第13話


「そんなに落ち込むなよ。藍。ほら顔をあげろって」

 金華宮を出た清霞は、必死に藍の背中を叩く。

「だって……結局、何も言えなかった」

 藍は拳を握り締めた。悔しかった。目の前で、同じ境遇に陥っている人がいたのに、藍はあまりにも無力で、彼女にのしかかる重圧の一つすら取り除いてあげることすらできないのだ。

「それにしても、顔の装飾を取るなんて思わなかった。見られたくなかったんじゃないの?  それ」

「自分でもびっくりだよ。だけど、説得するなら、俺も見せなきゃなって思った。自分でも本当にこんなことするようになるなんて思わなかったけど」

 藍は自分の変化に気が付いていた。今までは人を寄せ付けないように殻の中に閉じこもっていたのに、こうしてサングラスを外すまで至った。

 この世界に来るまで自分事でしかなかった苦しみが、他人事でもあると藍は気づき始めていた。色彩に重きを置く世界で、藍と同じような苦しみを抱える人があまりにも多い。

「ていうか皇帝も皇帝だ。なんで人が動かなくなっていうような無茶な色入れを、何とも思わないんだ」

 そこまで言ってから、あ、と気づいて清霞を見た。

「ごめん。清霞のお父さんだったよな……」

 藍はさらに落ち込んで、俯いた。

 ――ああ、ほんと。自分が嫌になる。

 どんどんと螺旋階段を転がり落ちていくみたいに自分を責める藍に、清霞は苦笑した。

「いいよ。別に。本当のことだし……金華宮に行ったなら、僕と燈夏のこと、もう聞いたんじゃないの?」

 藍は固まった。清霞はさらに吹き出して笑った。

「藍って、わかりやすいよねぇ。顔はすごく素気なさそうなのに」

「揶揄うなよ……」

「ごめんごめん。怒らないでよ。ちょっとカマかけたんだけど、まさか本当に聞いてたなんてね。まぁ、でもそうか。後宮に来るなら、時間の問題かなとも思ってたんだよ。廃位しても、なんだかんだ、あいつは目立つ存在になっちゃったし」

 感慨深げに漏らした清霞の横顔は、昔をひどく懐かしみ、友人を思いやる優しげなものだった。

「燈夏とは、兄弟なの?」

「僕はあんまりその意識はないかな。どちらかと言えば、年の近い友人だと僕は思ってる。向こうはどうか知らないけど」

「燈夏は清霞のことを大事に思ってるよ」

 そうかな、と清霞は照れくさそうに耳飾りをいじった。記憶を掘り起こすように築地塀を見上げる。

「よく一緒に遊んでいたんだ。お互い、親のことで愚痴を言い合ったり、情報交換をしたり、いろんなことを話した。僕もあいつもまだ、ここでの生き方を身に着けてなくて。必死に戦った……結局、燈夏は追い出されてしまったけど」

「燈夏のお母さんが亡くなったって……」

 それが全ての始まりだった。

「そうだよ。だけど、これ以上は僕の口からは憚られる。あいつに聞きな。藍が聞けばきっと教えてくれるよ」

「……どうだろう。あいつ、相当触れられたくないようだったけど」

 安心させるように、清霞は藍の頭を撫でた。

「大丈夫。保証するよ」


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