愛される意味
結果発表当日。
「信じられねえんだが!?」
イグニスが不服を唱えた。ネーヴェは大きく目を見開いている。クロアのファンが熱狂し、Cross Elementsのファンは結果をひどく嘆いた。
––––参拝者数の結果は、Cross Elementsとクロアで全く同数。別の方法で決戦を行うことで神器贈呈者を決めるという話だった。ちなみに祠の老人はその決戦方法としてじゃんけんを推奨した。
「俺らCross Elementsだぞォッ!? こんな無名のアイドル1人に……」
「ありえなくない……みゃ」
熱狂するクロア推しの中から、クロアが1人出てくる。
「ファンのみんなはね、応援したいと思う人のために時間とお金を使うんだみゃ。あんたらみたいに自分らの凄さを誇示してもいいけど、それは元から数字が背後にある場合だけ。クロアみたいに1から活動しようとしたら、能力を無駄にみせても出る杭打たれるだけだみゃ」
「そんな……。実績もなくて、1週間しか活動してない手を抜いた人間に、わたくしたちが同票まで追い込まれるなんて。ありえません! 不正だ!」
「クロアは手抜いたりなんかしてないよっ。ただ、みんなに愛してもらえるような振る舞いをしただけ。……あんたたちは、誰かを推すってこと、誰かを信じるってこと、したことある?」
クロアは優しく微笑んだ。フォビドゥン城の言い伝えにもあった。誰かを信じるということ。クロアがずっと大切にしていたこと。
「クロアは、自分だったらどんな人が好きになるか、それを考えて全力を尽くしただけ。能力さえあれば人を惹きつけるなんて、クロアは間違っていると思う」
「……」
「くっそオオオゥゥゥッ! 悔しすぎるんだが!? 参拝者数で追いつかれただけでなくて、諭されるとか、チョー不服なんだが!?」
「……はあ。落ち着きなさい、イグニス。––––そうですね。わたくし達の目的は、この祠の盛り上げに貢献したかったというだけですから、神器は譲りましょう。期間の違う人間と引き分けたのは、実質負けたようなものです。やり方は決して……認めませんが、ね。ただ、パフォーマンスが優れていたのも事実。わたくしたちは他のところで修行して、いつかの機会に実力が抜けているということを証明してみましょう。本当に、観客を幸せにするという形で」
「オィオィ、ネーヴェ、俺は神器がほしかったんだが!?」
「黙りなさいイグニス」
「キャー! みんな、イグニス様とネーヴェ様が出発されるわ! 追っかけ隊の意地を見せましょう!」
大量のファンに囲まれながらCross Elementsは去っていった。
「……なんだったんだろう、あの人たち」
「なーんかスッキリしねえなあ」
「勝手に勝利宣言をされ、勝手に敗北宣言をして帰っていった。やつらには客観性が足りていない」
「またどこかで会えるといいみゃ。あの2人を、完全には改心させられてないないから」
「クロア!? もう喋っていいの?」
「うん。アイドル活動終わったから」
遠くで、「クロアちゃんが男と喋っている……?」とウワサする集団がいた。クロアは彼らの方を振り返ってウインクをする。彼らは「やっぱりクロアちゃんが一番!」と叫んだ。
「イヅル、神器もらいにいく?」
「そうだね。クロアのおかげで、僕らのパーティが神器を貰えることになった」
まあ、僕とソフィーとロムスは遊んでただけなんだけど……。
「うーん! 久しぶりにアイドルやるのも良かったわ〜。……御加護に感謝します。女神イドル様」
お守りを握りしめたままクロアは大きく伸びをする。その一挙一足にファン達は興奮していた。
◆
「扉の鍵がない!?」
ようやく神器が獲得できるというのに、祠の老人はとんでもないことを言い出した。保管されている場所の鍵が失われたという。
「このことを言っては誰も祠おこしに手伝ってくれなかったじゃろうから、言えなかったのじゃ。……どうか許しておくれ」
老人は頭を下げる。誰に非があるか分からないので許すにしても、僕らはこれからどうしたら良いのか分からない。
「じゃ、じゃあクロアたちは無駄に働かされたってことかみゃ?!」
「いや、ここまでやってくれたおぬしらじゃ、もちろんここだけの極秘情報は抱えておる」
「それを教えてくれよ爺さん!」
「……これじゃ」
老人は音符を差し出した。
「これは……? 確か私たちも同じようなものを」
ソフィーがこちらを見る。音符……そうだ。シスタスの村で、ロムスがミスティからもらったもの。
「本来、神器の保管庫の管理は、近くの音楽都市ハルモリズムにある管理局に
僕らは老人から音符を受け取る。触れてみると音が鳴った。だけどこの前もらったのと同じで何の音階かは全く見当がつかなかった。
「では、僕らはあと5つもの音符を集める必要が?」
「申し訳ないが……そういうことじゃ」
「クロア頑張ったのにぃぃ」
「勘弁してくれ。この大陸はどの自治体も肝心なところが甘すぎないか?」
「そもそも地震で流出する音符とはなんだ。どういう素材でできている? 不思議な力をまとっているように見えるが、物理的衝撃にそこまで弱いのか」
僕らが文句をいうたびに老人は申し訳なさそうな顔をした。なのでこれ以上は責め立てないようにする。
「というわけで、音楽都市ハルモリズムに行くことになっちゃったね」
祠を出て、僕はパーティメンバーにそう声をかける。みなダルそうだったので、
「あっ、そうだ」
クロアが思い立ったような顔をする。
「ソフィーちゃん、ありがとね」
「……何がだ?」
「クロアのこと、SNSでたくさんアカウント作って話題にしてくれたでしょ?」
「ああ。あの程度問題ない。暇だったしな」
「ええ!? あれクロアが実力で話題にさせたんじゃねえのかよ!?」
「一部投稿がバズったのはクロアが可愛いからだけどお、その投稿自体はちょっと協力してもらっちゃった☆」「0を1にするのは大変だからな」
「ねーっ」
「あの2人組に実力で勝ったもんだと思ってたのに……」
「実績に能力だけで対抗するのは大変なの! クロアは持ってるもん全部出したから。あ、あと、もっと大事なことだけど」
クロアがロムスにふくれっ面を見せたあと、そのままの表情で僕にいう。
「メルエスのバッグ、約束通りちゃんと買ってね? イヅルくん?」
うわ、完全に忘れてた。クロアはいやらしい上目遣いをする。こんなときだけ……。
「ああ、もちろん覚えてるよ? 音楽都市にある店舗で良いやつ買おっか」
「やったーーーーー!!! イヅル大好き!」
祠の競馬城でボロ負けした分も含めて、かつてチートで稼いだ僕の貯金はもう尽きようとしている。
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