第24話 次はあなたも血まみれにしてやりますわ!! ~宮廷武闘大会・準決勝決着!!~

 リディアの問いに答える代わりに、再びリンネが動いた。

 アクロバティックな動きで大きく跳躍し、空中から飛び蹴りを放ってくる。


 ――馬鹿なのかしら、そんな読まれやすい動き……


 飛び蹴りは落下の運動エネルギーが乗る分当たれば威力は大きいが、いかんせん軌道が読まれやすい。

 リディアは蹴りを避けて、カウンターで胴体にパンチを当てようとした。――だが、それはリンネの思うつぼだった。


 リンネはリディアが放った拳を片手で受け止め、滞空状態のまま後ろ足を振りぬいてリディアの顔面に蹴りを入れる。

 パンッという破裂音とともに、リディアの口内に血の味が広がった。


『あ、当たった~~!! リディア様の顔面にリンネ様の蹴りが直撃……!!』

『……右足での飛び蹴りはフェイク。本命は左足での蹴り……という二段構えの攻撃ですか。常人にはできない攻撃ですね……』


 しかし、リディアは倒れずに踏みとどまった。


「やっ……てくれましたわね……!!」


 着地直後のリンネの膝を狙って、リディアはすかさずローキックを入れる。しかし、リディアが蹴りを入れた時にはリンネの姿はもうそこにはない。着地の際の反動を利用して跳躍し、素早くその場から飛び退いている。


「鮮血令嬢らしい顔になったじゃないですか」

 顔面が血まみれになったリディアを揶揄して、リンネが挑発するように言う。


「……次はあなたも血まみれにしてやりますわ」

 鼻血を拭いながら、リディアは不敵に笑った。


 ――とはいえ、このままではリンネのペースに翻弄されてしまう。何とか突破口を見つけないと……

 リディアは精神を集中させた。


 ――思い出せ、何のために山籠もりまでしたのか。雑念を捨て、獣のように戦っていたあの頃の感覚を思い出すのだ。


 再び、リンネが動いた。

 流れるような体さばきで一瞬で距離を詰め、内回し蹴りから前蹴り、そして横蹴りを地面に足を下ろすことなく一気に蹴る。


『速っ……!? もう全然見えないっス……!!』

『スローで確認すると、今の一瞬で三発蹴ったようですね……』


 しかし、リディアはその攻撃の全てを見切って受け止めていた。


「――――!?」


「だんだん見えてきましたわ、あなたの動き……」

 お返しとばかりに、リディアはリンネの動きを模倣して全く同じ攻撃を返してみせた。


「すごい……、噂以上です。リディア」


 目を輝かせて、リンネは言った。

 ――何なのかしら、この子……。リディアは困惑する。


 舞うような動作で、リンネは連続して攻撃を打ち込んできた。

 いくつもの技をつないだ一連の身体動作を『套路とうろ』と呼ぶ。彼女のそれはあまりにも洗練されていて美しい。


 リンネの動きを見てから防御していたのでは間に合わない。


 ――『気』の流れを読んで、相手の行動の先を読め……!!


 一連の技の中に、リンネは発勁を織り交ぜてくる。

 ――『発勁』とは、読んで字のごとく勁を発すること。


 勁とは即ち力のことだが、単純な筋力による力ではなく、技巧によって発揮される力のことだ。そして、相手の勁の方向や強さ、質などを感知する技術を『聴勁』、相手の勁を無効化する技術を『化勁』と呼ぶ。


 リディアはリンネの動きを先読みし、勁を無効化する。相手の動きだけに神経を集中し、もはや観客席の歓声も、実況解説の声も、耳に入らなくなっていた。


 リンネは、リディアと戦うことを楽しんでいるように見えた。

 危機感や真剣さよりも、『楽しい』という感情がリディアに伝わってくる。


 ――リンネにとって、この戦いはただの娯楽ですのね……

 その気持ちは、リディアにも分かる。自分より強い相手と戦う時の、血沸き肉躍る高揚感。

 原初の闘争本能が呼び覚まされる感覚――。その悦びは、戦いの中でしか得られないものだ。


 ――でも、それだけでは駄目ですわ。


 リディアも、最初は「帝国最強の淑女になる」という目的のために戦っていた。

 もちろん、次期皇后となることでマイヤール家の格を上げ、ジョセフに恩返ししたいという気持ちはあった。だが、結局は自分が戦いたいから戦っているにすぎなかった。


 ――でも、今は違う。

 リディアには、この戦いを見せたい相手がいた。


 ――フラム。

 彼は、昨晩リディアに自分の秘密を全て話してくれた。

 リディアは約束したのだ。準決勝は、フラムのために戦うと。


 ――自分のためだけに戦っている相手に、負けるわけにはいきませんわ。

 リディアは、神経を極限まで研ぎ澄ませていった。


 ――見ていて、フラム。これが私の闘いですわ……!!


 不意に、周囲の雑音が消える。

 リンネの動きが急にスローに見え、次の動きが手に取るように分かる。――『気』の流れが目に見える。


 ――なるほど、この視界か。


 リディアは、リンネが自在に発勁を操れる理由を理解した。リンネにも、恐らく気の流れが視覚的に『見えて』いるのだ。


 どの部分が脆弱なのか、どこを打てばいいのか、『見える』。

 リディアは、リンネが放った攻撃を優しく受け止めた。


「えっ……」

 驚いて、リンネは思わず声を上げる。


「――遊びはもう終わりですわ」


 そう言って、リディアはリンネの胴体を拳で『軽く』突いた。


 次の瞬間、リンネの体は大きく吹き飛ばされた。

 恐らくはリンネですらこれまでに体験したことのない、あまりにも強力な『勁』だった。


 血を吐きながら、リンネは地面に倒れた。意識はまだあるようだが、内臓に受けたダメージのせいで起き上がることができない。

 倒れたリンネを見下ろして、リディアは言った。


「……起き上がらない方がいいですわ。次はきっと、殺してしまうから」


『き……、決まった~~!! 高度な技の応酬を制し、準決勝第一試合の勝者はリディア=マイヤール伯爵令嬢~~!!』

 張り詰めた空気に静まり返っていた観客席から、一気に拍手と歓声が沸き上がる。


『あまりにも美しい技の応酬でした。……つい解説を忘れて見入ってしまうほどでしたね』


 ――勝った。私は、勝ちましたのね……


 高揚感に包まれながら、リディアはドレスの裾を広げて優雅に一礼した。





 戦いの後、リディアはリンネが運ばれていった救護室へと赴いた。彼女が一体何者なのか、直接聞いてみようと思ったからだ。


 救護室の扉を開けると、応急処置を受けるリンネの傍らに一人の老人が立っていた。

 リディアは、その老人の顔に見覚えがあった。


「あなたは……」

「……リディア、美しくなったな。見違えたぞ」


 懐かしそうに目を細めて、老人はそう言った。――彼は、リディアが貧民街にいた頃に武術を教えてくれた師匠だった。

 世界を渡り歩いて武術を極めた男、エイゼン翁。


「――お久しぶりです、師匠。まさか、またお会いできるなんて……」

「ああ、儂もじゃよ。再びこの国に来てよかった。……弟子同士の真剣勝負をこの目で見られたのだからな」

「リンネは、あなたの弟子だったんですね」


 ――なるほど、どうりで強いわけだ。


「うむ、孫娘じゃよ。……リンネにお前の話をしたら、どうしても戦ってみたいと言い出したのでな。わざわざこの国に移住して、大枚はたいて爵位まで買ったんじゃ」

「そういうことでしたのね……」


 エイゼンが手塩にかけて育てた孫娘、リンネは若くして武術の才能を開花させていた。気が付けば、彼女と互角に戦える相手はエイゼンの門下には誰もいなくなってしまった。


 リンネは才能を持て余し、退屈していた。

 そんな時、エイゼンは何気なくリディアのことをリンネに話した。――かつて、ほんの数ヶ月の師弟関係だったが、恐ろしいほど才能に溢れた少女がいた……と。


「……あの時、お前をこの国に置いていってしまったことを儂はずっと後悔していたんじゃ。だが、こうして強く育ったお前を見て安心した。……決勝戦、頑張るんじゃぞ」

「ありがとうございます、師匠。――見ていて下さい。私、絶対に優勝してみせますわ」


 決然と、リディアは言った。

 ――決着をつけてみせる。この大会にも、……そして、大会の外側で動いているもう一つの戦いにも。

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