街のドラマと祠の鍵

「それじゃ、イヅル、これも持ってくし」


 僕は、ユリシアから音符を受け取った。マップでいうところの、ずっと動いていた音符だ。


「これは『ソ』の音だし。さっきイヅルがゲットしたのは、『ミ』だから」

「ユリシア、そんなのも分かるの!?」

「なんか天から聞こえてくるんだし」

「勇者やば」

「……ウチは先にダンジョンでるし。崩壊都市の姫さまが待ってるから」

「あっ! そのことだけど、彼女はどういう特徴とくちょうがあるんだっけ」

「? えっと、確かウチより年下、14歳らしいし。結構ワガママだって聞いたし。あとはやっぱり能力者だから身体能力が……って、イヅルもしかしてその子スカウトしようとしてるし!?」

「違う違う! 気になっただけ」


 というかユリシアのために関わりたくないからむしろ逆だ。


「ならいいし……。じゃ、イヅルも体に気をつけてね! 魔王城でまた会えるといいし! またね。––––あっ、あと、洞窟来たときの剣技凄かったし! 魔物急に全滅したんだから驚いたし!」


 ユリシアは胸を揺らしながら去っていく。始めに技撃ったときから僕のこと気づいてたのか、恐ろしき勇者様。


「ところで……」


 僕はユリシアからもらった音符を見る。『ソ』の音だと言っていた。何の、『ソ』なんだろう。


     ◆


 音楽都市ハルモリズムに戻る。なんだかフィールドの段階で楽器の音が騒がしいと思っていたら、本当に騒がしいことになっていた。


 酒場の前で、片腕を火傷した男がひどく叫んでいた。その先には、みずぼらしい姿をした女性と彼女を抱える男がいる。そしてその3人を酒場から出てきたであろうタキシードやドレスに身を包んだ集団が眺めている。……なんだこれ。


「戻ってこいよマユカ! お前が俺がいないと何にもできねえんだから!」

「これ以上マユカさんを傷つけるな。何もできないのはお前の方だろ! ……彼女は私が守ってみせる。ずっと、マユカさんのことが好きだったんだ、私は」

「フゥーーーー! カッコいいぜ兄ちゃん!」

「またこの都市で新たな幸せが育まれそうだわー!」


 向かい合う2人と1人の状況が、僕にとっては一触即発いっしょくそくはつに見える。なのに酒場の連中はそれを見世物みせものとして楽しんでいるように見えた。というか楽しんでいる彼らは顔が赤かったり足元がおぼつかなかったりする。……もしかして酔ってる?


「ヒョロそうな男がよお……。てめえみたいなんに、マユカを渡すわけねえーって……なっ!」


 彼は腕を抑えながらジリジリと2人に歩み寄る。それを止める1人の女性がいた。酒場から「キャー!」と興奮する声が聞こえる。止めた女性は知り合いだった。というかソフィーだった。


「いい加減にしろ。諦めの悪い男だな」

「ま、また貴様か。さっきから俺の邪魔ばかり……」

「キミだってあの女性の人生の邪魔ばかりしているだろう。自分がされて困ることを他人にしないことだ」

「一々腹立たしい女め……!」

「治療費は出しておく。私のせいで火傷した分だな。もう一度だけ言うぞ。腕だけじゃなく頭も冷やせ。さもなくば……」


 ソフィーは男を睨みつける。野次馬からまた「キャー!」という声があがる。手ひとつで男を制するさまは男の僕が見てもカッコいい。


「覚えてろよ……。愛想の悪いタバコ女が……!」

「勝手に言ってろ」


 男は逃げるようにしてソフィーの元を去った。ソフィーは残された2人に笑いかける。


「良かったな。……ようやく奴から解放されて」

「ありがとうございます……素敵な旅人さん。あなたのおかげで、私は久しぶりに外に出ることまでできて」


 彼女が、近くにいる彼と目を合わせる。


「こんなに素敵な方に出会うこともできました」


 また野次馬が興奮する。


「ねーねー! ブーケトスもっかいしようよ!」

「いいね!」「最高」「アリ〜」


 野次馬の中からそう提案する女性がいた。聴いたことのある声だ。……シャンパンを片手にしたクロアだった。

この人たち披露宴中だったんだ。てかクロアは知らない人の披露宴でなんでそんなノリ良いの?


「じゃじゃー! 早く! 花嫁さん、やっちゃうみゃ☆」


 集団に乗せられて、花嫁はブーケを投げる。狙い通りみずぼらしい見た目の女性––––マユカの方へ飛んでいって、彼女はそれをキャッチする。「フゥーーーー!」「キャーーーー!」とまた飛び交う。


「私、マユカさんを絶対幸せにしてみせます。……それが私の今最もすべき投資ですから」

「アレクさん……」

「将来設計第一! 将来設計第一!」


 アレクと呼ばれた男はそんな訳のわからないことを叫んだ。見ると隣で同じように訳わからないことを言っている男が居た。ロムスだった。


 音楽都市ハルモリズム––––それはドラマの生まれる街(?)。で、うちのお仲間3人は僕がいないうちに何をやっていたのやら。


     ◆


 3人と合流する。みな音符を集めたとのことだったので、さっきのドラマのことは聞かないで管理局へすぐに向かった。クロアは珍しくベロベロだったのでソフィーに介抱かいほうを任せた。


「集めて来ました。全ての音符を」

「もうですか!? なんて仕事の早い冒険者様……。さすが祠で選ばれただけあります」


 管理局の男はずっとハンカチで汗を拭いている。


「では、音符の方をいただいてよろしいでしょうか?」

「分かりました。みんな、取ってきたやつもらっていい?」

「ああ」

「おうよ!」

「えへへ〜ソフィーちゃんいい匂いしゅりゅ〜」

「おいおいこいつ大丈夫か?」

「クロア、水を飲め。……違う、今吸っているのは私の指だ。2人も見ているだろう」

「逆に見てなかったらいいの?」

「イヅルは黙ってろ」

「じゃあ黙ってるから音符だけちょうだい?」


 そうして、集めた7つの音符をヘコヘコしている男に渡す。


「確かに……もらいました。『ラ』と『シ』以外の音符も確かにありますね。––––ドメスティック・バイオレンスのド、宴会レセプションのレ、ミーハーのミ、ファイナンシャルプランナーのファ、そして、ソロぼっちのソ!」


 ユリシアのずっと持っていた『ソ』の音符はソロぼっちの意らしい。可哀想なユリシア……!


「これで祠の鍵を手にすることができます。……今後はより良いネジで固定して、再発防止につとめて参ります。この度は大変ご迷惑をおかけしました」

「は、はあ。……ちなみに音符が7つあると鍵が手に入るというのはどういう仕組みなんですか?」

「どうしてそんなことを」

「いえ、ただ気になっただけです」

「細かいことはご指摘おやめください……」

「は?」


 なんとか祠の鍵ゲット。今度こそ、今度こそ魔障洞へ向かうことができる……!

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