崩壊都市アカダモア


 ––––崩壊都市アカダモア––––


「なにこれ……」


 都市の様子は極めて悲惨ひさんだった。見えている範囲で路上の人々はみな、歩いているのではなく家がなくて居場所を確保しているように見える。都市には悪臭がただよい、王国をうたっている割に城は見えない。


「姫様、おかえりになりましたか。ああ、今日も姫様はたいそう可愛らしい」

「すまなかったの、ナギ。この冒険者どもの体重が重いから、満足に馬車が進まなかった」

「クロアはアイドルなんですけど〜!?」


 着物に身を包んだ、ナギと呼ばれる女性が馬車馬を引く。プリムがついてこいというので僕らは黙ってついていくことにした。スラム街のような雰囲気の中で上品に歩く様はとてもミスマッチだ。煙を蒸しているソフィーの方がよほど似合う。


「姫様がいない間に、1人の冒険者が姫様に会いに来ました。不在だと告げると悲しそうな顔をしてすぐに出ていきましたが……胸の大きな女でした」

「どうでもよい。無視しておけ」

「それが、本人のいうところによると、彼女は勇者らしいのですが」

「勇者? わらわは魔王などと言っている場合ではないぞ。この最悪な王国をなんとかするのが先じゃ」

左様さよう。……ところで、彼らは王国を救えそうで?」

「1人面白いやつがおる。そいつに発明を任せたいと思う」

「えっと、プリム様……でいいのかな。ちょっといい?」

「なんじゃ。冒険者」

「一応僕ら、人助けってことでついてきたけど、具体的には何をさせられるのでしょう。ソフィーはうちの大切なパーティメンバーだから、ずっと貸しておく訳にはいかないんだけど」

「いつ彼女を返すかは、仕事の進捗しんちょく次第じゃ」

「めんどくさそうなことになったぜ。いくら姫様といえど、あんまりワガママ酷いと俺ら魔王倒しに行くからな」

「笑わせるのう、冒険者。貴様は旅芸人だったか? 仮に抜け出そうとするならば、わらわは武力を行使するまでじゃ。この王国に入ったからにはわらわがルール、そんなことも分からんか?」

「くそっ」

「そもそもなんでクロアたちお手伝いしてるんだっけ?」

「分からん」

「覚えてないぜ」

「だよね〜」


 いや言い出しっぺはお前ら3人だぞ!? 


     ◆


「これを直してほしいのじゃ」


 プリムとナギに連れられてきた地下では、大量の歯車からなる機械が空間中に広がっていた。ただしそのどれもが動いてなくて、さながら古代文明のような偉大さと古臭さを感じる。


「なにこれは?」

「この王国のインフラを支配していた基盤システムじゃ。いままでは城の研究者やスキルに優れた若者がここの整備をしてくれておったのじゃがな。先代は観光業に力を入れすぎて、基礎をやる優秀な人間をないがしろにしたばっかりに誰も整備しなくなった。気づけば王国は今の有様じゃ」

「冒険者様に補足しますと、先代の王と王女は、好きでやってるならお金はいらないだろうという価値観の持ち主でした。代わりに、誰もやろうとしなかった接客業などにお金を出すことで、賃金と人気で労働意欲のバランス維持を図ったのです」

「ただのやりがい搾取さくしゅじゃねえか!」

「クロアはタダでもアイドルやるみゃ」

「それで、私がこれを直せばいいのか? まず原理から分かっていないが」

「ソフィーならできるじゃろ。その面白いことをするために与えられた優秀な頭を使え」

「……そうだな、健闘できるようにしよう」

「健闘じゃダメなのだ。絶対に直してもらわないと」

「ちょっと、お姫様ずっと言い方が偉そうじゃないかみゃ? 王家なのに礼儀のひとつも知らないの〜」

「おいおいクロア。お前も大人なんだからちょっと甘めに見てやれ」

「ロムスに偉そうなだけだったら無視するけどさあ」

「はあ!? 俺でも擁護ようごしろよ!」

「姫様のご無礼をどうかお許しください。姫様はただ真剣に国を元に戻すことを考えているだけなのです。……冒険者様、どうか……」


 ナギは声を震わせながら、綺麗な着物のまま汚れた地下の床に膝をつける。そうして、無駄ひとつない動きで頭を下げて、僕らに土下座した。


「あの、ナギさん、そこまでしなくても」

「貴様らがいつまで経っても動かんからじゃ。ナギが頭を下げざるを得なくなった」

「わかった。全力を尽くして、早いうちに直す」


 プリムは、土下座するナギに一切見向きしなかった。


     ◆


 ソフィーはまず申請書とやらを書く必要があると言った。本来なら国の人間が書いているのものだがもうプリムの周りにはナギしか関係者がいない。なのでソフィーが自力で体裁ていさいの整った文章を書かなければならない。「わらわはこう見えても他国との繋がりをまだ諦めておらん。……誰も助けてくれんがな。この世界では新しいプロジェクトを始めるのにその概要を説明した書類を国に提出するのが一般的じゃ。ソフィーも同様に、正しい体裁で書いてくれぬか? いつかこの国が復活したときは、慣習にのっとった上で動いていたということを他国に示さねばならぬからな」。プリムはそんなことを言っていた。


 ––––酒場––––


「ソフィーちゃん何頼む?」

「白サングリアロック」

「りょーかい! ––––生4つで!」

「にしても……」


 ソフィーはメニューを一切みず、いつもみたいにタバコを加えて書類とにらめっこしていた。


「私はこういうのを書くのが本当に苦手だ。書き終えてからも姫の校閲が入るだろうし、そういった形式的なやり取りが続くのは辛い。それよりは早くシステムの謎を解明したいものだが」

「俺らが書いちゃダメなのか?」

「どうなんだろうな」

「ソフィーちゃんなら賢いからすぐ書ける! クロア信じてるもん!」

「ありがとう、クロア」

「基盤直すためにはずっと地下とか城にいなきゃなんないのかな? というかこの王国、お城なくない?」

「私はずっとプリムの近くで研究をするつもりだ。どうやらお城はだいぶ前に崩壊していて、プリムとナギは小さな小屋で寝ているらしい」

「そんなところで研究……。劣悪な環境だね……」

「私は楽しいことができればどこでもいい」

「ソフィーはそうかもしれねえけど多くの人間は違うからな。ソフィーみたいな希少な人間が多数だと勘違いした結果がこの王国の今だろ」

「ソフィーちゃんたまには宿屋にも帰ってきてね」

「調べ物は極力落ち着く宿屋でやりたいと思う」

「あんまり遅くなりすぎるとダメだよ。ここ、見た感じ治安悪そうだったから、僕らも心配になる」

「キミらは私の保護者か」


 それから僕らは乾杯する。酒場で僕らのように複数で飲んでる人間は他にいなくて、様々な装いをした人間が交互に訪れてカウンターで飲むくらいのものだった。


     ◆


 パーティに穴が空いて、残った3人が退屈する。もはや定番になりつつなる。この都市ではソフィーがパーティからいなくなった。しかしよく考えればソフィーとは今日まで、基本的に毎日顔を合わせていたのだ。ロムスやクロアは良くも悪くも活発だから、抜けてしまっても何となく納得できる。ソフィーが抜けるというのはどこか不思議な気持ちがした。


「おい、アホ2人!」


 無礼の終着点のような挨拶をしてクロアは僕らの部屋に入ってきた。ちなみに今までの旅で僕とロムスが2人の部屋に入ったことは一度もない。ロムスなら女尊男卑じょそんだんひとか言いそうなもんだけど、僕だけがこんなことを考えているとすれば恥ずかしい。


「あんたら、どうせ退屈してたんでしょ」

「いやまあダラダラするの僕は嫌いじゃないから」

「俺はさっきまで100,000ゴールド負けたぜ! これから取り返さなきゃなんなくて忙しいんだわ」

「この街、意外と遊べそうだってしってる?」

「そうなの」

「うん。かつて冒険者を取り入れるために外来者向けの娯楽を発展させた結果、夜の街が進化してて……、キャバクラとかホストとかあるって」

「マジかよ。ちょっと興味あるぜ」


 ロムスはスマホを放り投げて起き上がる。「あ、いや、人生経験としてな?」と彼は補足した。ロムスの言わんとすることは分からないでもない。


「でー、クロアが行きたいのはそんなところじゃなくて……」


 マップを開いて、ある1点をクロアが指差す。


「カラオケ! たまには、3人で、思いっきり弾けない!?」

「最高じゃねえか! もっと早く知りたかったぜ! おら、イヅルも行くぞ」

「僕そんなに歌わないけど……」

「関係ねえあそこは暴れるための場所だ!」


 この世界、カラオケまであるのか。いや、アイドル文化や競馬を見てきた以上今さらな気もするけど。


 怒涛のキャッチをくぐり抜けて僕らはカラオケにたどり着いた。本当にいつ振りだろう。元の世界にいた頃の中学生の打ち上げとか? ただパーティを組んでるだけとはいえ可愛い女の子とか、体育会系の男と一緒に同じボックスで歌う日が来るとは思わなかった。そして僕は音程や歌詞のうろ覚えも気にせずに流行りの曲を熱唱した。ロムスとクロアの合いの手は上手すぎて僕は何曲も歌い、踊った。中学生の自分からは考えられない幸せを噛み締めている。他の人がとうの昔に経験したような遊びに26でようやく触れられている。そういえば、何故僕はいま、客観視すると最高に気持ち悪いような感情にこんなにも支配されているのか。きっと、いや間違いなく歌う緊張感をぬぐうためにお酒をたくさん飲んだからだ。


 その日の記憶は、それ以降ない。


 ただ翌日に「あれだけカラオケで飲む馬鹿を見たことがない」とロムスに怒られて、「あんたロムスのこと好きなの?」とクロアに問われたことだけは覚えている。強いていうなら僕は妹のミスティが好きだ。

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