3話 いわゆる異世界ってやつ?

 逆さまの姿勢で落ちているので、周囲の景色はいつもとは真逆の視点で見える。

 俺の取った咄嗟の行動に驚いたのか、ロシア兵全員が目を丸くして崖上から眺めているのがはっきりと目視できた。

 底面がかなり近くなってきたが、時間の流れがとても遅く感じる。これが、死というものか。人生は一度きりだ。この僅かな最後の時間を、楽しんでやろう。

 地面との距離が急激に縮んだ瞬間、時間の流れが元に戻り、俺の頭は容赦なく痛々しい音を立てて固い地面へ叩き割られた。

 真っ暗な視界。

 無音で、指先に触れる何かしらの感覚もない。

 死の世界とは、こういうものなのか。

 意外と恐怖は湧き出て来ないが、永遠にこの世界に封じられるのなら、非常に退屈で、窮屈だ。流石にそれはないと思うが。

 多分、天国か地獄……俺だったら地獄が待ち受けているだろう。

 闇にさらなる闇が重なった。

 確実に、死へ導かれていっている。

 向こうの世界は、どんな感じなのかな。望むと、奇天烈な所がいいな。地獄でも天国でもそっちの方が暇を潰せそうだ。


 ◇


 暗闇の寂しい世界に、一筋の光が差し込む。

 その光源はどんどん拡大していき、最終的にはどこかの風景が視界に映し出されていた。

 視界に浮かぶ景色は、葉と元気に輝く太陽。どうやら寝転がっているようだ。


 「ん……俺、生きてんのか」


 汗だらけの肉体に不快感を覚えつつ、意識が曖昧なまま体を起こし、周囲を見渡す。

 辺り一面、森。

 もしかしてここが地獄なのかと思ったが、自身を裁く閻魔様はどこにも居ない。しかし、かといって天使も見当たらないので、天国でもなさそうだ。

 では、何とか生還したと考えたが――――


 「ない、ない……!?」


 本来なら背中に聳えている筈の崖が、どこにもなかった。仮にこれが現実だと仮定するならば、絶対に飛び降りた崖が存在するのだ。

 左腕に微かな違和感を覚える。あれだけの高さの崖から落下したし、やはり負傷しているのだろう。

 手首元のボタンを解き、裾を捲り上げる。

 戦闘で負った傷だらけの皮膚の中に、青い星形の傷がこちらを睨み付けるかのように刻まれていた。


 「何だこれ、気持ち悪いな……」


 この傷跡を見て、実は自決に失敗してロシア兵に捕えられどこかで拷問を受けた後ここへ放置されたのではないかと考えたが、乱雑なロシア兵がこんな綺麗な形の傷を作れる訳がない。それにこの傷は人為的に付けられたものではなく、湿疹みたいに自然と発生したもののように思える。撫でてみるが痛覚は一切ない。

 傷が不気味だと思ってしまうが、それは一旦忘れて仲間との通信を試みる事にした。

 プレートキャリアに身に着けたトランシーバーを取り出し、特定の番号を打ち込んだ。


 「無理か……」


 簡素な造りのスピーカーは耳障りなノイズを発しており、肝心の仲間は誰一人として応答しなかった。

 連絡が不可能と判明した以上、体力がある内にこの一帯を探索しよう。案外近くに仲間が居るかもしれない。

 探索を決心すると立ち上がり、装備の簡単な点検を行った。

 高所から真っ逆さまに落ちていったので武器の1つや2つぐらいは紛失しているだろうなと思っていたが、メインウエポンのHk416も護身用のガバメントも手元にあった。しかも元々の見た目よりも綺麗になっている。もちろん、プレートキャリアに突っ込んでいるマガジンやライトもしっかりそのままだ。


 「不思議だな」


 独り言を漏らしながら、銃の安全装置を解除し、いつでも撃発できるようにいじると、警戒心を最大限に高めて探索を開始した。

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