の乏しい序盤では、アケミが想像してるような安価な簡易テントしか選択肢はない。しかし、テント系は宿泊以外の機能が無く耐久値も低い為、見張りを立てたり、交代で休息しないとモンスターの襲撃で簡単に破壊されてしまう。


 パーティーメンバー全員が一度に就寝し、その間に襲われて全滅したという話は割とあるあるの話である。


 パンドラでは資金力に応じて簡易宿泊アイテムをグレードアップしていくのがセオリーであり、アッシュの使用する施設も当然、最高級品だ。


 ファンタジーの雰囲気に合うようこだわった外装と内装。パンドラにある最高級素材を贅沢に使用し、快適さコンフォート戦術タクティカルの両面を追求した簡易宿泊施設ログハウスは、アッシュ自慢の逸品だ。


「嫌なら、廃墟で野宿をどうぞ」


「嫌ですよ! いや、そうじゃなくて……」


「野宿ぅ~」


「ノアさん! 違いますって!」


「まあ、好きにしてくれ」


 そう言って、アッシュはログハウスに入っていった。


 続いて、エレ爺が後に続き、最後にノアが入っていく。


「アケミちゃん、おいで~」


「あ、待ってください!」


 ◆


 ログハウスの中は見た目の大きさに反して広々していた。空間が拡張され、リビングの中央には円形の暖炉、巨大な一枚毛皮を敷いたソファに、何百と年輪の刻まれた樹木の輪切りテーブル、水晶を削り出したアイランドキッチンなど、異次元の内装が広がっていた。


「わあ……」


 その光景にアケミは思わず感嘆の声を上げる。


「わーい♪」


 ノアが勢いよくソファにダイブする。真っ白でフカフカな毛皮にノアの身体が沈んでいく。


 その様子を羨ましそうに見るアケミ。しかし、その奥ではアッシュとエレ爺がテーブルの上に文字や線がびっしり書き込まれた地図を広げ、何やら難しい顔をして話し合っていた。


「ロマリサの転移門を潰されたってことは、俺達の拠点ホームまで正規ルートで進むか、遠回りして騎乗用の飛竜を手に入れるかだが……迷うな」


「時間的には飛竜を確保した方が早いと思いますが?」


「〝魔獣使いテイマー〟がいない。は拠点に置いてきたからな。自前で確保するんじゃなく、レンタルだと色々不安要素が多い」


「そうでした。レンタル竜では追加で防具やマジックアイテムを装備できませんから、戦闘面も不安ですし、休息が必要になるのも面倒ですな」


「レンタルはどれも弱いからな。途中で撃墜されて変なトコで落とされたら余計に時間が掛る。それでも順調にいけば早いことは早いから、悩みどころだ」


「……では、機械都市〝ゾーグ〟で飛空艇を入手しては? 飛竜の住む〝風の大渓谷〟より距離はありますが、飛空艇なら諸々の問題は無いと思われます」


「まだ確定じゃないが、序盤の転移門を壊して、悪魔将を配置するようなプレイヤーがいるんだ。唯一の飛空艇造船所であるゾーグにも必ず手を出してるだろう。俺でもそうする。行ってもどうせ廃墟になってる可能性が高い。ダメ元で行くにはゾーグはちょっと遠過ぎるから最初から候補から外してるんだ」


「なるほど。流石、アッシュ様!」


「……」


「どうかされましたか?」


「あのさ、アッシュとか止めない? ノアはまだ冗談ぽく聞こえるんだけど、エレ爺に言われるとなんかむず痒いんだよ。君とかさん付けで……なんだったら呼び捨てでも――」


「主人であるアッシュ様はアッシュ様でございます! その他の呼び方などありえませんッ!」


「うお! す、すいません」


 エレ爺の勢いに思わず謝ってしまったアッシュ。


「配下に謝罪など不要でございます!」


「はい。いや、分かった」


 グゥ~


「「……」」


 そこへ、アケミの腹の音が盛大に鳴る。


「……す、すみません」


 途端に顔を赤くし、下を向いてしまったアケミ。


 立派なキッチンには冷蔵庫もあるが、アッシュ達はもう何年も食事が不要の状態なので、中身は空である。


「仕方ない。また狩りにいくか」


「アケミ様のお食事でございますか? それでは私が行ってまいります」


「じゃあ、それはエレ爺に頼んだ。ついでに周辺のチェックも宜しく頼む」


「承知致しました。では」


 エレ爺はアッシュに礼をし、静かにログハウスから出て行った。



「一応、アケミに説明しとくが、このログハウスを中心に半径25メートルは物理・魔法防御の結界が張られてる。外からログハウスが見えないように偽装の効果も付与されてるから、うっかり外に出て、迷子にならないように気をつけろよ?」


「出ませんよ!」


「そうか。なら、エレ爺が戻ってくるまでゆっくりしててくれ。寝室は二階にあるし、風呂もトイレも奥にあるから自由に使って――」


「……」


「どうした?」


「水が出るんですか?」


「そりゃ当たり前……あ」


 ログハウスを出していれば、ノアに魔法を使ってもらう必要は無かったと気づくも、時すでに遅しだ。


「お風呂~♪」


「うわ!」


 ソファで寛いでいたはずのノアが突然現れ、アケミに抱き着く。


「アケミちゃん、臭う~」


「えッ!」


 顔を真っ赤にして俯いてしまったアケミ。三日も廃墟で過ごしていれば当然ではあるが、ゲームでは匂いや汚れの概念が無かったので、アッシュも自身の体臭が気になってきた。


「まあ、装備の品質もあるからな。アケミには後で着替えもサービスするか」


「あ、ありがとうございます」


(汚れた服で座ったり寝られるのもアレだしな……)


「?」


 ◆


 その後、ノアに連れられデッキにある露天風呂にきたアケミ。


「うわぁーーー」


 解放的なデッキには、ヒノキ調の湯船が埋め込まれ、十人は余裕で手足を伸ばせる広さがあった。湯口から源泉かけ流しのように絶えず湯が流れてきており、水の音が心地いい。裏手にある街の廃墟とは違い、こちら側は森に面しており、森林浴の雰囲気があった。


 ザブーン


 勢いよくノアが湯船に飛び込んだ。


「アケミちゃんも早く~」


「あ、ちょっとノアさん、先に身体を洗わないと……」


「早く早く~」


「もー」


 急かすノアに耐え兼ね、アケミはサッとかけ湯をして湯船に入った。


 温すぎず、熱すぎずの心地いいお湯の温度がアケミの身も心もほぐしていく。


「はぁ……気持ちいい……」


 思わず声が出る。


 アケミにとって、この三日間は地獄だった。大学の先輩に勧められて始めたVRゲーム。ログイン後、先輩達と合流することはできたものの、合流後すぐに悪魔将に襲われた。


 一人、また一人と、嬲られるように悪魔に殺されていった先輩達。応援を呼んでくると言って街を離れた一人は後に死体となって帰ってきた。最後残った先輩はアケミを置いて逃げてしまい、その後をたった一人で過ごすことになったのだ。


 その恐怖はアケミがこれまで体験したことのないことであり、ゲームに誘った先輩や逃げた先輩を恨んだ。だが、悲鳴を上げながら死んでいく姿を見てそんな気持ちは今は吹き飛んでいる。



 湯船に浸かり、今までのことが遠い記憶に追いやられる。


 この心地よさがずっと続けばいいのに。そう思った瞬間、湯船の中を泳いでいたノアが突然立ち上がった。


 ザバッ


「エレ爺、おかえりぃ~」


 豊満なボディを恥ずかしげもなく露わにし、大きく手を振るノア。


「ちょっ、ノアさん!」


「只今戻りましたよ、ノア。少々遅くなりましたが、アケミ様もお寛ぎの様子で何よりです。湯加減は如何ですかな?」


 森の中からエレ爺が大きな獣を担いで現れた。


「キャァーーー!」

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