古代装置のカラクリ

「グルル……」


 ゴーレムの口元から粘り気の強い唾液が垂れて、大きく広げられた鼻の穴から煙のように息が出ている。


 プリムは抵抗しない。あれだけ戦闘の得意な姫が、迫る運命を受け入れるかのように壁際で項垂うなだれている。


 幸い、魔物はこちらを向いている。狙いが僕らなら仕留めるのは楽勝だ。


 手を構えて念を込める。図体が大きいだけで、戦闘に苦戦しそうな気はしない。一瞬で魔物の息の根を止めるために、魔物の弱点と思わしき身体の結合部に狙いを定める。


 今だ。


 ⋯⋯?


「嘘でしょ⋯⋯」


 スキルが、効かない。


「おい、イヅル、どういうことだよ」

「わかんない、なんで」

「魔物が⋯⋯ソフィーちゃんのところに⋯⋯」


 想定しない出来事に僕は唖然あぜんとする。動かない僕を尻目にロムスは戦ってくれるけど、一切の攻撃が通じない。クロアは見開いた目でソフィーを見つめ続けて、足がすくんだナギは動けない。


「もう、終わりじゃな。何もかも」


 少女とは思えない絶望の眼差しをして、プリムは呟いた。


 ゴーレムの手が、ソフィーにかざされる。


     ◆


 その瞬間に起こった出来事はすべてが僕の想像を超えていて、かつ超常的であった。チートスキルが効かなかったことなんて、どうでもよくなるくらいに。


 ゴーレムがかざした手からは光が溢れてくる。ロムスは必死に攻撃を続けていて、クロアが悲鳴をあげる。プリムはうなだれて動かない。


 そうして目も開けていられないほどにまばゆい輝きがした後、眼前の光景に僕は目を疑った。


「うそ⋯⋯」


 ソフィーが立ち上がっている。


「上手くいった⋯⋯すべて作戦通りだ。ふひひ、あはっ」


 変わった笑いで嬉しそうに広角をあげる彼女は、いつもの見慣れた元気なソフィーだった。


     ◆


 アカダモアの地下にある機械は稼働し始め、街は最低限のインフラを取り戻した。相変わらず都市の人間に活力は感じられないけれど、プリムはどこか満足げな顔をしている。


「ウイルスインジェクションなるスキルを獲得したことを覚えているか」


 まだ状況の理解が一切追いついていない僕らを尻目に、プリムより満足したような表情のソフィーは語り始めた。


「あの時、手当たり次第に魔物へウイルスを仕込んでおいた。将来的に遠隔操作可能にするように、な。当時はまだ好奇心だけでウイルスをばら撒いていたのだが、どうも今回の仕事に活かせそうだとふと閃いた」


 遠い目をしたソフィーは詳細を語りはじめる。彼女が言うには、アカダモアの地下装置を稼働していないのは、機械の疲弊ではなく、機械が稼働するのに十分な仕事が与えられていないからだと語った。すなわち、崩壊したこの都市では、古代装置がインフラとして稼働する必要がなく、ゆえに魔力が作動しないという。


「その状況を解明するために、私は都市にとって危機敵状況を産み出す必要があった」


 要件を満たすために、ソフィーは機械の原因解明がてら、自らの命を削るほどに研究に注力した、と嬉しそうにいう。なにが嬉しいのか僕には理解し得ないが、彼女が嬉しそうなら何でもよい。


「救世主として現れた私が命尽きては、この都市はさらに破滅の一方だろう。古代装置は姫プリムの絶望を感知して、無理に稼働し始めるに違いない。––––ただ、万が一で全くの作動がしなければ困る。そこで念の為、都市へさらなる危機を与えるために私はかつてウイルスインジェクションした中でも最も凶悪そうな魔物をここへ召喚することにした」

「ちょっと待ってよソフィー。君の言いたいことは、大体分かったけどさ」


 僕は浮かんだ疑問を投げかける。


「にしても、あの魔物は凶悪すぎない? ⋯⋯僕のスキルが、全く効かなかったんだけど」

「ああ、それはな」


 ソフィーはロムスの方を見やる。俺? とロムスは自らを指した。


「スキル強化をお願いしただろ、君に」

「⋯⋯ああ! そういえばそうだったな。お前のことが心配すぎて忘れてたぜ」

「そのスキルで、イヅル対策をした。貴様から得たいくつかの検体や普段の振る舞いから推測して、貴様の攻撃が効かないようにした」

「チートってそんな簡単に対策されちゃうの⋯⋯」

「私の学には及ばん」

「はい、すみません。⋯⋯てか検体ってなに」

「秘密だ。夜にこっそり採取した」

「???」

「イヅル、変な妄想したらぶっ飛ばすよ」


 クロアが怒ったのでそれ以上の言及は辞めた。


「まあともかく、私の推測通り以上で都市に絶望的な状況を再現する舞台装置は揃った訳だ。実際、私の絶命とゴーレムの襲来、プリムの失望によって古代装置はかつての力を取り戻した」

「あっ、そうだ」


 僕は浮かんでいたもう1つの疑問を投げかける。


「その⋯⋯絶命ってどういうこと? いくら魔力の籠もったオーパーツとはいえ、失った命を取り戻すなんて⋯⋯」

「可能じゃ。この装置なら」


 ずっと黙っていたプリムが口を開く。


「––––説明してやれ、ナギ」

「はい。冒険者のみなさま、説明と言っても超常なので簡単なものですが⋯⋯、プリム様の先代のさらにその先々代の頃でしょうか。まだこの都市が科学文明を極め発展して居た頃、転生する前の魔王軍によって急襲されるという悲劇が起きたのです。襲撃により当時の国王は絶命⋯⋯したはずが、地下装置が轟音を立てて稼働し始め、国王の命を回復させたという逸話があります。以降、この古代装置は、蘇生機能を有する超機能装置として語り継がれることになりました。––––もちろん、それが事実かはわかりませんし、あくまで伝承ではありますが」

「そんな話が⋯⋯」


 では、知らないところでソフィーはこの言い伝えを聞き、実践することを試みたというのだろうか。


「しかし驚きました。ソフィー様がその伝承を知っていたなんて」


 ナギは目を丸くしていう。どうやらソフィーは初めからこの話を知っていたらしい。


「プリム様がお伝えしたのでしょうか」

「わらわは教えとらん。––––あのな、いくら都市を救うためといえど、自ら死を選ぶ道を歩まれては困る。伝承を鵜呑みして、ソフィーが実践したらどうするのじゃ」


 実際には行動に移してしまっているけど⋯⋯。それはさておき、どうも2人がソフィーに教えた訳ではないらしい。


「貴様ら、きちんと話を聞いていなかったのか」


 ソフィーは口から煙を吐く。懐かしい香りがした。


「サートゥル王子が語っていただろう。あの長い語りの中で。私は、彼の純粋さに賭けてこの作戦を実行したのだよ」


 ⋯⋯ソフィー、真面目にあの話聞いてたんだ。

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