55 二人の作戦

 沢渡の出勤時間は早い。


 大体いつも『キャット』のメンバーの誰よりも早く出社して、パソコンを前に眉間に皺を寄せてコーヒーを飲んでいるイメージだ。


 つまり、早朝会議や直行の予定が入っていない限り、沢渡は新規事業開発統括本部にいる筈だった。


「えっ!? 同じ会社だって言ってたけど、まさか同じ部署なの!? えっ、どういうこと!?」


 ちょっとわざとらしいくらいに驚いた風に大声を出せば、硝子扉になっている執務室の中にまで声は届く。タケルの言葉に、ライトが素早く反応してみせた。


「それはこっちの台詞だよ! 同じ階で降りるんだなって驚いたよ! だってこの階、うちの部署しかないでしょ? え、タケルっていつ入社したの!? 何も聞いてないんだけど!」

「え、三月から! でも毎日出社してる訳じゃなくてさ、外部研修っていうの? 結構外出も多くてさ!」

「あ、俺もそうだよ! ああ、だから今まで会わなかったのかあ!」


 ワイワイと話しながらカードキーでロックを解除すると、硝子扉を開く。


 最初にタケルが執務室内に入ると、想定通り沢渡はすでに中にいた。パントリーに立ち、コーヒーを片手に固まった状態でタケルたちを見ている。


 タケルはわざとらしいほどの大きな笑みを浮かべた。


「沢渡さん、おはようございます!」

「……おはようございます」


 タケルの挨拶に、ぎこちないながらも沢渡は挨拶を返す。執務室の奥へと進みながら、ライトが驚き顔で沢渡に話しかけた。


「沢渡さん、新規事業開発統括本部に新入社員が入ったこと、どうして俺に教えてくれなかったんですか!?」


 とても自然でいい感じだ。さすがぶっつけ本番のヒーローを長年演じてきただけのことはある。日頃の気弱な様子は鳴りを潜め、マスクを被っていたら『雷神』の雰囲気そのままになるんじゃないかという威風堂々っぷりだ。


 逆に、日頃は冷静沈着で淡々とした雰囲気の沢渡が、珍しく慌て気味になっている。


「え、いや、その」

「タケルがまさか同じ部署だなんて驚きましたよ!」


 ライトのやや責めるような口調に対し、沢渡は訝しげに目を細めて問い返した。


「『タケル』……? どういうことです? 二人は知り合いな筈が――」


 言いかけた沢渡が、己の失言に気付いたかのようにハッとして口を引き結ぶ。おそらくは「二人は知り合いな筈がない」と言いたかったのだろう、とタケルは推測した。


 だがその台詞が咄嗟に出てくるということは、沢渡がライトとタケルをと考えているんじゃないかと思われても仕方のないものだ。沢渡もその可能性に気付いたからこそ、途中で黙った可能性が高い。


 どんどん膨らんでいく不信感に、元々対してなかった信頼感が薄れていく。だが、たとえ本当にタケルの推測通り沢渡がライトとタケルを会わせたくなかったと考えていたとして、それが何を指すのかと言われると今のタケルはまだ答えを持っていない。


 タケルはあえて明るい笑顔になると、軽い口調でいくことにした。


「あ、僕たち、昨日紳士服屋で一緒になったんですよ! ライトが『最近はどんな形が流行ってるの?』ってたまたま隣の試着室で着替えてた僕に聞いてきて、それから会話が弾んじゃって。な、ライト!?」


 ライトの背中を、「頑張れ」というエールの意味を込めながらポンと叩く。ライトは艶やかな笑みを浮かべつつ、大きく頷いた。


「うん! タケルが協力してくれて本当に助かったよ! 日頃スーツはあまり着ないから、俺って本当に流行りが分からなくて……。でも店員さんが年配のおじさんでグイグイ推してくるからすごく困ってたんだよね」

「あはは、迷子の子どもみたいな顔してたよな!」

「ふふ、やっぱり? だってあの店員さん、すごく強気だったからさ」

「僕が『今はこっちの方が二十代の間では人気ですよ』って言ったらムッとしてたよな」


 本当はそんな会話はなかったし店員さんには滅茶苦茶お世話になったけど、この場ではこういうことにさせてもらう。昨日ライトがたんまり買ったから、ここだけのことだし許してほしい。


 タケルとライトの演技は続く。ここまで、わざとらしさはないように思えた。


「そうしたらタケルがネコタコーポレーションだと割とカジュアルめでもいいんだけどそっちは? って言うから、俺もネコタコーポレーションだよって盛り上がっちゃったんだよね!」

「なー! 連絡先交換してランチ一緒にしよーぜって言ってたら、まさか朝からエントランスで会うとは思ってもなかったよ! すごい偶然だよな!」

「しかも同じ部署だなんて、こんな偶然あるんだね! 朝から大興奮しちゃったよ!」

「あはは、僕も!」


 笑い合いながら話している間も、わざとらしくない程度にタケルたちを黙って眺めている沢渡の様子を窺う。


 ここでタケルは、ハッとした表情を作った。ここから先が肝心な場面だ。しくじる訳にはいかない。


「……僕、今気付いちゃったかもしれないんだけど、言ってみてもいい?」

「ん? どうしたの? いいよ」


 ライトがにこやかに答えた。ライトと視線を合わせる。ライトの灰色がかった不思議な瞳は、「今だ行け、タケル!」と言っているように思えた。


 緊張を悟られないよう、あえて身体の力を抜く。


「待って下さい、タケルく――」


 沢渡が慌てた声色で止めに入ってきた。タケルは聞こえなかったふりをして、言った。


「新規事情開発統括本部所属ってことは、ライトってもしかして――『雷神』?」と。

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