信者獲得への道

 クロアが1週間のアイドル宣言をした日の夜、彼女は飲み会に来なかった。


「せっかくいいバーを見つけたというのに……クロアはもったいない」


 シーシャを蒸しながらソフィーはいう。色んな味を頼んだけど僕には違いが分からなかった。


「あいつお酒が人間を豊かにするとか言ってたくせに、結局肌ツヤがどうとか言って飲み会に来ないのはどうなんだ!?」

「まあ、自然科学サイエンスには逆らえまい」

「夜も遅くなっちゃうしね……」

「宿屋を出てくる前に聞いたが、相当いい案があるらしいぞ。『これは勝ち確だみゃ〜☆』と叫んでいた」

「しっかし聞いたところによると、圧倒的な数の信者を集めているパーティがいるらしいぜ」

「僕も聞いた。男2人組だっけ?」

「そうそう。どういうカラクリかしらんが……、そいつらとはパイの取り合いになっちまうなあ」

「クロアなら問題ない。私らにできることは、パーティメンバーを信用することだ」

「いいこというね、ソフィー。ただ、それよりもさ」


 僕はみかん酒のソーダ割りを飲むソフィーの目を見た。クロアがいなければソフィーはビール以外のお酒が飲める。


「クロアは、部屋でなんて言ってたんだっけ?」

「『勝ち確だみゃ〜☆』と言っていた」

「モノマネ、下手だよね」

「……」

「クロアだったのか! 判別できなかったぜ」

「『勝ち確だみゃ〜☆』」

「……」

「……」

「……。すみません、––––おひや3つ」


 こんな感じで僕らの夜はふけていく。


     ◆


 勝ち確だと言っていたらしいクロアの広報活動は、スロウスタートだった。


 祠の前に立って、通りすぎる冒険者に前屈みになって挨拶をしたり、自己紹介をしながらアカペラでワンコーラスだけ歌っている。多くの人間は特に注意もせずスルーする。さながらストリートミュージシャンのようであった。


「あんなんでいいのか? あと6日しかないというのに」

「クロアのことだから大きなライブとかすると思っていたのに、予想外だね」

「……」

「どうしたのソフィー」

「いや、何も」

「このままだとクロアの見た目に釣られた野郎パーティしか相手できてねえぜ? 時間ないんだから持ってるもん全てだせよ! もったいねえ」

「でもアドバイスしにいけないからなあ僕ら」


 この1週間の間、クロアからは接触してこないようにと連絡がきていた。どうも友達がいる雰囲気は出したくないらしい。特に僕らのような男と絡んでいるさまは絶対外で見せたくないとのことだった。


「手伝うこともねえし出かけにいかね? あそこにめっちゃいいアニメグッズの店あるんだぜ」

「久しぶりにアニメいいなあ。ちょっとモチベ湧いてきたかも」

「じゃあ決まりだな! ソフィー来るか?」

「いや、私はしばらくここにいる?」

「ここ禁煙だよ?」

「それくらい承知だ。私を誰だと思っている」

「いやまあ確認しただけなんだけど」

「2人で行くか! ソフィー、ナンパされたら教えろよ! まあないと思うけど!」


 ここでは寄り道をしてもそこまで苦ではない。フォビドゥン城との大きな違いは、滞在する羽目になっても時間を潰しやすい点にある。なんならここに住んでもいいくらいだ。


     ◆


 翌日もクロアは祠の前で細々と活動をしていた。たまに同情で投げ銭が飛んでくるほどであった。途中、男女混合のパーティに声をかけたらそのパーティの女戦士と喧嘩になった。「話しかけるなアバズレ」とか言われていた気がする。仲裁したくても絡むことが禁止されているのがもどかしい。


 結局暇なので今日はロムスと昼から飲んで過ごした。


「イヅル! これ見ろ」


 夜。宿屋でダラダラしていたら、ロムスが興味深いものを見せてきた。SNSの画面である。


「『アドバイスに可愛い子。これは推せる』。……これ、クロアじゃん」

「そうだ。しかもめちゃくちゃ『いいね』がきている。一時期トレンドまでいってたんだぜ」

「まじで」


 自分のスマホで検索にかけてみる。アドバイスのほこら前に現れた謎のアイドルは少しずつその知名度を上げ、評判を獲得していた。しかしその一方でクロアを批判する声もあった。するとそこで対立が起こる。その対立が周りを巻き込んでまた知名度を上げる。


「2日でここまでの知名度を……さすが町を牛耳ぎゅうじっていただけある」

「でもまだ参拝者は稼げていない。あと5日だけど、クロア大丈夫かな……」

「おい! イヅル! ロムス!」


 突然とつぜん部屋のドアが開けられる。ソフィーだった。逆の立場ならワンチャン捕まるぞ。


「ノックくらいしろよソフィー!」

「……。コンコン」

ぎわに挨拶するタイプ?」

「そんなことより、クロアがバズってるだろ。見たか?」

「おう。まさに今その話をしてたんだぜ」

「さすがクロアだと言わざるを得ない。売名にかけては一流だ。神器を狙う他の冒険者にも名前が知られ始めているらしい」


 それからソフィーはポケットからトランプを取り出した。


「ところで、私はずっと1人だ。それで3人で遊べたらと思って持ってきた」

「暇なんだねソフィー……」

「ああ。極めて退屈だ」

「別にクロアが居たって思いっきり遊ぶ訳じゃねえだろ?」

「そうだが」

「むしろ何しているの? いつも2人で」


 聞いてからもしかしたらこれは聞かないほうが良い質問かもしれないと思った。幸い、ソフィーは表情を一切変えない。


「おしゃべりをしている」

「……なにそれ」

「おしゃべりだ。キミとロムスだってするだろう?」

「まあ、たしかに」

「クロアとのおしゃべりは暇つぶしになる。しかしイヅルやロムスと会話しても大して盛り上がらないだろう。ロムスに関しては議論になるまである。だからトランプを持ってきた」

「そ、そう」

「どうせやるならポーカーかバカラにしようぜ! ブラックジャックでも良いな!」

「それは賭けをするつもりか?」

「もち!」

「くだらない。賭けをしたければ別の機会にすれば良い。私は会話を交わしながら手の寂しさを紛らわせる手段としてこれを持ってきた。なので競技性のないゲームが好ましいのだ。たとえばババ抜きとか」

「ババ抜き!? 運ゲーじぇねえか」

「それでいい。所詮しょせん暇つぶしだからな」

「暇を潰すにも上品さってものがあるぜ!?」


 始まった……。


「ギャンブル中毒が品を語るか。ウケるな」

「タバコ臭えやつに言われたくねえ」

「なんとでも言うがいい。このドMロリコンシスコン野郎が」

「はあ!? この……。––––くそっ、ソフィーの性的嗜好フェティシズムが分かんねえ」

「ねえ普通に大富豪とかで良くない?」

「「イヅルは一旦いったん黙ってろ!」」


 ああ女神様、叶うなら僕に、人間関係を円滑させるチートをお恵みください。


     ◆


 朝起きると、今日も祠の前に行列ができていた。うちのパーティはクロアの化粧が律速りっそく––––ソフィーからこの単語を教えてもらった。物事が進む速度を最も左右する要因よういんらしい––––なので、クロアが朝はやく出ていれば10時すぎには宿屋を出発できる。で、行列の話であるが……、なんと行列の先は祠の入り口ではなくてクロアだったのだ。


「クロアが行列作ってる!?」

「昨日バズってたとはいえ……たった一日でここまで人を集められるものか」

「ネットの反応が気になるぜ」


 ロムスのスマホでクロアに関する情報を調べてみる。なんと今日のクロアはただ自己紹介するだけでなく、自身との握手券・チェキ権・おはなし権を配布していたのだ。


『みんな〜。ドロータの町から来た女神級アイドル、クロアちゃんだみゃ! 今日からクロアは、みんなへのとっておきご奉仕を始めちゃおうと思うんだみゃ〜☆』


 SNSで見つけたクロアの宣伝用アカウントでは彼女がそんな動画を上げていた。握手、チェキ、おはなしは無償ではなく、それぞれ規定回数、祠へ参拝をする必要がある……。規定の参拝をこなした人間だけが、クロアのご奉仕を受けられるという。


「なんちゅう作戦だ。俺なんかじゃ絶対思い浮かばねえ」

「異性に飢えている冒険者の本能に乗っかかった合理的な作戦だ。現に並んでいるのは殆ど男の冒険者だろう。女性を顧客として確保できないのは心配だが、冒険者中の男女比を考えると多数をターゲットにできていると考えられるのか……?」

「ただ、これで一気にブーストがかけられそうだね。自分らのパーティよりも参拝者をかせがれてしまうけど、クロアとおはなししたい欲に負けて参拝しまくった人らもいるらしい」

「そいつらはただのアホだろ」

「ロムスに同意だ」


 クロアの前にできた行列は絶える様子が見られなかった。


 ちなみにその日僕らは競馬場に行った。「よほど退屈でなければギャンブルなどしない」とのたまっていたソフィーもついてきた。クロアがいないのは「よほど退屈」なのだろう。お金をかけた馬が走る様子を見るのは面白い。


 懸命に走る馬を見て、応援して、叫んで、それから考える。祠に何回も参拝してまで、クロアとコミュニケーションを取りたがる人たちの存在。


『推す』って、どういうことなんだろう。

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