第3話

そのうち、祠を壊した話も下火になっていき、以前の生活に戻る。

今までと違うのは佐々木に彼女ができたというのくらいだろう。


その日は佐々木の彼女が用事があるとかで帰ってしまい、暇を持て余した彼にファストフード店へ連れていかれてだべっていた。


「あーあ。

注目されたのなんて、一瞬だったな」


残念そうに言い、鈴木がポテトを摘まむ。

ここ数日の話題は、隣のクラスの男子生徒が近くの神社の鳥居に登ったというものだった。


「そうだな。

もっと派手になんかやらないとダメだな」


「そうだな。

なにやる?」


相談している彼らの話を今日も、僕は曖昧な笑顔を貼り付けて聞く。

もともと半分壊れているような祠だったからか、それとも学校側はさほど気にしていないのか、お咎めはなかった。

そのせいもあってか、彼らは気が大きくなっているようだった。

回転寿司で流れている寿司を、直接摘まんで食べるなんて言っている。

このまま寿司屋へなどと言われたらどうしようと内心、ヒヤヒヤしていた。


「なあ」


そのうち話に飽きたのか、佐々木が投げやりに椅子へ背を預ける。

しかしその声はどこか、こちらをうかがっているようでもあった。


「変な夢……」


彼がそこまで言ったところで、鈴木ががたりと音を立てて椅子から半ば立ち上がる。


「オマエもか」


椅子に座り直した鈴木の顔を見て、佐々木は神妙に頷いた。


「妙に頭が長い、目が六つだか八つだかあるヤツが、なんか聞いてくるよな」


「そう、それ」


鈴木が同意して佐々木を指す。


「西木は?」


「実は……僕も」


聞かれて、僕も頷いた。

まさか、三人とも同じ夢を見ているとは思わない。

……いや。

うすうすはそうじゃないかと思っていた。


「まさか、祠の呪いとか?」


「そんなわけ、あるはずないだろ」


笑いながらもふたりとも、声がうわずっている。


「いい加減鬱陶しいし、どうやったらあの夢、見なくなるんだろうな」


「あの問いに答えるとか?」


「なんだっけ?

『地をさすは矛、天をさすは指。

では人をさすのは?』……だっけ?」


ふたりが考え込んでいるので、僕も考える。

実際のところここ数日、ずっと考えているが、答えは出ていない。


「わかんねー」


携帯で少しだけ調べてすぐに、ふたりは考えるのを放棄した。


「なんで勝手に人の夢に出てきてるヤツに、答えてやらなきゃいけないんだよ」


「今日も出てきたら、知るか出ていけ!って怒鳴ってやるわ」


豪快に佐々木が笑い飛ばす。

しかし僕には、不安しかなかった。


眠ると今日も、同じ夢を見た。


「地をさすは矛。

天をさすは指。

では人をさすのは」


とうとう縄が全部切れ、異形が足を踏み出す大きな音がダン!と響いた。


「地をさすは矛。

天をさすは指。

では人をさすのは」


身体に対して頭が大きくバランスが悪いはずなのに、異形は安定した足取りで僕に迫ってくる。


「……知らない」


ソレから距離を取ろうと、無意識に足が後ろへと下がる。


「知らない、知らない!」


ある程度、距離ができたところで踵を返し、後ろも振り返らずに転がるように逃げ出した。


「地をさすは……」


そんな僕を異形の声がずっと追ってきていた。




翌朝、佐々木は登校してきていなかった。


「ねえ、佐々木は?」


クラスメイトの女子と話に花を咲かせている鈴木に声をかける。


「さあ?

サボりじゃね?」


彼は興味なさそうに言い、すぐに女子との話を再開した。

隣のクラスの女子はどうしたのか聞きたいところだが、今の問題はそれじゃない。


そのうちホームルームが始まる。


「あー。

今日は残念なお知らせがある」


教師の言葉でつい、主のいない佐々木の席を見ていた。


「佐々木が昨晩、亡くなった。

通夜と葬儀はまた追って連絡する。

それから……」


……佐々木が、死んだ?


首を捻って見た鈴木の顔は、真っ青だった。

やはり僕と同じ考えなんだろうか。


まだ死因もわからないうちから佐々木は祠を壊した呪いで死んだのだという噂が、学校中を駆け巡った。

みんな遠巻きに僕たちを見てひそひそと話していて、居心地が悪い。

昼休み、僕と鈴木は逃げるように誰もいない、屋上へと向かう階段の踊り場へ逃げ込んだ。


「佐々木、殺されたって」


鈴木が携帯の画面を見せてくる。

そこには佐々木のニュースが表示されていた。

朝、起きてこない佐々木を起こしにいった母親が死体を発見したらしい。

鋭利な刃物による刺殺、現場は佐々木の部屋。

しかしマンションの部屋には鍵がかかっていたし、同居している両親も兄も争うような音は聞いていない。

マンション玄関の監視カメラにも、不審な人物の

出入りは映っていないそうだ。


「ねえ。

佐々木……」


「そんなはずないだろ!」


言い切らないうちに怒りを露わにして鈴木が立ち上がる。


「呪いとか馬鹿馬鹿しい!」


そう言いながらも鈴木は、恐怖からか震えていた。


「おー、なんか騒がしいと思ったらお前らか」


この場に似つかわしくないのんびりとした声が聞こえて視線を向けた階段の下には、忌宮先生が立っていた。


「なんでオマエが!」


鈴木が先生に苛立ちをぶつける。


「日本史準備室、そこなの」


先生が指したのは、階段を下りてすぐ脇の部屋だった。

さほど遠くない場所で大声を出していれば気づくかもしれない。


「彼、かわいそーにねー」


自然な動作でポケットから煙草を出して咥え、先生は火をつけた。

間延びしたのんびりとした声は佐々木を同情しているようにも、ましてや悼んでいるようにも聞こえない。


「まあ、君らもすぐに同じ運命を辿るんだし、淋しくないか」


ふーっと煙を吐き出し、先生はにやにやと愉しそうに笑った。


「きょ、教師がそんなこと、言っていいのかよっ!

だいたい、生徒を守るのが仕事だろうが!」


勢いよく階段を駆け下り、少し上にある忌宮先生の胸ぐらを鈴木が掴む。

その衝撃で先生の手から煙草が落ちた。


「……あ?」


先生が一音発した途端、辺りの空気が変わった。

それは鈴木も同じらしく、先生の胸ぐらを掴んだまま固まっている。

そんな鈴木の手を先生は穢らわしそうに払いのけた。


「君らの自業自得だろ。

祠だろうとなんだろうと、遊びで壊していいものじゃない。

それを壊して、ヤツの不興を買ったのは君らだ」


先生の言うとおりなだけになにも言い返せない。

じっと俯き、堅く唇を噛んだ。


「うっせー!

それでも教師が生徒を守るのは当たり前だろうがよ!」


それでも鈴木はまだ虚勢を張り、忌宮先生を突き飛ばした。


「俺はまっとうな生徒は守るが、君みたいな反省の色もないヤツとか知ったこっちゃないし生徒とも思っていない」


「そうかよっ!

オレもオマエとか、教師と思わないしな!」


吐き捨てるように言い、鈴木は足音荒く下の階へと階段を下りていった。


「鈴木……」


あとを追おうか考えていたら忌宮先生と目があう。

彼は落ちた煙草を拾い、咥えて消えていた火を再びつけた。


「いいのか」


先生の煙草を持つ手が軽く、鈴木が去っていった方向を指す。


「えっと……」


正直にいえば、迷っていた。

このまま鈴木に迎合し続け、一緒にいてもらうのが正しいんだろうか。

しかしそうしなければ僕なんてクラスカーストの最下層で、いじめの対象になりかねない。


「そう、ですね」


そろりと足を踏み出し、階段を下りる。


「まあ、君がいいならいいけどな」


興味なさそうに言い、先生は煙を吐き出した。

それでびくりと身体が固まる。

忌宮先生はいったい、なにを言いたいんだろう。


「お騒がせして、すみませんでした」


ぺこりと頭を下げ、その場を去る。

しかし心臓はどきどきと速く鼓動していた。

僕は本当に、これでいいんだろうか。

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