#27「やっぱり思い浮かばなかった」
まどかは、よく利用する住宅街にある古民家カフェで、羽衣に問い詰められていた。
「自然に頭撫でたり? 自然に友達と2人で話せるように配慮したり? 何あれ、ハイスペックすぎない? 見た目だけじゃないとか何?」
羽衣が興奮して喋り続けるから、まどかは羽衣を落ち着くように宥めながら、周りに頭を下げなければならなかった。
「会社の同期なのに、ずっとスルーしてたって何事? まどか、見る目あるのかないのか、分かんないんだけど!」
「え……何でちょっと怒ってるの?」
羽衣はストローでごくごくとアイスコーヒーを飲み出した。見る見るうちにコーヒーは減っていき、氷が現れる。
羽衣は、コーヒーを微妙に残したところで、飲むのをやめた。
「何、お願いした?」
「“お願い”?」
「好きだって自覚したなら、してほしいこと、たくさんあるでしょ」
「あー……」
数日前に、絢斗に会ったときの、羽衣の言葉を思い出す。
“何してほしいか訊いてくれた人だよね? あんな人ならしたいこといっぱい出てくるよ”
“イケメン”の次に出てきたのが、この言葉だった。
羽衣の中で、よほど印象に残っていたのだろう。
羽衣にアドバイスをもらい、真に受けて行動に移したために、絢斗からは色々からかわれることになった。
結果、まどかと名前で呼ばれるのが当たり前になったので、まどかにも印象深い出来事である。
「えー……」
ハグはお願いしたものの、他に何かお願いはしていない。
缶詰を食べようと誘ったのも、ある意味お願いだろうか。
それくらいしか思いつかない。
目を輝かせている羽衣の期待に応えることができそうになかった。
「……え、何もお願いしてないの?」
まどかはアハハと渇いた笑いで返す。
羽衣の目の色が変わった。
信じられないという顔に圧倒されて、思わず身を少し引く。
「もったいないっ。もったいないよ! まともな思考回路が邪魔してる。恋愛は多少おかしくないと上手くいかないんだから!」
言い切った羽衣は、ストローに口をつけ、残り少ないアイスコーヒーをズズッと飲み干した。
「……上手くいかないことはないんじゃない?」
まどかは、遠慮がちではあるも、言葉を返す。
「だって、いずれは冷静になるよね? そのときには駄目になってるってことでしょ? なら、穏やかな恋愛もありじゃない?」
アイスコーヒーのグラスについた滴をなぞっていたから、言い終えて顔を上げると、羽衣に凄まれていて、びっくりした。
「――それ、まどかが言う?」
まどかは息を呑んだ。
「最近の恋愛、ずっと穏やかだったでしょ。特にときめきもしない人と付き合って、結局、何となく始まって何となく終わってたじゃない」
「それはっ……そうかもだけど……」
もごもごとして、最後まで言い切れなかった。
「“上手くいく”って、そういうことじゃないと思うな。面白くない恋愛なんて、する意味ある?」
太ももの上に手を下ろして、グラスで冷えた指を反対の手で温める。
「まどかは私と違う」
羽衣の目がまどかの目を真っ直ぐ捉える。
「子どもがいるわけじゃないんだから、自分の幸せを一番に考えていいんだよ」
子どもを一番に考えている羽衣は、どこかで本気にならない恋愛をしているように思っていた。
きっと、本気でのめり込んだら、子どもが一番にならなくなるから。
だからこそ、恋愛に人一倍憧れがあるように思えるのだ。
「結婚を考えるときに、落ち着けばいい。今は純粋に楽しんでいいと思う」
刺激がほしくて付き合ったはずなのに、付き合ったら冷静になるなんて、矛盾している。
自分からつまらない恋愛にしようとするのは、馬鹿げている。
「あんなイケメンだから、引く手あまたでしょ。まどかがそんな態度してたら、逃げてっちゃうよ。繋ぎ止めるために積極的にならなきゃ」
――そうだ。昔はそうだった。
好きな人を繋ぎ止めたくて、必死に考えた。
上手く感情を制御できなくて、どうして自分と向き合ってくれないのかと感情をぶつけたりもした。
それなのに、今はどうだ。
好きと言われた人のことが好きで、相手は繋ぎ止めようとしなくても、離れようとせず、むしろ、まどかにアプローチをやめない。
それに甘えて、自分からは何もできていないではないか。
思い立って口に含んだコーヒーは、ぬるくて苦かった。
***
羽衣に発破をかけられ続けたので、羽衣の言葉が暗示のように残っている。
だから、絢斗を前にすると、何かしなければならないと思うのだが、何からしたらいいのか分からない。
「なんか……ぎこちなくない?」
「……そんなことないよ?」
まどかは絢斗に、昼食を外で食べようと誘われ、近くのうどん屋にいた。
ここで、名前を呼んでと言われて、結果、まどかが絢斗に名前を呼ばれることになったことを、意識せずにはいられず、何だかよそよそしい態度を取っていた。
奇しくも、あの日と同じ席についているから、余計に緊張してしまう。
箸を取ろうと箸立てに手を伸ばしたら、絢斗の手が伸びてきたのに気づき、手が触れる前に引っ込めて目線を逸らした。
絢斗は箸を2つ取ると、1つをまどかに差し出してきた。
まどかは小さな声でお礼を告げてから、それを受け取った。
「まどかがじろじろ見るってことは、何か話したいことがあるんでしょ? それとも、俺の気持ちを探ってる? どっちかだよね」
決めつけるなと思うが、決めつけでもないところが苦々しい。
「改めて、中埜にしてほしいことないか、考えてみたの」
「え……」
絢斗が手を止めて、目を見開いた。
まどかは絢斗の顔には視点を合わせず、湯気の立ち上がるうどんを見つめる。
「でも、やっぱり思い浮かばなかった」
「……は? そこは何かある流れじゃん?」
「そう思うでしょ? 自分でもびっくりだよ」
まどかは、つゆの中に箸を入れ、うどんを持ち上げてみたりする。
「――まどかは俺のこと、本当に好き?」
まどかは箸からうどんを離し、絢斗を見つめ返した。
「好きって即答できないのは承知の上で聞いた」
言い当てられ、どきりとして、ますます答えにくくなる。
「俺のどこが好きなの? 好きなところ、ちゃんと言える?」
「……ここで?」
お昼時でざわざわとした店内。近くの席であれば、聞き取れるだろう。
「……そうだね。ここではやめよう。また別の機会に」
ホッと胸を撫で下ろすと同時に、一瞬見せた、絢斗の寂しそうな表情が気になった。
「伸びるから、早く食べよう」
「……うん」
絢斗はいつもと変わらない様子に見える。
しかし、食べている最中も、絢斗の顔が目に入ると、何度も寂しそうな表情が思い出され、落ち着かない気分になった。
“まどかがそんな態度してたら、逃げてっちゃうよ。繋ぎ止めるために積極的にならなきゃ”
羽衣の言葉が、刻み込まれるように、何度も頭の中で繰り返された。
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