第16話 秘境!!密林の奥地に幻の巨大生物を見た!!

 人里離れた山の奥に深く深く分け入っていくと、徐々に緑の匂いが濃くなっていく。

 濡れた土のにおい。直物のにおい。そして、獣のにおい——


 息をひそめた野生の狼が茂みから飛び出してくる前に、リディアはその気配に気づいていた。

 狼が飛び掛かって来ると同時に、リディアは拳を振るう。


「————ハッ!!」

 狼の牙がリディアに届くよりも、彼女の右ストレートが狼の鼻面を叩き潰す方が速かった。

 ギャンッ!!と短い鳴き声を上げて狼の体は地面に叩きつけられる。狼が起き上がってくる前に肘打ちで頭蓋骨を叩き割り、とどめを刺した。


 茂みの中で息を潜めていた仲間の狼たちは、その様子を見て恐れをなして逃げ去っていった。

 野生の獣は判断が早い。自分より強い相手には決して襲い掛かってこない。

「……今晩の夕食ゲットですわ」


 リディアが山にこもってから、すでに三日が経とうとしていた。

 野生に近い環境に身を置き、自然の中で神経を研ぎ澄ませて、彼女なりに何かを掴もうと試行錯誤していた。——もう少しで、何かが掴めそうな気がする。戦いの本能、野生の勘……そういった何かが。


 その山はマイヤール伯爵の私有地ではあるものの、ほとんど管理はされておらず山奥には何が潜んでいるか分からない。

 ふもとの住民の噂によると、「山の主」と呼ばれる魔物が生息しているとか。

 噂の真偽は分からないが、リディアは引き寄せられるように山の奥深くへと分け入っていった。




 どれくらい歩いただろうか。

 周囲は徐々に暗くなりはじめていた。——そろそろ今日の寝床を探そうかしら。そんなことを考えていた、その時だった。


 突然、狼の遠吠えが聞こえた。

 一つの遠吠えに呼応するように、異なる方向から複数の遠吠えが聞こえてくる。


 ——まずいですわね。

 リディアは身構えた。数匹程度ならともかく、狼の群れに襲われるのはさすがのリディアでも命が危ない。

 そうこうしている間に茂みの中からガサガサと複数の足音が聞こえ、狼たちが飛び出してきた。

「…………!!」

 しかし、狼たちはリディアのことを無視して一目散にどこかへ向かって走り去っていく。


「え……?」

 何事かと思ったが、すぐにリディアは理解した。

 狼たちは「何か」から逃げていたのだ。——自分たちより圧倒的に強い存在から。


 リディアは背筋に冷たいものを感じた。

 地面を揺らし、「何か」の足音が近づいて来る。


 森の木々をなぎ倒し、それは姿を現した。

 ——大きい。尻尾も含めた全長は8mはあるだろうか。岩のような硬質の鱗に覆われた体。鋭い牙の並ぶ大きな口。鋭い爪の生えた前足。

 翼はほとんど退化しているが、それは紛れもなくドラゴンだった。近代化に伴ってほとんどの魔物は駆逐されてしまったが、時折こうして山奥で生き残っていることがある。


 ——こいつが「山の主」の正体か。

 リディアは身構えた。ドラゴンの瞳はすでにリディアを捉えている。今から逃げようとしても、背後からその鋭い爪で引き裂かれてしまうだろう。


 威嚇するように、ドラゴンが吠えた。

 そして、その巨体に見合わぬ速度で突進してくる。


 リディアは怯むことなくドラゴンの突進を避けて側面に回り込む。そして、ドラゴンの脇腹を狙って右ストレートを叩きこんだ。

 比較的柔らかそうな部位を狙ったつもりだったが、しかしドラゴンの皮膚は想像以上に厚かった。

「くっ……!!」

 ドラゴンは微動だにしていない。逆に、パンチを打ったこちらの腕が痺れた。


 幸い、図体の大きいドラゴンの攻撃を避けるのは難しくない。

 攻撃を避けつつ、リディアは何度か拳を叩きこんだ。だが、何度殴ろうと結果は同じだった。

 ——普通の打撃技など通用しない……か。


 ドラゴンの前足を余裕で避けたリディアだったが、次の瞬間、目の前に丸太のようなドラゴンの尻尾が迫っていた。

 ——しまった……!!


 ドラゴンの尻尾がリディアの体に直撃し、彼女の体は大きく吹き飛ばされる。

「ぐはっ……!!」

 まるで、車にでもはねられたかのような衝撃だった。

 咄嗟に受け身を取って、リディアは何とか立ち上がる。


 ——無暗に殴っても勝てない。

 リディアは意識を集中させる。——気の流れを読め。それは即ち呼吸や重心、筋肉の動きを読むこと。


 気の流れを読み、最も効果的な場所を効果的なタイミングで打つことができれば、相手が人間だろうとドラゴンだろうと関係ない。

 それこそが、「発勁はっけい」の極意——


 ドラゴンが再びリディアに向かって突進してきた。

 リディアは、敢えて避けずに迎え撃つ。


 ドラゴンが大きな顎を広げて迫ってきた瞬間、リディアは体を屈めてドラゴンの顎の下に潜り込む。そして、その喉元を目がけて全力で右ストレートを叩きこんだ。

 拳がドラゴンの喉にめり込み、衝撃は内部に伝播して頸椎けいついを叩き折る。


 口から血と胃液を吐きながら、ドラゴンの巨体がぐらりと傾いだ。

「ふふ……、掴みましたわ……。これが『発勁』……!!」


 唇を歪めて、リディアは凶悪な笑みを浮かべる。地響きを立てて、ドラゴンの体が地面に倒れた。

「待っていなさい、リンネ=シュバルツ……。準決勝でボコボコにしてやりますわ……!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る