№5 イゾノ家、出征

№5 イゾノ家、出征

 その晩は結局大宴会になった。もうダンジョンを攻略した気になっているイゾノ家のメンバーとの温度差を感じながら、マッスォは味のしない葡萄酒を喉に流し込んで話を合わせた。


「わはは、これで我が家も安泰だ! マッスォくんも頼むぞ!」


「兄さんがパーティリーダーだね!」


「あらあら、頼もしいこと」


「頼んだわよ、あなた!」


 みんながマッスォの働きに期待している。へらへらとうなずきながら、マッスォは早くひとりになりたかった。

 

 宴会が終わって自室に帰ると、マッスォは途端にベッドに飛び込み、布団をかぶって震え出した。


 自分がなんとかしなければならない。でなければ破滅だ。破滅はいやだ、けどダンジョン攻略なんて無理だ。絶対無理だ。どう考えても冒険者でもないイゾノ家ができることではない。マッスォだって戦える気がしない。しかしやらなければ一家離散どころの騒ぎではない。やらなければ。自分がやらなければ。


 いつの間にか口に出してぶつぶつとつぶやいていると、サザウェも寝室に帰ってきた。尋常でないマッスォの様子に、サザウェは息を呑んで、


「どうしたのあなた!?」


「……破滅はいやだ……いやだ……けど無理だ……絶対無理……でも僕がやらなきゃ……僕が……」


「あなた、しっかりして!」


 完全にノイローゼになっているマッスォの布団を、サザウェは容赦なく引っぺがした。身を守るようにベッドの上でからだを丸くして、マッスォは震えていた。


「不安なのはわかるけど、頑張りましょう! ここが踏ん張りどきよ! 家長であるあなたが先頭に立たなくてどうするの! ほら、胸を張って!」


 むりやりにマッスォを引っ立て、がくがくと肩を揺さぶるサザウェ。すっかりたましいが抜けた顔をしているマッスォは、それでもなかなか反応しなかった。


「……十日以内に……金貨100枚以上……破滅……」


「あなたならできるわよ! きっと大丈夫! 借金なんてすぐに返しちゃいましょう! 必ずダンジョンを攻略するの! あなたなら絶対大丈夫!」


 そうやって発破をかけるサザウェだったが、マッスォにとってはプレッシャーにしかならなかった。


 一家の命運が自分の双肩にかかっている。


 重すぎて身動きが取れない。


「……僕がやらないと……とにかく稼がないと……イゾノ家の未来は……破滅……マグロ漁船……人身売買……」


「ほら、もう寝ましょう! 明日ダンジョンに入ったらきっと気持ちも切り替わるわ!」


 早々にランプを消したサザウェは、強引にマッスォに布団をかぶせると自分もそのままいびきをかき始めてしまった。


 明日が決戦の日だ。


 出足ですべてが決まる。


 失敗は許されない。


 がーがーといびきをかくサザウェの隣で悶々としながら、マッスォはすっかり目が冴えてしまって、結局夜明けまで眠ることはできなかった。




 そしてやって来た翌朝。


「いい攻略日和だ!」


 朝日を受けて禿頭をさんさんと輝かせながら、太刀使い・ナミーへが館の前で声を上げる。


「みんな、忘れ物はない?」


 ローブに身を包み、なぜか杖代わりのお玉を手にしながら、賢者・フィーネがにこやかに確認した。


「うん! 私もがんばるね!」


 同じような装備の賢者見習い・ワカーメが真新しい杖を握りしめ答え、


「へへへ、お宝ってどんなのだろうなあ!」


 身軽な装備に短剣と各種小道具を携えたシーフ・カッツェが鼻の下をこすりながら言う。


「ネコババするんじゃないわよ!」


 そんなカッツェをにらむのは、革のツナギに虎の爪を装備した格闘家・サザウェ。


「ダマもいっしょにいくですー!」


 にゃーん、と鳴く巨大な白虎の背に乗るのは、小さなローブを着せられた召喚士・ダラウォ。


 そして、不眠と不安で青い顔をしている剣士にしてパーティリーダー・マッスォ。


 ダンジョン攻略のためのメンバーはこんなところだった。


 正直、子供は置いていこうと言いたかったが、当の子供たちが行く気満々だったので止めることはできなかった。それに、頭数は多い方がいい。


 これから死地に向かうというのに、イゾノ家の面々はまるで遠足にでも行くように呑気だった。


「おやつあるですかー?」


「もちろんばっちりさ!」


「母さん、早速ヒロポンをくれないか?」


「お父さん、まだ気が早いですよ」


「私もお母さんみたいに魔法使うんだー!」


「わはは! ワカーメも成長したな!」


「本当に忘れ物はありませんね? ハンカチは持った?」


「母さん、今日はデパートに行くんじゃないんだから!」


「そうだよ! 姉さんもいつもの珍妙な化粧してないしね!」


「カッツェ!」


「へへへ、こいつは失礼しました!」


「ままはおけしょうしてもしなくてもおなじですー」


「……ダラちゃん、それはどういう意味かしら……?」


「姉さんは元から美人だって言いたいのよ、きっと」


「あらー、ダラちゃんたら!」


「やめなよワカーメ、姉さんたらすーぐ調子に乗るんだから!」


「あんたに言われたくないわよ!」


「これこれ、やめなさい」


「そうだぞ、みんな仲良く!」


 わいのわいのと騒ぐ面々の輪の中に、マッスォはどうしても入れなかった。


 この呑気な一家とは相容れない。どういう状況かわかっていないのだから。背負っているもの、感じているプレッシャーからしてマッスォだけは違うのだ。


 死ぬかもしれない。死ぬよりひどい目に遭うかもしれない。そうでなかったとしても、タイムリミットを過ぎれば破滅が待っている。どう転んでもバッドエンドにしかたどり着けないのだ。


 悲劇へ向けてまっしぐらだというのに、この一家ときたら、ちょっとした旅行にでも行くような気でいる。行楽気分でないのはマッスォだけだ。物見遊山でもあるまいし。


「よし、みんな、装備は整えたな?」


 ナミーへが太刀を担ぎ直し、こぶしを掲げる。


「それでは、ダンジョンに向けて出発だ!」


『おー!』


 同じように手を挙げて、イゾノ家はぞろぞろと館をあとにした。


 その最後尾を絶望の表情で歩いていると、サザウェが、ばしん!と背中を叩いて、


「ほら! パーティリーダーが先頭を歩いて!」


「ぼ、僕はパーティリーダーになったつもりは……」


「そうだぞマッスォくん! ここはひとつ、花道の頭を張ってくれ!」


 あれよこれよという間に担ぎ出されて、マッスォはイゾノ家を率いて歩くような格好になった。


 なんだか落ち着かない……


 望んでもいないのにパーティリーダーなど任されて、たまったものではない。自分はリーダーなどという器ではないのだ。とてもこんなアクの強いメンバーをまとめていける気がしない。


 そもそも『お客さん』『よそ者』の自分が旗頭となってはいけないのだ。あくまで日陰者として生きていかなければならないのに、強制的にこんな表舞台に立たされて、どうしたらいいかわからない。


 ないない尽くしのこんな男にリーダーなど任せているようでは先が思いやられる。


「もんすたーってどんなのですかー? ままみたいなのですかー?」


「ダラちゃん……?」


「へへへ! きっと姉さんの方がおっかないよ!」


「カッツェ!」


「どんなものかは知らんが、ワシの太刀の前では無力! ばっさり斬り捨ててくれるわ!」


「まあお父さんたら、年甲斐もなく。けど回復役は任せてくださいね」


「私もがんばる!」


「こりゃ僕も負けてられないぞ! 罠の解除なら任せてよ!」


「私だってやってやるわよー! カッツェなんかに先を越されてたまるもんですか!」


「その負けん気の強さで暴走しないようにね、姉さん!」


「するわけないでしょ!」


 運動会じゃないんだぞ……危機感がなさすぎる……


 マッスォは一家の先頭をしょぼくれた顔で歩きながら、どこまでも行楽気分のイゾノ家全員分の憂いと不安を引き受けてため息をつくのだった。

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