王家に語り継がれる伝承

 翌日。


 今日は比較的ひかくてき目覚めがよかった。そのおかげで、いつも朝辛いのは飲酒のせいかもしれないと気づいた。ソフィーは支度に25分かけた。これによって、ソフィーは30分化粧をしているわけではなく5分間は朝タバコにかけているのだということが分かった。ロムスは二度寝するだけで目覚めた。したがって、ロムスの睡眠すいみんの質を低下させているのは深夜までポーカーにきょうじているからだということが分かった。クロアの化粧はいつもどおり2時間かかった。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 朝ごはんを終えて、正午近くに宿屋を出る。ものすごく健康的な食事だった。僕が元いた世界の、僕が住んでいた国の旅館で食べられる朝ごはんに近い。不思議と実りのある生活を送っているような気分になってきた。


「今日はお城に行くよね?」

「当たり前だ。さっさと挨拶して、こんなくだらない町から出ていく」

「話終わったらキャンプで思いっきり飲み会しようねみんな!」

「よし、じゃあお城行くか。ロムスも大丈夫?」

「……」

「ロムス?」

「あ、ああすまねえ」

「今から王に謁見しようって話してたけど、何かやりたいことあったりする?」

「いや、大丈夫だ。行こうぜ」


 ロムスはしきりに町の様子を伺っていた。


     ◆


 お城の前で僕の頭は真っ白になる。


「あ」

「どうした。イヅル」

「ごめん、ちょっと待って」


 結局何も考えていなかった。このまま王に会えば、僕は顔バレして、なかなか面倒なことになる。城を壊した張本人だとバレる。この国のルールのきびしさを考慮こうりょすれば、死刑になることもありえる。やばいやばい。


 必死で頭をめぐらせた。顔をかくす方法、顔を隠す方法……。記憶の中で、他人の顔が分からなかった状況はどんなのだったか検索けんさくしてみる。


「ハッ……!?」


 とてつもなく天才的な発想が舞い降りた。よし、これでいくしかない。


「ああああああ!!」

「ちょっと、イヅル大丈夫!?」


 僕は突然さけんだ。そうして、顔をひどくゆがめて両手でおおう。


「やばい! 顔が、顔が乾燥している……!」

「どういうこと!? イヅルめっちゃいまブスだけど」

「このままでは僕の顔はミイラになるぅぅぅ」


 それだけ言って、僕はクロアへ手を差し伸べる。


「顔パック……だ」

「みゃ!?」

「顔パック……あれさえ貰えれば、僕の乾燥問題は解決する」

「あれは保湿用だけど」

「それでもいいから……はやく……」


 3人とも訳がわからないといった顔で僕を見ている。まあ、いまさら変なやつだと思われたところで恥ずかしくはない。3人の方がよっぽど変だし。


「イヅル大丈夫か? 色んなこと禁止されて頭おかしくなった?」

「たしかに人は辛い経験をすると精神に支障ししょうをきたすものだ。ただこんなに早くくるうのは珍しいな」


 なんとでもいえ! 死刑になるよりはマシだ。


「はい、イヅル……。まあこれどこの道具屋にも売ってるやつだからもう全部あげるわ……」

「ありがとう……! ありがとう……!」


 こうして僕は顔パックを装備した。ひんやりして気持ち悪いし、なんともいえない匂いがする。


「よし! それじゃ王に謁見するぞー!」

「回復はやっ」

「イヅルのいうことが本当なら顔パックは一気に水分を失ってもおかしくないが、十分に保湿されているな」

「細かいことはいいからいこ!」


 フォビドゥン王よ、僕の勝ちだ……!


     ◆


 ––––フォビドゥン城––––


 サグラダ・ファミリアよろしく工事中の城に入って、僕らは用件を説明する。勇者様のはからいで一般の冒険者にも顔を合わせてくれるそうだ。ありがとう勇者様。


「王! 冒険者が、魔王伝説を聞きたいと」


 玉座ぎょくざに、少し太った男性が王冠をつけて座っている。一国の王ともなるとずっとこんなところに座っていないといけないのだろうか。大変だなあ。


「……ん、また冒険者か」


 彼は随分と疲れている様子だった。


「ここ数日、とたんに冒険者が訪れて困る。わしゃもう同じ話するのに疲れた」


 側近が王の元に近寄って体をいたわるる。もし僕がこの城を壊したせいで王のメンタルまで壊れてしまったのだとしたら、いよいよ僕自身も罪悪感で壊れてしまう。


「父さん。ここはボクが」


 僕らが王の不調をながめていると、後ろから若い声が聞こえてくた。側近の人間が「王子!」と叫ぶ。振り向くと長身の男がこちらにやってきている。


「ただでさえ父さんは体調が優れないんだ。ずっと仕事ばかりさせている訳にはいかないよ。それに、国の政治だって、今はボクが担当しているからね」


 彼がこの町の……。ということはタバコもギャンブルも酒もコーヒーも全て彼が規制したのか。


「やあ。冒険者たち。ボクはこのフォビドゥン王家の血を引き継ぐ王子サートゥルだ。どうか覚えていてくれ」

「あんたがクロアたちから酒を奪った犯人だみゃ!?」

 

 クロアはいきなり噛み付いた。


「おっと。……なかなか品のない冒険者だな。いきなり叫ばれるとは思わなかったよ。それになんだい? 真ん中の彼は顔にマスクのようなものをつけているが……」


 王子が僕を指差す。「あんたもう外したら?」とクロアが言う。ダメ、ゼッタイ。


「ところでボクは、君らが魔王伝説を聴きたいと言っているのを盗み聞きしたのだけど。……もしかして本当はプロパガンダをするためにここまで来たのかい?」

「いえ、違います。サートゥル王子」


 僕は姿勢をピン、と伸ばす。見た目は不誠実ふせいじつなので発言で信用を得るしかない。 


「僕たちは魔王の討伐を本気で目指しているのです。そのために、王子、かつての勇者がどのような方法で魔王を封じ込めたのか、その歴史を教えていただけないでしょうか」

「君らが魔王を……。まあ、見た目で判断するのは良くないね。よし、この王子サートゥルがおはなししてあげよう」


 そうして王子の長過ぎる話が始まった。あまりにも長いのでその大半を聞いていなかった。途中寝ないように4人でつっつきあいながらなんとか話を聞き通した。話を要約すると以下のようである。


 まず魔王城の手前には、選ばれし人間だけが通過できる魔障洞ましょうどうがある。ちなみに王子は時系列順で話したのでこの事実は最後の最後に話された。そのときは4人とも寝落ち寸前すんぜんで危なかった。


 そして魔障洞を突破するためには、この城の近くにあるほこらに行って神器じんぎを回収する必要がある。


 つまり僕らは今から神器を回収して魔障洞に向かえば良い。


これだけの話をするのに王子は3時間かけた。途中関係ない音楽都市やら、今は崩壊ほうかいしてしまった都市の話まで出てきて、何におもきを置いて聞けばいいか理解するのに苦労した。


「話す方だって疲れるのだよ。しかしこの伝説をきちんと全章ぜんしょう民衆みんしゅうに伝えていくのがボクら王家の役目なのさ」とサートゥルは言った。これでは王も疲弊ひへいするわけだ。


 僕は顔パックを外したくてたまらなかった。

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