フォビドゥン領へ

     ◆


 城に向かうまでには洞窟どうくつが1つだけあった。


「めんどくせえなあ、暗いし」

「スマホのフラッシュライトを使えば良い。かつては松明たいまつを買うか周りを照らす魔法を詠唱えいしょうする必要があったそうだ。いい時代になったな」

「充電使いたくね〜」

「クロア怖いからソフィーちゃんの腕つかんでてもいいー?」

「……。勝手にしろ」


 ここの魔物にも大して苦労しなかった。魔王のチートはどの範囲はんいまで及んでいるのだろう。いまのところ、彼––––彼女かもしれないが––––の脅威きょういを感じるような場面は一度たりともない。


「分かれ道だね」


 しばらくすると、道が二手に分かれる。


「困ったぜ。こういうときは片方が正解でもう片方は宝が置いてあるっていうのがルールだが……」

「しかしなぜ行き止まりには宝が置かれているのだろう? 岩盤がんばん侵食しんしょくが途中で止まったとして、蓄積ちくせきした水や溶岩が宝箱になることはありえないだろ?」

「ああ、女神様。どうか正しい道をお教えください……!」


 みな各々おのおのの方法で悩むので困った。電波さえ届けば地図が見られるのに洞窟はこういうところが面倒めんどうだ。


「みんな、どっち行きたい?」

「左だな! 俺のかんがそう言ってるぜ! ミスティの魔力じゃなくて今度こそ本当の勘!」

「イドル様は右が正しいって言ってる。……ロムスの勘なんかよりよっぽどあてになるわ」

「ははっ、ふひひ。なら私は物事を複雑にしてやりたいから、来た道を戻るということにしよう」

「左だ!」

「右!」

「来た道を戻る」

「「それだけはないっ!」」

「くっ。キミらはこの洞窟が常に回転し続けているという可能性を排除はいじょしていることになる。後悔しても知らんぞ」

「そしたら俺らも回転してるだろ! ……で、リーダーのイヅルはどっち行きたいんだ? まあ俺らの友情を考えたら左だと思うが」

「女神様の教えに従うなら右、だよねえ……」

「はあ、まいった。……じゃあ〜これで!」


 僕は分かれ道の真ん中に手をかざす。空気のゆがみを見つけて、そのけ目をねじるような力を込める。


真空崩壊ウインドエクスプロード……。間をとって、真ん中なら喧嘩けんかしないでしょ」

「そんなところで貴重なチートを使うのか……」

「おい! 宝箱がこわれたらどうすんだよイヅル!」

「イヅルはせっかくの洞窟を寄り道しないの!? アウトレットでも外だけグルグル回るの!?」


 僕が真ん中を選んだせいでパーティの不満はさらに増加した。まあ、僕らの冒険はいつもこんな感じだ。


     ◆


 ––––フィールド[ドロータ地方]––––


 目的地は案外あんがい遠かった。


「今日はこの辺りで休もっか」

賛成さんせ〜。都市同士の間隔かんかくが広すぎんだよこの世界は……」

「このペースなら明日にはたどり着きそうだがな」

「クロア宿屋でたーい」


 そうして各自食事をる。クロアはいつもみたいにスキットルのウイスキーを飲んでいるし、ソフィーはタバコを吸っているし、ロムスはオンカジをしながら飯を食べている。


「あのさ、ソフィー」

「どうした?」

「ソフィーって、出身はどこなの?」

「……ここでまた自己紹介か? ふぅ」


 煙は一瞬で夜空と同化する。


「イヅルと出会ったスターレリアだ。ずっとあそこに住んでいた。引っ越ししたこともない。旅で他の町に出向いたことはあるが」

「そうだったんだ」

「そんなくだらないことを聞いてどうする?」

「いや……だって、ロムスとクロアは、自分が魔王討伐の旅に出ます、ってことを故郷に伝えてから出発したけど、ソフィーはそういうのなかったからさ」

「うちの親は放任主義だからな。私は自由に育ってきた。連絡を取りたければ、いつでも取ることができる」

「まあそうだけど」

「ソフィーちゃんそれで寂しくないのー? ––––あ、酒切れた」


 クロアはスキットルの細い呑口のみぐちのぞいている。


「好きなことをやっているから、それで十分だ。今日はどんなツールを、スキルを開発し、新しい発見が得られるか。それを考えるだけで、私は十分に生きている心地がする」

「たまには親に顔見せてやれよな!」

「だから連絡はとっていると言っているだろう。むしろその台詞せりふは転生者であるイヅルに向けられるべきだ」

「え、僕に飛び火?」


 ソフィーは笑みを浮かべている。


「知っているか? この大陸に浮かんでいるという電脳都市には、この世界と異世界をつなぐけ橋があると言われている。だから喜べ。イヅルもその気になれば家族に会うことができる。もっとも、そのためには電脳都市にたどり着く術が必要だがな」

「家族、かあ」


 こういう話をされるとホームシックになるのでやめてほしい。


「魔王倒せたら、ちょっと行ってみたいかも、そこに」

「おお! それは楽しそうだねえ」

「そんときは旅の相棒として真っ先に俺の話をしてくれよな!」

「いや、初めに出会った私だろう」

「一番可愛いクロアだみゃ!☆」

「それだと俺不利じゃねえか!?」

「たしかに。クロアのようにルックスにひいでた冒険者もなかなかいない」

「えへへ〜。でもソフィーちゃんもすっごく可愛いからねっ!」

「なんなんだぜお前ら……」


 その日は珍しく元の世界にいるときの夢を見た。学生時代のテストを受ける夢。いつものくせでチートを使ったらカンニング扱いで怒られた。


     ◆


 ––––フォビドゥン領への関所––––


「「「「閉鎖へいさ――っ!!??」」」」


 フォビドゥン城を目の前にしてめんどうなことが起こった。なんとフォビドゥンりょうへ入るための関所せきしょが閉ざされているのだ。


「なんで閉まってんだよ!」

「どうしてと言われましても、王からの命令ですから」

「彼は『なんで』と言ったんだ。『どうして』とは言っていない」

「すみません我々屁理屈へりくつは受けつけておりませんので……」

「こんな門イヅルのチートでぶっ飛ばしちゃえ〜♪」


 いくら魔王討伐が目的とはいえ王の命令のそむいて門を壊すほど僕は過激派かげきはではない。


「しかし、どうして門が閉ざされているんですか?」

「それがですね」


 門番は神妙な顔つきをする。


「もともと、我らがフォビドゥン領はあらゆる人々を受け入れていたのです。しかし、あるとき、ある冒険者が王に謁見えっけんしました。彼は、王のありがたいお話の最中に、急に城を破壊し……。それ以降、王はご乱心し、王子はあるべき政治の方向性を失い、フォビドゥン領は外部者の受け入れを禁止したのです」


 血の気が一気に引いていく。


 王の会話中に城を破壊した人間とは、この世界にきて2日目の、チートが制御できていない頃の僕のことだった。あれフォビドゥン城だったのか……。


「なんて酷い話だ。それでは関所を閉ざしてしまうのも納得する」

「聞いてるだけでムカついてきたぜ! そいつは指名手配とかされていないのか!?」

「破壊された監視カメラからデータをサルベージできればなんとか顔が分かりますが……」

「クロアたちがそれをなんとかするみゃ! 協力させて! 通してくれたら、その犯人とっ捕まえてあげる! うちにはチート転生者もいるしねっ☆」

「あ、あのみんな」


 僕は怒りに震える3人に声をかける。全力で話を逸らさねば。


「門番さんだけじゃ判断はできないだろうから、ここは一旦待機してみようよ。……門番さん、僕たちは魔王討伐をしようと思っていて、そのことを王に伝えてくれませんか? 腕には、かなり自信があります」

「は、はあ。あなたたちがどれほどの腕前か知りませんが、王にメールしてみます」

「さっすがイヅル。落ち着いてるなあ。リーダーシップ大発揮はっきじゃねえか!」

「私は大事な理性を忘れていた。そうだな、イヅルの言う通り待ってみよう」

「犯人は王に直接聞いてみてもいいみゃ」


 みなに褒めてもらって罪悪感しか覚えない。同時に、王から顔バレしない方法をひらめくのに僕は必死だった。


 旅をしていて気づいたことがある。


 うちのパーティはみな変人だ。思想が強いせいで、思い描いたような冒険にならないことがしばしばある。……だけど、それと同時に。


 ほんの少し。ほんのちょびーっとだけだけど、僕も大概かもしれない、と思い始めた。いやもちろん4人の中なら圧倒的常識人あっとうてきじょうしきじんだけどね!

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