02.抵抗の意思は声ではなく動作で
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。その動きに合わせて
それを見て、招待客の当主夫人やご令嬢たちから冷ややかな囁きがヒソヒソと漏れてくる。
「まあ見て。ドレスが全然身体に合っていないわね」
「まともな着付けさえできないなんて」
「そもそもあのような
「常識がなっておりませんわね」
どれもこれも、
アレクシアは両手の長手袋の留め具を外して一気に抜き取った。その下から現れた
「えっ……なに、あの腕!?」
「何をどうしたらあのような腕になるというの!?」
「もしや、何か病を患っておられるのか?」
「いや、だが、そんな話は聞いたこともないぞ」
それまでアレクシアを忌々しげに糾弾していた第一王子も、勝ち誇った目で見下ろしていた異母妹も、アレクシアの突然の行動に驚きの表情を隠せない。
だが彼女の次の行動によって、会場全体が悲鳴に包まれた。
アレクシアがデコルテの切られたドレスの肩口から両肩を抜いたのだ。本来なら体型にぴったりフィットしているはずのドレスは、たったそれだけでスルリと足元に落ちてゆく。
そう。アレクシアはひとりでは脱ぎ着できないはずの夜会用のドレスを、独力でしかもいとも簡単に脱ぎ捨てたのだ。
その下から現れたのは、やせ細って肌艶を無くしたガリガリの胴と脚、それにひと目で分かるブカブカの、全く役に立っていなさそうなコルセット。むしろコルセットは締め付けて体型を形作るのではなく、ドレスの
「待て待て待て!」
その姿にもっとも驚愕したのは第一王子。
「そなたは何故そんなにもやつれているのだ!?」
アレクシアは応えない。[制約]の術式で真相を話すことを封じられているから。
だが封じられているのは声と文字だけで、
アレクシアは第一王子に背を向けた。
王子の視界に飛び込んできたのはコルセットに覆われていない背中の上部、肩甲骨周りに幾重にも刻みつけられた、見るも無残な鞭の痕。それも古いものからまだ血の滲む新しいものまで無数にあるではないか。
凄惨なその姿に、会場内で倒れるご婦人がたが続出した。
「本当にちょっと待て!なんだその姿は!?」
第一王子は驚愕のあまり、壇を降りてアレクシアに歩み寄ろうとする。だがそこへ慌てて駆け寄ってきた者たちがいた。
「で、殿下!この娘には自傷癖があるのです!」
「そっそうですわ!それに偏食が激しくて、普段からほとんど何も食べないのです!」
アレクシアの父である侯爵と、その後妻に納まっている夫人であった。ふたりとも焦りを顔に浮かべていて、アレクシアに代わって必死に言い訳を述べ立てる。
「アレクシアよ、それはまことか」
第一王子の問いかけに、再び向き直ったアレクシアはゆるゆると首を振る。だって動作は彼女の意のままだから。
「なっ、何を嘘ばかりついているの!?」
後妻が顔を歪め、手に持った扇を振り上げてアレクシアの頬を打ち据えた。それがあまりに自然な動作で、咄嗟に誰も反応できなかった。
アレクシアはそれだけで、弾き飛ばされたように倒れ込む。
夜会会場に敷かれた分厚い絨毯に吸収されたのか、倒れ込んだ際に物音は立たなかった。成人に達した16歳の貴族令嬢が倒れたにもかかわらず、
「…………夫人」
シーンと静まり返った会場内で、もっとも早く我に返ったのは第一王子。
「そなた、その者が私の婚約者と知った上で私の目の前で彼女を
「………………あっ、」
アレクシアは侯爵家の娘であるが、同時に第一王子の婚約者でもある。将来の王子妃、つまりは準王族であり、家族と言えども彼女よりは地位が低くなる。殴りつけるなどもっての外であり、場合によっては不敬罪すら適用されかねない。
そのことに思い至って後妻の顔が青褪める。まさか、普段から日常的にやっていることが咄嗟にこの場でも出てしまっただけだとは、さすがに口が裂けても言えなかった。
「しっ、躾です殿下!」
「だとしても、このような公の場でやることではなかろう」
父侯爵が慌てるも、第一王子の一言で撃沈する。
「誰ぞ、身を隠すものをこれへ」
そんな侯爵から視線を外すと、第一王子は周囲を見回して命じた。すぐさま儀礼用の騎士マントを着用し扉のそばに立っていた警護の騎士がひとり駆け寄り、マントを外して倒れたままのアレクシアの身をくるむ。
騎士はそのまま城内の医務局に連れて行くよう命じられ、アレクシアの身を横抱きに抱き上げた。
「……殿下!」
「どうした」
「恐れながらご婚約者様のお身体、とても成人女性の体重とも思えませぬ!」
「なんだと!?」
まあ確かめるまでもない事である。コルセットが役に立たないほどやせ細った身体が、絨毯に倒れ込んでも音がしないほど軽い身体が、人並みの体重を維持しているはずがない。
「侯爵家での普段の生活は、どうなっている」
第一王子のその問いに、答えを返した者はいなかった。答えられる者たちは口を噤み、詳細を知らない者たちは口を開けない。そしてそれは第一王子自身も同じこと。
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