…
先ほどのスタッフが現れ、手際よくデカンタからカップにコーヒーを注いでいるあいだ、紗良は黙り込んでいた。
スタッフが去り、彼女は周りに目を走らせると、少し声を潜めた口調に変わった。
「それでね」
思わず悠真は前のめりになる。
「今日の本題」
「もう本題に入っているのかと思った」
「それなら、LINEや電話で済ませていたよ」
悠真は探るような目を彼女に向けると、そこには先ほどまでの笑顔は微塵もなかった。
「あのさ、安村君さ」
「ん?」
「早瀬君は、SNSで再会してから安村君と連絡取った?」
「いや。なんで?」
そもそも悠真には、安村とメッセージのやり取りをする頭は鼻からなかった。
紗良は、目だけを左右に大きく巡らせたあと、ちらりと正面の悠真を見たと思ったら、うつむいたきりだった。
何か言いかけては黙り込む彼女に掛ける言葉が思いつかない。悠真は彼女が話し出すのを待った。
間を埋めるように熱いコーヒーに口をつけ、そのあとピッチャーのミルクを足した。
やがて、紗良がおもむろに顔を上げた。
「あのさ、実は」
「ん?」
「安村君を呼び出す目的で今回のOBOG会の幹部をお願いしたんだ」
悠真は、首をかしげた。
まさか派手好きでやたらと社交的な紗良が、あの笑顔のない引きこもり気質でアラサーオタクの安村に興味があるとは到底想像もつかなかった。
「安村君、今、何の仕事してるか、知ってる?」
過去の友人関係とは無関係に過ごしている自分が、学友の誰が何をしているかなんて知りはしないし、考えたこともない。
そもそも安村が関東に移住して都内に勤務していることも、紗良の話で初めて知ったくらいである。
紗良によると、安村の現職は製薬会社の営業職らしい。
彼が出入りしていた企業内の開発グループである研究施設で、先日重大なトラブルが発生したという。
ワクチンの開発目的で保有していた新型ウィルスが、突然現れた外部からの侵入者により貯蔵庫から持ち出されそうになった。
駆け付けた警備員らと侵入者らが乱闘となり、その際ウィルスの入った収納容器が破損して、内部のウィルスが流出する騒ぎとなった。
その場にいた警備員と捕まった侵入者は合わせて十人いたが、全員感染が確認され、まもなく高熱を伴った呼吸器系の機能低下等を発症し、10日から2週間で全員死亡したらしい。
その貯蔵庫のあったフロアにいた別の部屋の研究員ら数人も遅ればせながら検査を受けると、ほぼ全員の感染が判明した。彼らは緊急に隔離されたものの、検査対象になるまでは毎日公的交通機関で帰宅している者もいて、新たに感染が広がっている可能性があり、まずは研究員の家族の検査が始まった。
感染 事件翌日にミーティングしていた安村もその検査対象となっていたが、あろうことか、検査直前に無断欠勤で行方をくらましていることが判明した。
企業の従業員情報をもとに複数の会社関係者が捜索したが、居場所はつかめず、記載されていた住所も架空だったという。
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