第071話 地味な作業
山登りをせずに引き続き、歩き始めた俺達は眺めを楽しみながら進んでいく。
「ハルト、ジュリア、ほれ、お茶じゃ」
サクヤ様がコップに入ったお茶をくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……冷たいですね。これ、どうしたんです?」
ジュリアさんがサクヤ様に聞く。
「冷蔵庫にあるお茶じゃ。いまだにウチにおるタマちゃんが淹れてくれた」
まだいたのか。
「タマヒメ様にもお礼を言っておいてもらえますか?」
「うむ。伝えておく」
「お願いします……なんか魔力を感じませんか?」
「感じるの」
俺は感じませんよ?
「またベビードラゴン?」
「いえ、違います。そもそも魔物ですかね、これ?」
さあ?
「生物じゃないのう。行ってみよう」
よくわからないので2人についていく。
ちょっと歩くと、2人が立ち止まり、山側斜面の露岩をじーっと見た後に触れ始めた。
「ここですよね?」
「うむ。なんか魔力を感じるの」
あ、鳥さんだ。
何て名前だろう?
「何でしょう?」
「うーむ……例のルージュ石か?」
空を飛ぶ魔法の練習でもしようかな?
昔、そういう魔法が使える人に組合で会ったことがあるのだ。
「ありえますね……」
「ハルト、ハルト、ちょっといいか?」
サクヤ様が手招きして呼んでくる。
「何でしょう?」
「いじけているところを悪いが、この辺りを魔法で砕いてくれんか?」
サクヤ様が岩肌を指差した。
「いじけてませんよ」
「いじけておるだろ。別におぬしは魔力感知ができんでもいいじゃろ。他が優れておるし、そういうのが得意なジュリアがおるのだから任せればいい。助け合いをしていくのが仲間であり、家族ぞ」
まあ、そうだけどさ……
「その感じる魔力とやらはどれぐらいの深さです? あまり強い衝撃は崩壊や落石を引き起こすので危険ですよ?」
「そこまでの深さじゃない。軽くでいいぞ、かるーく」
その匙加減がわからないんだが……
感覚で言わないでほしいな。
「わかりました。ちょっと下がってもらえます? あ、ジュリアさんも。石とかが飛ぶかもしれないからさ」
そう言うと、2人が下がっていったのでサクヤ様が指差していた岩肌に触れる。
「…………ジュリアさん、衝撃って英語でなんて言うんだっけ?」
魔法名を考えてなかった。
「インパクトですかね?」
さすがは大卒。
「インパクト!」
魔力を手に込め、魔法を使う。
すると、一瞬、目の前の岩肌がぐにゃりと歪んだように見え、直後、表面の岩がばらばらと落ち、30センチくらいの穴が開いた。
「すごい……」
「どういう原理じゃ? おぬしは本当に天才じゃの」
そうですかね?
あ、いや、そんなことより……
「赤いのが出てきましたよ。というか、真っ赤」
目の前には太陽の光を反射し、きらりと光る真っ赤な結晶みたいな塊が現れていた。
しかも、まだ全貌が見えていない。
「ルビーみたいですね。すごく綺麗です」
「間違いなく、ルージュ石じゃろうな」
俺もそう思う。
「どうします? 砕いていきますか?」
「もったいなような気がするのう……周りを削って、それだけを取り出せんか?」
「ちょっと時間をもらいますよ? 細かい作業になるんで」
「よい。我はここで見学しよう」
まあ、サクヤ様に働かせる気はないけどさ。
「じゃあ、やってみます。ジュリアさん、見張りをお願い」
「わかりました」
ジュリアさんが頷いたので先程のインパクトよりも威力を下げ、ルージュ石の周りの岩を削っていく。
その間、サクヤ様は応援するだけだったが、現れたベビードラゴンをジュリアさんが倒していった。
「ベビードラゴンはその辺に置いておいて。後で魔石を回収するから」
「わかりました。端の方に置いていきますね」
ジュリアさんはそう言ってベビードラゴンの尻尾を掴み、山側に寄せる。
すごくワイルドだ。
「ジュリアー、アイスを食べるかー? タマちゃんが罰ゲームで買いに行かされてるから異世界にいるジュリアにも買ってきてあげるって言っておる」
タマヒメ様は優しいなー。
「えっと、罰ゲームですか?」
「ノルンにレースゲームで負けたらしい」
ノルン様、容赦しないだろうしなー。
「楽しんでいるんでしょうかね、それ……えっと、もらいます」
「うむ」
サクヤ様が頷いた後もひたすら岩を削っていく。
「ジュリア。ほれ、アイスじゃ」
「ありがとうございます。タマヒメ様にもお伝えてください」
「わかった。ハルトー、お前の分もあるぞ」
え? そうなの?
振り向くと、たい焼きのアイスを食べるサクヤ様がスイカのアイスを持っていた。
「ありがとうございます」
「べ、別にあんたのために買ったわけじゃないから! ジュリアのついでよ、ついで!」
「何ですか、そのツンデレは?」
タマヒメ様がそんなこと言ったの?
「罰ゲームだそうじゃ」
あの神様達は何をしているんだろう?
というか、タマヒメ様、めっちゃ負けてない?
「ご厚意に感謝致します。タマヒメ様の優しさに感激しておりますとお伝えください」
「うむ。しかし、アイスが美味い時期になったのう」
もう5月の中旬だ。
ここは標高が高いし、風もほどほどにあるのでそこまでだが、昼間は結構、暑い。
「そうですね。年々気温が上がっている気がしますし、今年も暑いんでしょうね」
「最近は普通に35度を超えますもんね」
ホント、ホント。
「やはり来月は水の国かの?」
「涼しそうですもんね」
「良いと思います」
ジュリアさんは水の国推しだったもんな。
俺達はその後、アイスを食べ終えると、作業を再開した。
ジュリアさんはたまにやってくるベビードラゴンを倒していき、サクヤ様は応援してくれる。
俺も型抜きみたいな地味な作業を続けていくと、ようやくルージュ石の結晶が採れた。
「あー、疲れた」
「お疲れ様です」
「すごいのが採れたのう」
俺の手の中には50センチくらいの長方体の結晶がある。
「大変でしたけど、すごく綺麗ですね」
「あっちの世界で高く売れそうですよね」
確かに。
ルビーってことで売れないかな?
「それはやめとけ。成分が違うじゃろうし、大騒ぎになるぞ」
それもそうか。
「こっちの世界の料理は美味しいし、それを狩ってあっちで店を出せば絶対に儲かると思ったこともありますが、マズいですよね?」
「無理じゃろ。消費者庁なんかが飛んでくるぞ」
ですよね。
「こっちはこっち、あっちはあっちで割り切りましょう」
やはりそれだな。
よく言えばメリハリがあるから楽しいのだ。
「それもそうだね」
「うむ。いい時間じゃし、昼にするか?」
サクヤ様に言われて時間を確認すると、12時前だった。
「昼はどうしましょう? 何か作りましょうか?」
「そうじゃの……ウチでゲームをしておる暇な神もおるし、帰って何かを作るか」
まあ、神様は何かをすることはないからな。
ただ、そこにいてくれればいいのだ。
「ハルトさん、一緒に何か作りませんか?」
ジュリアさんが提案してくる。
「そうしよっか。じゃあ、帰ってスーパーでも行こう」
「はい」
「よし、では、帰ろうかの」
俺達はジュリアさんが倒したベビードラゴンから魔石を回収すると、家に戻ることにした。
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