第21話 秘境!!密林の奥地に幻の巨大生物を見た!!

 人里離れた山の奥に深く深く分け入っていくと、徐々に緑の匂いが濃くなっていく。

 濡れた土のにおい。植物のにおい。そして、獣のにおい――


 野生の狼が茂みの影に息を潜めている。リディアはその気配に気づいていた。

 狼が茂みから飛び出してくると同時に、リディアは拳を振るった。


「――ハアァァッッ!!」


 狼の牙がリディアに届くよりも、彼女の右ストレートが狼の鼻面を叩き潰す方が速かった。

 ギャンッ!! と短い鳴き声を上げて、狼の体は地面に叩きつけられる。狼が起き上がってくる前に肘打ちで頭蓋骨を叩き割り、確実にとどめを刺した。


「……今晩の夕食ゲットですわ」


 リディアが山にこもってから、すでに三日が経とうとしていた。

 野生に近い環境に身を置き、自然の中で神経を研ぎ澄ませて、彼女なりに何かを掴もうと試行錯誤していた。――もう少しで、何かが掴めそうな気がする。戦いの本能、野生の勘……そういった何かが。


 その山はマイヤール家の私有地ではあるものの、管理に手が回っていないためほぼ野生のまま放置されており、山奥には何が潜んでいるか分からない。

 ふもとの住民の噂によると、『山の主』と呼ばれる魔物が生息しているとか。

 噂の真偽は分からないが、リディアは引き寄せられるように山の奥深くへと分け入っていった。




 どれくらい歩いただろうか。

 周囲は徐々に暗くなりはじめていた。――そろそろ今日の寝床を探そうかしら。そんなことを考えていた時だった。


 突然、狼の遠吠えが聞こえた。

 一つの遠吠えに呼応するように、異なる方向から複数の遠吠えが聞こえてくる。


 ――まずいですわね。


 リディアは身構えた。一匹ならともかく、狼の群れに襲われるのはさすがのリディアでも命が危ない。

 そうこうしている間に茂みの中からガサガサと複数の足音が聞こえ、狼達が飛び出してきた。


「…………!!」


 しかし、狼達はリディアのことを無視して一目散にどこかへ向かって走り去っていく。


「え……?」

 何事かと思ったが、すぐにリディアは理解した。


 狼たちは『何か』から逃げていたのだ。――自分達より圧倒的に強い存在から。

 リディアは背筋に冷たいものを感じた。


 地面を揺らし、『何か』の足音が近づいて来る。

 森の木々をなぎ倒し、それは姿を現した。


 ――大きい。


 体長五メートルはあるだろうか。岩のような硬質の鱗に覆われた体。鋭い牙の並ぶ大きな口。鋭い爪の生えた前足。


 翼は退化しているが、それは紛れもなくドラゴンだった。

 近代化に伴ってほとんどの竜族は駆逐されてしまったが、時折こうして山奥で生き残っていることがある。


 ――こいつが『山の主』の正体か。


 リディアは身構えた。ドラゴンの瞳はすでにリディアを捉えている。今から逃げようとしても、背後からその鋭い爪で引き裂かれてしまうだろう。


 威嚇するように、ドラゴンが吠えた。

 同時に、その巨体に見合わぬスピードで突進してくる。


 ――怯んでは駄目。精神的に負ければ、その瞬間に殺される。


 リディアは自分を奮い立たせ、ドラゴンの突進を避けて側面に回り込んだ。そして、ドラゴンの脇腹を狙って右ストレートを叩きこむ。

 比較的柔らかそうな部位を狙ったつもりだったが、しかし、ドラゴンの皮膚は想像以上にぶ厚かった。


「くっ……!!」

 ドラゴンは微動だにしていない。逆に、パンチを打ったリディアの腕が痺れた。


 幸いなことに、図体の大きいドラゴンの攻撃を避けるのはそれほど難しくなかった。

 攻撃を避けながら、リディアはドラゴンの巨体に何度か拳を叩きこんだ。――だが、何度殴ろうと結果は同じだった。


 ――普通の打撃技など通用しない……か。


 ドラゴンが振り下ろした鉤爪を余裕で避けたリディアだったが、次の瞬間、目の前に丸太のようなドラゴンの尻尾が迫っていた。


 ――しまった……!!


 ドラゴンが振り回した尻尾がリディアの体に直撃し、彼女の体は大きく吹き飛ばされる。


「ぐはっ……!!」


 まるで、車にでもはねられたかのような衝撃だった。

 咄嗟に受け身を取ってダメージを分散させるが、それでも激痛のあまり動きが止まる。


 ――駄目ですわ。このままでは勝てない……!!

 リディアは意識を集中させた。かつての師匠の言葉を思い出す。


 ――『気』の流れを読め。

 気を読むとは即ち、呼吸や重心、筋肉の動きといった諸々の情報を読むことである。

 最も効果的な場所を効果的なタイミングで打つことができれば、相手が人間だろうとドラゴンだろうと関係ない。

 それこそが、『発勁』の極意――


 ドラゴンが再びリディアに向かって突進してきた。

 リディアは、敢えて避けずに迎え撃つ。


 ドラゴンが大きな顎を広げて迫ってきた瞬間、リディアは体を屈めてドラゴンの顎の下に潜り込む。そして、無防備な喉元を目がけて渾身の右ストレートを叩きこんだ。

 リディアの右ストレートの速度に、ドラゴンの突進のスピードが掛け合わされ、衝撃が一点に集約される。拳がドラゴンの喉にめり込み、衝撃が内部に伝播して頸椎を叩き折ったのが感覚で分かった。


 ドラゴンの巨体が、ぐらりと傾いだ。


「ふふ……、掴みましたわ……。これが『発勁』……!!」

 唇を歪めて、リディアは凶悪な笑みを浮かべる。地響きを立てて、ドラゴンの体が地面に倒れた。


「待っていなさい、リンネ=シュバルツ……!! 準決勝でボコボコにしてやりますわ……!!」

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