あーあ。それ、壊しちゃったんだ? 可哀想に。もう助からないよ、君ら。

霧内杳@めがじょ

第1話

「あーあ。

それ、壊しちゃったんだ?

可哀想に。

もう助からないよ、君ら」


出来心、子供っぽい対抗心からの行動だった。

けれどそれが、あんな結末になるなんて誰が想像しただろう?




その頃、高二の僕たちは、悪いことをするのが格好いいと思っていた。


「オレさー。

昨日、バイトしてる店でパンクッションしてやったぜ」


教室、窓際一番後ろの席で数人の男子生徒が話しているのに聞き耳を立てつつ、友人との会話を続ける。

いや、彼らも僕と同じらしく、気もそぞろになっていた。


「パンクッション?」


「廃棄になるパンをクッションにしてやったんだ。

ほら」


得意げに話題の中心にいる彼が携帯の画面を見せる。

が、ちょうど対角、教室前扉付近の席にいる僕には見えない。


「うわーっ、ワイルドだな、オマエ!」


「よくやるよ!」


それを見た他の男子生徒が可笑しそうにゲラゲラと笑う。


「どーせ捨てるんだから、これくらいやったっていいだろ」


「まーなー」


「それに、ほら」


携帯を操作し、再び彼は画面を見せた。


「めっちゃバズってる」


彼の声は得意絶頂だ。

すぐに、目の前で忌ま忌ましそうに小さな舌打ちの音がし、思わず顔を上げていた。

目のあった友人が、気まずそうに視線を逸らす。


「てか、盛大に燃えてるじゃん」


「ま、バズってるオレを妬んでるんだろ」


馬鹿にするように彼が笑い、まわりも一緒になって笑う大きな声が教室に響いた。


「……なんだよ、アイツ。

あんぐらいでこれ見よがしに自慢して」


横目で友人――佐々木ささきが、彼を憎々しげに睨む。


「それくらい、オレだってできるって。

なあ」


「……うん」


もうひとりの友人、鈴木すずきに同意を求められ、曖昧な笑顔で頷いた。

ちなみに僕の名前は西木にしきで、三人まとめてもりなんて呼ばれている。


すぐにチャイムが鳴り、授業が始まる。

鈴木はああ言っていたが僕たちには到底、あの彼のような行動はできないとわかっていた。

あちらはカーストトップの主役で、僕ら森はごく普通のモブなのだ。


昼休み、いつものように三人で昼ごはんを食べていたら、鈴木がとんでもない提案をしてきた。


「なあ。

オレらもなんか凄いことして、アイツらを見返してやんねー?」


日頃から彼らに見下されているので、鈴木の気持ちはわかる。

先ほどだってちらちらと優越感に浸った視線を送ってきていた。


「いいねー、やろう、やろう」


すぐに佐々木もそれに乗ってくる。


「西木もやるだろ?」


「えっ、あ、……うん」


適当に笑顔を貼り付け、それに追従する。

僕は三人の中でも一番気が弱く、いつも彼らに従うだけだった。

いや、従って仲間にしていてもらおうと必死だった。


「で、なにやる?」


「そーだなー……」


とはいえ、小心者の僕らにそんな大それた行動ができるはずもなく。

――放課後。


「これが例の祠か」


「ああ」


三人で校舎裏にある、半ば朽ちかけた祠を取り囲む。

敷地の片隅にあるそれは、いつからそこにあるのか誰も知らない。

ただ、壊すと呪われるという話だけがあった。


「……本当にやるのか」


佐々木がうかがうように鈴木の顔を見る。


「怖じ気づいたのか?

まさか、本気で呪われるとか思ってる?」


わざとらしくからかう鈴木の声も震えていて、強がっているのは丸わかりだ。


「そ、そんなわけないだろ!」


真っ赤になって佐々木が虚勢を張る。

そんなふたりを僕は、やはり曖昧な笑顔を貼り付けて見ていた。


「じゃあ、やるぞ」


「ああ」


ごくりと鈴木が音を立てて唾を飲み込む。


「せーのでやるからな」


「わかった」


僕も頷き、ふたりと同じように蹴りを入れる体勢を整える。


「せーの!」


鈴木の合図で、三人同時に祠へと思いっきり蹴りを入れた。

かなりぼろぼろになっていたそれは、あっけなく壊れた。


中途半端に足を上げたまま、辺りをうかがう。

しかし、なにかが起きる気配はない。


「なんだ、なにも起きないじゃないか」


「ただの噂か」


あきらかにほっとした様子で、とどめを刺すように数度、さらに佐々木と鈴木が祠を蹴った。


「あーあ」


唐突に声が聞こえてきて、ぎくりとふたりの動きが止まる。

おそるおそる振り返ると、校舎の一階の窓から知らないおじさんがけだるそうに顔を出していた。

顔を隠すようなぼさぼさの髪に黒縁眼鏡、さらに白衣を着ている。

学校にいる大人なんて基本、教師しかいないが、あんな先生はいただろうか。


「それ、壊しちゃったんだ。

可哀想に。

もう助からないよ、君ら」


けだるそうなのんびりとした声なのに、なぜか心の内が酷くざわめく。


「だ、誰だよ、おっさん!」


最初に我に返った鈴木が、おじさんに噛みついた。

しかし、虚勢を張っているのはバレバレだ。


「んー?

もしかして君ら、理系の生徒?

じゃー、知らないかー。

俺は日本史を教えてる、忌宮いみのみやだけど?」


緩くへらへらと笑い、おじさん――忌宮先生はどこからか煙草を取り出した。


「なんで日本史の先生が白衣なんて着てるんだよ!」


佐々木の疑問はもっともで、僕もうんうんと頷いていた。


「服が汚れないようにに決まってるだろ。

白衣って防汚服だからな」


なに当たり前のこと聞いてるんだ?と不思議そうな感じで先生は言っているが、そもそも日本史教師で服が汚れる事態なんてそんなに頻繁にあるんだろうか。


「知るか、そんなの!

というか、学校の建物?を壊したからって、オレたちを怒るのか?」


鈴木がさらに先生のほうへと一歩、踏み出す。

彼は不本意そうだが、状況的に叱られても仕方ない。


「んー、俺はどーでもいいけどよー」


自然な動作で煙草を咥え、先生は火をつけた。


「お、おい!

いくら教師とはいえ、こんなところで煙草を吸っていいのか!

NyanTokに晒してやる!」


弱みを握ったとばかりに佐々木と鈴木は携帯をかまえ、忌宮先生を動画で撮影しはじめた。


「あー、最近の子はNyanTok好きだよねー」


教師生命も危ぶまれる危機的状況だというのに、先生はゆるゆる笑っていて理解できない。


「まあさ、ちぃーっとおまけしてやるから、勘弁してよ」


ちょいちょいと先生が手招きをし、ついそちらに寄っていた。

他のふたりも同じだったらしく、仲良く三人、忌宮先生の前に立つ。

僕ら三人を満足げに見渡し、先生は煙を深く吸い込んだ。

――次の瞬間。


「なにするんだ!」


「くっせー!」


「ごほっ、ごほっ」


先生から思いっきり、煙を噴きかけられていた。


「まー、あとは君らで頑張って。

無駄だとは思うけど」


戸惑う僕らを無視し、先生は携帯灰皿で煙草を消してひらひらと手を振りながら去っていった。


「なんだよ、アイツ」


先生が去っていった方向を佐々木が振り返る。


「今の動画、あげてやろーぜ」


「そうだな」


鈴木と佐々木は速攻で携帯を操作しはじめた。


「あ……」


それを止めかけて、躊躇した。

喫煙場所ではないところで煙草を吸っていたからといって、僕としてはそんな晒すようなことまでしなくていいと思う。

……煙を吐きかけられたのは嫌だったけれど。

しかし彼らを止めれば僕が責められる。

仲間はずれにされるかもしれない。

そう考えると怖くてできなかった。


祠を壊していい気になっていたところへ水を差され、帰り道で佐々木と鈴木はブチブチ文句を言っている。

僕もそのあとを追従する返事をしながら歩いた。

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