50 疑念
無言のままで顔を顰めていた日村が、苛立たしげに口を開く。
「……俺たちはヒーローの契約内容は詳しくは知らないがよ、さすがにそれはおかしいんじゃねえか?」
日村に鋭い眼光を向けられたライトが、大きな身体をビクッと震わせた。
「わ、え……っと、そのっ」
「ライト、大丈夫だから――」
一気に不安げな様子になってしまったライト落ち着かせようと、タケルが咄嗟にライトの腕に触れた次の瞬間。バチッ! という音と同時に指先に鋭い痛みが走る。
「イタッ!」
慌てて引っ込める。痛む指先を拳の中に握り締めた。強めの静電気だ。痛みを堪えながら、溜まっていた電気が一気に流れるんだったっけ、とタケルは思い出していた。
「あっ、ごめんなさいっ」
ライトが慌てた様子でタケルに手を触れる。今度は接触しても何も起こらない。ライトが言っていた、「電気を抜く」ことをされたのかもしれない。
泣きそうな顔のライトが、落ち着きなく目線を彷徨わせながら再度謝ってきた。
「タケル……本当に、ごめん……っ」
指先に痛みは残っているものの、電気はもう体内に残っていない。ライトはわざと放電したのではないだろうし、不用意にライトに触れたのはタケルの方だ。ライトを安心させるべく、できるだけ穏やかに微笑みかけた。
「いや、びっくりしただけだって。今のは僕が悪いから、謝らなくていいから」
「でも、痛かったよね……」
グレーがかった瞳が、じわりと潤んでいく。どうしてこんなにもライトは怯えるんだろう――。疑問に思った次の瞬間、タケルの脳裏に「人が怖い」というライトのセリフが木霊した。
あの時ライトは言っていたじゃないか。人が怖い理由を。
――そう。「壊しちゃうから」だ。
息を呑みかけたタケルは、咄嗟に先程痛みを感じた方の拳を握り締めることで耐えた。
タケルの変化には気付かない様子のライトが、ボソボソと言い訳のような言葉を口にする。
「……ごめん、本当にごめん。その……日村さん、がそういうつもりじゃないのも分かってるけど、怒られそうだなって感じるとどうしてもその、そういうの苦手で……」
タケルは先日ライトから聞いたこのことを、『キャット』の二人には伝えていなかった。伝えるような内容でないと高を括っていた自分の浅はかさに、苛立ちが募る。壊しちゃうから人が怖いと結論づけるには、それ相当の理由があった筈なのに。
ライトは過去に、人を壊した、もしくは壊しかけたことがあるのだ。コントロールできない異能の暴走により――……。
気付いた瞬間、頭を殴られたような衝撃を覚えた。飛び降りたあの子の姿と、黒焦げになった想像上の人間の姿が重なっていく。
タケルが言葉を失い反応できないでいるのをどう捉えたのか、日村がタケルの後を引き継ぐように場の空気を変えていく。自分の頭をガシガシ掻きながら、苦笑で雰囲気を和らげつつライトに返した。
「いやさ、俺の口って悪くてよ。顔もこんなツリ目だろ? 態度も俺自身はそんなつもりじゃないんだが、横柄で怖いってよく言われるんだよなー。今のは完全に俺が悪い。今後は気を付けるからさ、許してくれ。な?」
「でも……」
まだ反論しようとするライトに、日村は分かりやすく歯を見せて笑ってみせた。こういう時、日村は自分と違い分別のついた大人なのだな、とタケルはしみじみと思う。
「ほら、続きを話してくれよ。――ヒーローの任務ってのは対ヴィランだけじゃねえってことだよな?」
「う、うん」
ライトは自分を奮い立たせる為か、膝の上に置いていた手を握り拳にして、深く頷いた。
「……大抵の任務は、どこかに忍び込んで目的の物を壊してくるっていうものなんだ。その時は、ヒーローマスクもしないでいいって言われてる」
ショックから徐々に立ち直ったタケルは、もしやと思い、ライトを驚かせないように極力優しく問う。
「誰に言われてるの?」
「新規事業開発統括本部からだよ。新規事業開発統括本部から、一週間の予定表のメールが来るんだ。ヒーローマスクを被る方の仕事の連絡は、前は田中さんが直接教えに来てくれてたし、今は沢渡さんがメールで送ってくる」
「……そうなんだ」
所属してから日が浅いタケルですら、明らかに違和感を覚えた。新規事業開発統括本部からのメール? 少なくともタケルはそんなものは見た記憶がない。
そもそも、ヒーローは会社の顔であり、会社はスポンサーとなることでヒーローをサポートし、世間の平和に貢献していくものだ。
だが、ライトが今語った内容は、ヒーローの定義を覆すものだった。まるでヴィラン連合を通さずに個人契約でヴィランを雇っているかのような行動にしか見えない。
ライトが、心底不安そうな表情になってしまった。
「な、なんかおかしい……?」
「ええと、いや、ほら! 僕らは基本ヴィラン連合を通してしか連絡が来ないからさ、そういうものなんだなって思っただけだよ!」
わざとらしく見えたらどうしようと思いながらも、笑顔を作るしかなかった。
「へえ、ヴィラン連合の話、田中さんからは聞いたことあるけどよく知らなくて。仲間がいるってなんかいいなあ」
つられたように、ようやくライトの顔にも明るさが戻る。ほんわかした雰囲気には定評のある原田が、穏やかな笑顔で頷いた。
「うん。僕たちは基本、そこまで異能が強くないからね。ひとりじゃできないことの方が多いから、仲間の存在は有難いよ」
「へえー」
ライトは興味津々な様子で、原田が語るヴィラン連合の上澄みの情報に聞き入っている。
タケルはふと視線を感じ、目を向けた。日村が意味深な目つきでタケルを見ている。横目で穏やかに会話している二人を見た後、ごく小さく首を横に振った。タケルはそれに対し、小さく頷く。今はもうこれ以上さっきの話はするなという意味だろう。
ライトの様子を見る限り、ライトはこのことに関して疑問を覚えているようには思えなかった。そういうものなのだと思わされ、世間との接触も体質と性格ゆえに抑えていたことから、一般的な認識と齟齬が出ていることにも気付いていない。
嫌な想像だが、ネコタコーポレーションがライトをまるで育てるが如く大切に扱ってきた理由はこれなのではないかという気がしてきた。
果たして父は、このことを知っていたのだろうか。
室内は湿気のせいでベタつくほどだというのに、何故かタケルは背筋がひやりとする感覚を拭うことができなかった。
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