3.休憩室とサンドイッチ

 休憩室にはエルネストとルーカスの二人きり。

 コーヒーを飲んでサンドイッチを咀嚼する音だけが響いている。

 休憩室のコーヒーメーカーはそれまで泥のようなコーヒーしかできなかったものを、カプセル式の一杯ずつ入れる美味しいコーヒーに変えるために、ジャンルカが私財を投入して買ったものである。

 イタリア系のジャンルカにとって、コーヒーが美味しくないということは許せなかったようだ。


 ジャンルカはイタリア系だが、エルネストは名前からしてフランス系だろうか。

 この合衆国には様々な土地をルーツとする人々が暮らしている。


「デュマは……」

「エルネストだよ」

「デュマは、前の相棒とは長かったのか?」


 言い換えさせようとするエルネストに意地でも拒否して、ルーカスは問いかける。少し考えて、コーヒーを一口飲んでエルネストは答えた。


「ずっと一緒だった。警察学校に入学する前からずっと」

「そんなに長く他人と付き合えるものなのか!?」


 自分ならばあり得ないと驚いてしまったルーカスに、エルネストは小さく笑う。


「幼馴染だったんだ。警察学校の寮でも同室だった」


 その物言いに、ルーカスがいくら鈍いとはいえ、感じ取れるものがあった。

 エルネストとその相棒は恋人同士だったのではないだろうか。

 幼いころから一緒にいて、警察官を志した、同じ人外。人外同士が幼いころに出会うというだけでもとても稀有なケースだ。

 人外の数はそれだけ少ないのだ。


 人外は人間に紛れて生きている。

 普段は人間のふりをしているが、獣の本性を見せると、人間からは認識されなくなって、人外同士でしかトラブルの解決ができない。そのためにどの州の警察にも人外課が作られているのだ。


 人外同士が惹かれ合うというのも、ルーカスは経験がなかったが、よくある話だった。

 人外は人外としか分かり合えない。人間と結婚しても、獣の本性になることがあれば、伴侶にすら認識されなくなる。

 人外はひとのことわりから外れているので、獣の本性になった瞬間からひとには見えなくなって、存在も認識できなくなってしまうのだ。


 そういう孤独を抱えているからこそ、人外は人外同士でカップルになることが多い。


「食べ終わったから、もう行っていいか?」

「休憩時間はまだ残ってるよ? 足りなかったなら、自販機で買えばいいんだし」

「足りなくない。ただでさえ昼は食べないのに無理やり食べさせられて」


 文句を言えばエルネストが笑っている。


「でも、少しだけ食べると、お腹が空いてくることってない?」

「俺はそういうタイプじゃない」

「サンドイッチ、もう一個分けようか?」

「いらないと言っている」


 どれだけ素っ気なくしてもエルネストはルーカスに人懐っこく話しかけてくる。ルーカスは迷惑だったが、エルネストは金色の目を輝かせて嬉しそうにしている。

 そういえば、エルネストの獣の本性は何なのだろう。獣の本性は本来とてもプライベートな問題で、隠しているものも多いし、ルーカスは現場で仕方なく獣の本性を見せたもの以外は、コミュニケーションを取るわけではないので獣の本性を知らない。

 相棒なのだから知っていた方がいいのではないかと思われるが、獣の本性を聞くということが、相手のプライバシーに踏み込むような問題にもなってしまいかねない場合があるので、ルーカスはどう言い出そうか迷った。


「俺はチーターの本性を持っている」


 結果として、まず自分の本性を明かすことからルーカスは始めた。


「俺は自分の本性を隠すタイプじゃない。デュマはどうなんだ?」

「僕も自分の本性は隠していないよ。僕は狼。白銀の毛並みの狼だよ」


 あっさりとエルネストが答えたのには拍子抜けしたが、ルーカスは答えを聞いて目を見開いてしまった。


「お、狼ぃ!?」

「うん、そうだよ」


 何事もないようにエルネストは答えているが狼がどれだけ希少であるかエルネストも知らないわけではないだろう。当事者だから当然知っているに決まっている。

 狼は群れを大事にする習性を持つので、人外の中でも一か所に集まって暮らしていて、エルネストが小さいころから一緒にいたという相手は同じ群れの狼に違いないだろう。

 狼のつがいは非常に絆が強く、一生を同じ相手と添い遂げるという。


 もしも、エルネストが相棒と番になっていたのであれば、相棒と引き離されることは非常に苦しかっただろう。相棒が現場に出られないと知って、泣く泣く隣りの州に来て、他の相棒を探したのかもしれない。


 それにしても狼というのは意外だった。

 群れを非常に大事にする狼は、狼同士でしか相棒関係を組まないと思っていたのだ。


 よく考えるまでもなく、希少な狼が何人も警察にいるわけがないので、エルネストも相棒が現場に出られなくなったときに、狼の相棒以外を選ぶという局面に迫られたのだろう。どうしようもなくなってエルネストはこの州の警察署の人外課に来て、ルーカスと相棒関係を組むことになった。


 狼ならばエルネストの態度も理解ができなくはない。

 狼は非常に愛情深く、群れの仲間を大事にする。

 相棒になった時点で、ルーカスはエルネストの中では群れの仲間扱いだったのかもしれない。


 群れの中に迷い込んできたチーターにも親切に自分の弁当のサンドイッチをひと切れ分けてくれるエルネスト。

 本当は同じ群れの出身の相棒とずっと一緒にいたかったはずなのに。

 ルーカスは思わず椅子から立ち上がっていた。


「お前が狼でもなんでも、俺は自分の思うようにしか動かないからな!」

「それをサポートするのが相棒の僕の役目でしょう?」


 当然のように言って微笑むエルネストにルーカスは調子狂ってしまう。

 エルネストはルーカスが遠ざけようとしても、距離を詰めてこようとする。自然に近寄って、いつの間にかエルネストの調子に巻き込んでしまおうとする。

 デスクに戻って書類仕事の続きをやるルーカスだが、昼食を食べたのにエルネストの言うとおりに眠くなっていないことに気付く。

 コーヒーを一緒に飲んだのがよかったのか、エルネストと話している間少し休憩室で休んだのがよかったのか。


 テーブルとイスと自販機とコーヒーメーカーと冷蔵庫のある休憩室には、ルーカスは長い間行ったことがなかった。昼食で休憩を取るなんて非効率的だとしか思えなかったのだ。

 それが今日はエルネストに巻き込まれて休憩を取ってしまった。


 昼の時間を使ったので残業になるかもしれないと思っていたルーカスだったが、仕事を続けると、意外と早く仕事が終わってしまう。


「バウンド、この書類、処理してくれ」

「こっちが終わったら、中身を確認してボスに持っていくわ」


 一度は相棒にもなったのに、ルーカスはアーリンのことも名字でしか呼んでいない。ルーカスが名前で呼ぶのは尊敬するジャンルカだけだった。

 そのことに関しては、人外課の全員が諦めている。


「ルーカス、こっちの資料と現場検証の結果が一致してるか、見てくれる」

「分かった」


 仕事だから仕方がないと、ルーカスは休憩から戻ってきたエルネストのデータを確認した。

 容疑者の逃走に使われた車のタイヤの跡と、捕まった容疑者が乗っていた車のタイヤが一致するかをデータで重ね合わせて照合する。エルネストは前の州とやり方が違ったので、どうやっていいか分からなかったようだ。


「一致してるな。間違いなく、逃走に使われた車だ」

「バンパーについていた血痕と、車内から出た血痕は犬の血だった」


 エルネストの言っていることを聞いてルーカスはすぐに気付く。


「犬の人外か」

「そうだと思うんだけど、犯人は自分が轢いてしまった野良犬の血だと言っている」

「参ったな」


 犬の正体を持つ人外が行方不明になっていて、捜索願が出されているのだが、犬の正体を持つ人外を轢いてどこかに連れ去った容疑者は、犬の人外の居場所を教えないのだ。

 車に轢かれたのならば、人外であろうとも大怪我を負っているに違いない。

 捜索の時間が長引けば長引くほど、犬の正体を持つ人外の命は危険に晒される。


「容疑者の携帯電話の位置情報から、どの辺を移動していたかを推測できないか?」

「科学捜査班に聞いてみる」


 一刻も争う事件が起きている。

 すぐにでも車を出したいのだが、まだ場所が分からない。


「俺が取り調べをする! 容疑者に吐かせてみせる」

「落ち着きなさい、ルーカス! あなたの態度は容疑者を頑なにさせるだけだし、他の警察官の邪魔になるだけよ」


 アーリンに止められて、ルーカスは内心舌打ちをしながら椅子に座った。

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