ミスティの気持ち


「満足か? これで」


 ミスティのMPは早い段階で尽きた。そこまで戦闘に慣れていないらしいから仕方ないだろう。


「バカ兄貴。むかつく……」

「ミスティ。お兄ちゃんはお前の気持ち、よーく分かる。なんか知らねえけど、むしゃくちゃして、それを理解してもないくせに大人は知ったようになだめてきて……。今の俺だってミスティにはそういった鬱陶うっとうしい大人に映ってるだろうな。だけどな、ミスティ、聞いてくれ。大人たちはな、俺も、母さんも、父さんも、ミスティが可愛いから、ミスティが心配だから、ついつい声をかけてしまうんだよ。急に冷たくされたらさ、大人はそれほど強くないから、悲しくなっちゃうんだ。知っていたミスティがいなくなっちまうような気持ちになって……。だから、無理に関われとは言わないけど、母さんや父さんに対して強く当たるのはやめてやってくれ。ちゃんと話すのは、ミスティが落ち着いてからでもいいから」


 ロムスはミスティに火炎魔法で負った焼け跡を見せつける。「魔法は怪我になるからわかりやすいよなあ。俺がいない間のミスティを知らねえけど、きっと母さんたちは、見えない心の傷をこれくらい負ってるかもよ」


 ミスティは、魔法を撃つために兄に向けていた右手をようやく下ろす。


「バカ兄貴は……なんで連絡してくれなかったの」


 彼女のこらえたその声は、どこか幼気おさなげを感じる。


「バカ兄貴の方こそ、私やお母さんの心踏みにじってんじゃんか! 旅に出てから、一回も連絡してこないで、そのくせ呑気に帰ってきて。せっかく帰ってきたと思ったら知らない人連れてるし……。お母さんやお父さんがどれだけ心配したと思ってるの!? そんなことも分からないバカ兄貴に、心傷つけたなんて言われたくないッ!」


 兄妹2人は、同じように眉を下げて見つめ合った。


「ごめん……それは」

「なに? 冒険が楽しかったから、家族のことなんて忘れちゃってた?」

「違う! ミスティ。俺はお前らのことを1秒たりとも忘れたことはない。ただ、サプライズでキューティクマさんを集めていることを黙っておきたくてさ。俺、渡すのがずーっと楽しみで、だから、連絡したら絶対漏らしちまうと思って、家族には連絡しない、って自分に制限をしてたんだ。……すぐ戻るつもりだったから、大丈夫かなって考えてた。……心配かけたのは、本当に申し訳ねえ」

「意味分かんない……。ぬいぐるみなんかのために」

「だって、ミスティ3年くらい前に言ってただろ! 道具屋のキューティクマさん見て、『いつでもいいから欲しい』……って。俺はお金がないから買えなかったんだ。いつか、買おうと思って、ずーっと稼ぐ手段を探してた。そしたら、あの日地震が起きて……道具屋にあったクマさんは飛び散っていった。それで、これなら俺でも手に入ると思って」

「言ったの3年も前じゃん! そんな古いときのこと、なんでわざわざ覚えてるの? ただ、その時の気分で言ったようなこと!」

「覚えてるに決まってる。……ミスティは俺の唯一で一番大切な妹なんだから。全部覚えてるもんなんだよ……。たとえその時の気分だったとしても、俺の決意は一生なんだ。ミスティが一瞬でも喜んでくれるんだったら、俺は永遠に頑張ることができる」

「ばか……兄貴なんか……。お兄ちゃんなんか……っ、ううっ」

「おいおい泣くなよ。もう12歳だろ」


 反抗期を迎えたミスティは、憎らしいはずのロムスの胸の中で泣いた。僕はロムスの年齢を逆算して、自分より年下だという事実に泣きそうになった。


「あだじね……ほんどうは、クマざん燃やしたこと後悔してて」


 鼻をすすり、涙を拭いながらミスティがいう。


「この森なら、綿がたくさん落ちてるって聞いたから、それで直せないかなって」


 「ミスティちゃん。まじ天使……」。隣でクロアがつぶやく。


「よし! そのことなら任せろ。お兄ちゃん本領発揮してやる!」


 ロムスはミスティに手をかざした。スキル詳細が表示される。難しくてその詳細はよくわからないが、それを見た彼はちょこまかと作業をしている。


「ミスティ、むかし裁縫さいほう職人になりたいって言ってよな。その魔力、夢に近づけさせてやれるかも。まあ、まだ変わってなければだけどな!」

「お兄ちゃん、そんなことまで覚えてて……。それは、今でもなりたいけど」


 ミスティのスキル【業火インフェルノ】は【裁縫師】に書き換えられた!


「これで、これからミスティが放つ火に関する魔力は、布を編むために放たれるようになった」

「お兄ちゃん凄い……!」

「へへーん。なんだって国家資格だからな」


 特技生成ってそんなに難しいんだ。


「これをぬいぐるみに放てば直せるはずだ。……改めて、誕生日おめでとう。ミスティ」



 ––––ロムスの実家[シスタスの村]––––


 ミスティの技によってキューティクマさんは完全に修復しゅうふくされた。ミスティはそのぬいぐるみを大事そうに見つめる。お兄ちゃんそっくりだった。


「……お兄ちゃん。大事にするね。この人形」


 ミスティは随分と素直になった。


「みなさん、ご迷惑をおかけしました。あたし、お兄ちゃんが他の人と仲良くしてるのにムカついちゃって、みさんにも強く当たっちゃって」

「気にしないで。僕はそんなに悪く思ってないし、そうやって人は成長するものだから」

「えへ……ありがとうございますっ」


 言ってミスティは微笑む。やばい、ガチで可愛い。


「兄妹仲良くなれたなら良かったみゃ。家族を大切にすればいつか自分も輝けるって、女神イドル様も言ってたはずだみゃ」

血縁者けつえんしゃに特別な情愛を抱くのはどの生物にもコードされた基本的な感情だな。当然それらに成長の過程で反発心を抱くのも至極しごくまっとうな感覚だ。……理性を携えた人間らしく、それらと上手く付き合えるといいな」

「ありがとうございます。あたし、いつかおばさん達みたいな素敵な女性になりたいです!」

「はっ? おば……。ロムス、あんた教育どーなってんの……みゃ」

「ミスティからしたら2人ともおばさんだよな〜。はは」


 クロアは舌打ちをした。


「特に、クロアさんはとっても美人だし、愛嬌あいきょうもあるし、1人の女性として、すごく憧れます!」

「そ、そうかみゃあ? ……いい妹だね〜、ロムス」

「あとソフィーさんも」

「いいぞ。私のことは無理に持ち上げなくても」

「ソフィーさんを見て、私、タバコの吸いすぎは良くないなって思いました!」

「そ、そうか」

「あっ、そうだ」


 ちょっとまってて! とミスティは言って、部屋から何かを取ってくる。


「これ。お兄ちゃんがいない間に戦闘の練習してたら見つけて。音符おんぷ


 音符……? オーブじゃなくて?


 ミスティの手のひらで浮いているその物質を見る。本当に音符だった。8分音符の形をしていた。


「何だこれ?」

「わっかんない。だけど、不思議な力を感じるから、もし冒険を続けるなら、これ持ってたほうがいいかもって」

「どの音階なんだろう? 鳴らしてみる?」


 ポーンと、高い音が鳴り響く。


「「「「……」」」」


 誰も何の音階か当てられない。よく考えれば当たり前だった。


「とにかく、これはもらっておいたほうが良さそうだな。何かあったときに、材料は多い方が良い」

「もしかして魔王は音符で倒すのかみゃ〜?」


 よくわからないが音符はもらっておいた。


「ありがとう。ミスティ。……それじゃ、俺らはそろそろ出発しようかな」

「あたしも、いつかお兄ちゃんみたいに素敵な仲間に出会えるといいな。お兄ちゃんはギャンブル中毒でドMでロリコンでシスコンで変態だけど、あたし、そういうお兄ちゃんが好き!」

「おお! 母さんと父さんにもよろしくな!」


 そう言って俺らはミスティと別れた。


 ……待て。なんかロムスの新しい属性3つくらい追加されなかったか?


     ◆


 ––––フィールド[シスタス地方]––––


「結局、反抗期というより、ロムスが連絡しないからねてるだけみたいだったね」


 村を出て、僕はドMでロリコンでシスコンで変態のロムスにそう言う。


「へへ、ミスティは本当に可愛いやつだぜ。よく考えればあんな素直なミスティに反抗期なんか来るわけないしなあ。初めから気づいておけばよかったぜ」

「ロムス。1ついいか? ひっかかることがあるんだが」

「なんだ?」

「ロムスはミスティのスキルを書き換えたな。私の見たところ、ロムスが書き換えたのは今後獲得するスキル全てに適応される上位概念であり、しかもミスティはそれをすぐに習得してみせた。––––前回私が書き換えてもらったとき、下位概念でかつ時間がかかるのはレベルが足りないせいだと言われたはずだが、戦闘経験がないはずのミスティが私よりも高次なことを成し遂げたのは何故だ?」

「あ〜、バレてたか。……さすがソフィーだな」


 ロムスは嬉しそうに話し始める。


「ミスティは戦闘経験がないだけで、能力はもともと凄え高いんだよ。レベルは70くらいあるはずだ」

「な、70だと!?」


 ソフィーと同じく僕も驚いた。チートで数値がバグっている僕は例外として、70というのは極めて高い数値だ。


「生まれつき魔法の才能が高いやつでなあ、ミスティは。そういうところも可愛いんだが……。ほら、俺、キューティクマさんの位置を勘で当てたって言っただろ? あれも、出発前にミスティから魔力だけ借りて探知してたの」

「なんと……!」

「ちょ、ちょっとまって」


 言っていることが正しいとすれば、また謎が1つ増える。


「だとしたら、森でミスティに火炎魔法を撃たれたのに耐えていたのは? それに、MPも低レベル冒険者と同じくらいすぐ尽きてたし」

「おいおい……イヅルは妹エアプか?」


 最高に気持ち悪い笑みを浮かべてロムスは言う。


「ミスティが、お兄ちゃんに、家族に本気で魔法撃つ訳ないじゃんか」


 まじで無理だわ……とクロアがいよいよ言葉をこぼした。そしてまた容器に入った液体を飲んだ。

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