第35話
(結構な衝撃でしたね。まさか火傷半裸が女性であったとは......)
勅使河原は冷静に状況の分析を始める。いきなり燃え盛る女性ものの下着を見せられたかと思えば、すぐに状況把握に努めるその姿勢は、彼女が未来機関でも優秀な存在であるということがうかがえる。
(いきなり下着を放り出してきたものはいいとして、そもそもなぜ星ヶ宮さんは彼女との魔術抗争を止めなかったのでしょう?ランカーのとしての責務、治安維持に興味がないのは重々承知でしたが、彼女とてあまり面倒ごとは好まない性格のはずですし.......それとも、似たような神羅、能力者を見て単純に力比べをしてみたくなったのでしょうか。炎羅を持つものとして、裡には闘争心が激しく、衝動を止められないような方々同士ですし、その方がしっくりときますね)
単純に星ヶ宮と火傷半裸は同じく神羅の属性で言えば炎羅を持つ者同士である。火傷半裸の身に沸き起こる炎が、自身の魔術によるものだと考えれば当然の判断である。実際には、その炎は来栖シュカ由来の能力によって作り出された疑似炎のようなものであるが。
性格や自己の意識が神羅の属性と一致している以上、性格が魔術にフィードバックすることを踏まえれば、彼女たちの魔術抗争の原因としては、勅使河原の中ではしっくりとはまる。
要はどっちが強いか白黒つけようぜ!から始まる幼稚な児戯である。いくらランカーという強力な能力者であっても、まだ精神的には未成熟。自己の存在を刻み込むためならば、見境のない少年期。それもランカーとしての力という土台でなめられてしまうことに、星ヶ宮は看過できなかったという幼稚な話だ。
(これだからランカーの制度はだめなのです。精神が発達していない未熟者が能力だけでなく権力をつけてしまえば、暴走することは目に見えています。力には目に見える力だけで対応するのは、あまりにもナンセンスです。星ヶ宮のような者だって存在する以上、徹底管理するのは私たち未来機関の人間だけでいいのに)
ふう、と勅使河原はため息をつく。空に軌道を描く神木には見えていないものの、何か気落ちしていた状態だけははっきりと伝わっている。
「なるほど、星ヶ宮さんと魔術抗争し、拮抗するレベルとは本当のようですね。不意打ちとはいえ、私の能力からもこうもあっさりと脱出されているのですから。」
ポツリとこぼしながら、彼女は魔術の力の根源。右手に握る刀の柄にアニマを再度注入しなおす。先ほどまで中断されていた、ゆらゆらと動く流動体が、瑠璃色の粒子を纏いながら、再度刀身となり果て、刀の輪郭を作っていく。
「しかし、もうその不意打ちは通用しませんとも。先ほどとはも応状y甲が違います。一度抜け出せたからと言って、以前ここは結界の内側、私の魔術の支配下なことには変わりありません。」
上京としてはおおむね彼女の言ったとおりである。神木は依然硝碑の結界の内側で不利な状況にいることは変わりない。そして勅使河原の持つ硝碑とも合わせて、彼女の行動範囲を縮めていく。さらに――
(―――あの時よりも、さらに体も重くなってきた!)
彼女は刀の柄に多くのアニマを流している。その量は不意打ちで中断させた時よりも多くのものを。
結界が彼女の歩みと併せて小さくなっていくのに対し、彼女はそこに流すアニマの量を増やしている。それだけ張り巡らされた結界の運動エネルギーを固定する力は大きく働く。勅使河原の魔術で構成された刀身を除き、運動エネルギーは収縮の道をひたすらに突き進む。
それはアニマ以外のもの、たとえば勅使河原自体の運動エネルギーも奪っていく。魔術を発動している張本人だけあって、その影響は神木哀よりも緩やかだが、当然あまりにも流し続ければ、彼女とはいえその影響をもろに受けることがある。
しかし、その方法にももちろん対策はある。それが今現在、彼女が神木に勘違いさせていることである。
(なら、結界が狭まる前に、ここから脱出する必要がある。この動きを止める結界も、彼女が結界の中にいるなら、もう一度タイミングを図って狙えば、それも不可能じゃないはず......魔術の輪郭の一部が、今はうんともすんとも言わない彼女に委ねられている以上、私のアレが正常に作用するとも限らない。でも、どこかで一課バチにかかける必要は必ず出てくるわね。)
神木は小さく舌をなめる。次なる一手は必ずある、と。
「魔術結界の強度を上げているのにも関わらず、速度の現象が比較的緩やか......まだその顔までは捉えることが出来ませんね。ということは、彼女もアニマの流す量を増やし、魔術強度を増幅させてきたのでしょう。」
勅使河原の結界に反発するように、神木はアニマの量を上昇させる。それによって空気の面との反発回数を増やし、先ほどよりも柔軟に加速と方向転換をすることが可能となっている。
しかし、それは彼女自身のアニマを削減させることに外ならない。つまりは短期で決着をつけ、逃走を図る。そういった意思表示に他ならない。
勅使河原はにやりと嗤う。彼女の拘束の条件は満たされる。其れの最後のピースがそろったことの核心である。
魔術が厄介であるならば、単純に魔術を使えなくさせればいいのだ。どんなに優れた能力者であっても、それを発動さえさせなければ遅るるに足りない。所詮は無垢な少年少女たちだ。単純な身の衝動にかられ続けるだけでは長生きできないのだ。
魔術の構成要素は二つ。想像力から隆起した魔術の構成要素のかなめである輪郭。そしてそれを注入するアニマである。
故に、魔術を崩壊させるのであれば、その片方だけでも満たしてやるのが効果的である。どれだけおいしいインスタントのカップスープがあったとしても、どちらかがなければおいしく頂くことは出来ない。
つまり、彼女の言っていた「拘束の条件は満たされた」とは、結界を張ったことによって、魔術の動きと実際の彼女の運動エネルギーを奪うことの確定を意味していたのだ。
先の「青糸の髪」で拘束していたのは、その影響を勅使河原の想定よりも早く神木が感づいたことで、条件を打ち破らんとしていたがためにその行動を取ったのだ。そして今回、同じく魔術の結界の主である彼女からその支配権を消去させるために、アニマの出力を上昇させ、その下準備に入っている。
もう一度だけ、彼女の不意を衝くスピードで突進し、走り去る。その準備としての助走である。彼女から一瞬でも結界の支配権を放棄させることが出来れば、後は星ヶ宮にアフターを任せて走り去る。おそらく、神木自身と勅使河原以外は結界に干渉していない。
(―――とか考えているのかしらね。魔術に対する理解もそこそこあって、観察眼も持ってる。そして突進しただけでもわかってけど、その行動に対する思い切りの良さ。そりゃあ能力者として秀でているわけですよね。それだけのことを考えながら処理できる脳のキャパと要領の良さ。要領と容量は魔術に限らず、どこにおいても非常に重要な構成ですから。)
勅使河原は上期の容量の良さをすべからく高く評価する。それは彼女が敵対していても平等に的確な評価を下せるということも、彼女が絶対の平等を掲げる未来機関の人間だからというわけでもない。単なる事実を淡々と脳内で思い描いているにすぎない。
(でもだからこそ、彼女はこれはわからない。現実的に優秀である、ということは、こと魔術の現象の理解においては足かせにしかならない。魔術自体を深く分析することが出来たとしても、それ分けにとらわれていては、枠組みの中で踊るだけなのだから。)
勅使河原はいまもなお動き回り、千載一遇の機会をうかがう神木に対して、目をつぶる。腰を少し落とし、抜刀の構えを取る。背中側に得物を納め、ゆっくりと暴虐のそれを魔術が、それが発散される時を今か今かと待ち望む。
そんな万全の状態のカウンターを繰り出さんとした勅使河原に対して、神木は勝機を見出す。
(アニマでできた刀身が抜き身の状態で出ていても、そこから抜刀するまでの若干のタイムラグがあるはず。反発を繰り返して加速をしながら、あの人に結界を解かせる!そのためには―――)
さらにアニマを籠める。神木哀はさらに加速するために、空気の面に触れる回数と、脚力の増幅を図る。
(最後に逃げ切るだけの力を残して、後はここに全ぶっぱする!逃げているだけでもジリ貧だし、それ以上考えるのは意味がないから!)
彼女は限界まで加速する。最後に一度、この結界から逃走するためだけのアニマ以外をこの場所で使い切らんとする勢いである。
対して、勅使河原も刀の柄に込めるアニマを増やし、ゆっくりと歩く。結界内の体積の縮小とともに、運動エネルギーも徐々に力を失っていく。
神木哀が加速しきるのが先か、結界の力が最大まで強まるのが先か――じりじりと均衡が崩れていく。このままでは神木の拘束は確実である。
故に――先に均衡を破るのはやはり、神木哀になる。最大まで加速しきった状態で、最小の結界の影響を受けるベストなタイミングを見図っていたのだ。
その時の彼女は価値を確信する。小さなある一言を聞くまでは
「え......」
勅使河原は小さくつぶやいた。「硝碑、解除」
―――結界が崩れるがそれは大した問題じゃない。重要なのは、神木自身は限界まで加速しきっている状態であり、それがしかも硝碑の結界の順応化であったということである。
「ぐう!か......はぁ!!」
必然的に速度は彼女の制御できる状態を超えている。原則は間に合わず、今度はしっかりと地の面にダイナミックエントリーを敢行した。
その隙を見逃さず、勅使河原は呟く。勝利者にふさわしい優美な声で以て。
「青糸の髪、発動。」
神木めがけて瑠璃色の流動体がまたしても体に巻き付く。蚕の繭のようなそれが彼女の体を拘束するのに、そう時間はかからない。
「悪く思わないでくださいね。あなたは炎羅の人間らしく、単刀直入でまっすぐな方です。そのままだと流石に手が付けられないので、絡め手をつかわせてもらいましたよ。」
じろりと神木は目でその声の主を追う。勅使河原はっ其誇りに恥じぬように胸をぴんと張り、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「硝碑の結界自体は、アニマさえ込めなければ、結界の条件を満たせません。そして、未来機関から与えられるこの硝碑は、結界の構築までのタイムラグがあります。ちょうどWi-Fiを新しくつなぐときのようなそれが。だから、今回あなた自身を利用させてもらいましたよ。」
神木の拘束を確実なものにするための最後の条件。彼女が最後まで狙っていたものは、彼女自身が全力のアニマを以てその魔術を使ってくれることであった。
硝碑の結界に、使用者が直接結界の中に入って調節するようなことをすることは、基本的にはない。
例えば、勅使河原と相対しているものが星ヶ宮のような遠距離タイプであれば、このような徐々に距離を狭めるような愚は侵さない。彼女が媒介しているものが血であるために、流血によっていつでも彼女優勢の状態が作られる。
アニマによってつくられたものが、硝碑の結界の影響を受けないことによって、星ヶ宮と対峙することはデメリットが多すぎる。壊血壊血竈≪エチエチカミノ≫によって起こる爆発は、媒介が血とは言え、現象としての爆発はアニマ由来だ。故に検査することも可能になっている。実際に今回、MPSおよび調査機関が調査を行ったとき、大きな黒隅の中から炎羅のアニマを判別できている。
つまり、長距離射程タイプを硝碑の結界にて拘束しようとする際、その中に入ることは自殺行為なのである。通常ならば、硝碑の結界の結界の外でじわじわとその面積を狭めていくべきだったのだ。――その結界の外に、同じく星ヶ宮がスタンバイしていなければ、の話ではあるが。
それでも、結界の中に入って直接の拘束を行おうとし、その計画は結果的に名采配であった。そのような愚を犯したのは、相対しているのが星ヶ宮のような長射程の能力者ではないためだ。今の神木のような直接戦闘タイプを拘束する手段として、最も効果的であると判断したためである。
「あなた自身がどのような認識でいるのかは別として、能力者、それもランカーレベルがこうも容易く暴れられると、私たちとして非常に困ります。治安の維持のために下賜された称号に、ふさわしくもない働きをされる方もいらっしゃいますし―――」
ちらりと横顔で星ヶ宮を窺う。すれば、遠くで見ていた彼女は、胸を張り答える。
「別に私の能力がどのような評価を得ていようと、私にはあまり関係ありませんからねぇ。勝手に期待しておいて、それにそぐわなければすぐ悪態つくのやめてもらえますか?」
そのような態度が許されているのも、彼女が本当にランカーとしての実力を兼ね備えているためである。事実、勅使河原もそのような態度をされたからと言って青筋立てて未来機関に報告し、称号のはく奪を申請しないようなことは侵していない。
(なるほど、やはり彼女とは相いれませんね。わかっていたことですが。......神羅の相性とか、そういうこと関係なしに、単純に彼女の態度があまり好みません。強力な能力を身に着けただけの、ただの子供のそれですし。)
ふう、と心の中のよどみを吐き出すように、深くため息をついた勅使河原を瞳で捉えながら、星ヶ宮は(さて、どうしようかしら)と心の中で一人ごとを吐く。
(私は多分、勅使河原さんと戦っても、多分負けないから戦闘を初めて、神木さんを奪って逃げてもいいのだけれど......おそらく勅使河原さんが気を失ったりすれば、アニマの供給が外れて拘束もほどけることだろうし。だけど......)
彼女はチラりと神木の腕に視線を送る。その先には、今何も喋ることが出来ない人工知能AIがいることは明白であった。
(多分、ここで真正面から戦闘した後のことの方が面倒くさくなるわね。私の、私たちの目標は依然”人工知能AIをバレないように持ち逃げして接続を切り離す”ことなのだから。ここで勅使河原さんを倒したところで、お抱えのもっと面倒な輩が、今度は私たちを対象に資格を差し向けることは目に見えている。だったら――)
「どうしたんですか?星ヶ宮さん。そんなに難しい顔をして.....私が、あなたではとらえきれなかった彼女を捕まえたことがそんなに不思議ですか?」
挑発気味に彼女は吐き捨てる。その心の裏には、ランカーへの敵意ともいえる曽我が混じっているのを彼女は鋭敏に感じ取る。
「いえいえ、そんなことはありませんよぉ。そんな刺々しくならないで?私も困っていたので助かりましたよ?」
にこやかな笑みを浮かべる。圧倒的美貌を持つ彼女がほほ笑めば、同性であっても、心を動かしかねない、正に満面のそれを勅使河原は「そうですか。」と軽く流す。
「さて、ここから私は、保護機関の鎖可亦の連絡を待ちます。その後、駅構内の人間の完全な非難が完了を確認次第、彼女をつれて未来機関旧名古屋支部へと帰還いたします。あなたはどうされるので?星ヶ宮さん。」
「そうねぇ。私はちょっとそこの女の子とお話があるかな。」
「何故ですか?この女学徒とあなたで面識でもあったのですか?知り合いとか?」
「知らないですよ。だからこそ、今後の参考までに、聞いておきたいことがあるんですよぉ。」
「何を、ですか?勅使河原は目を細める。若干疑いがかか手馳走だな、と心の中で星ヶ宮は判断しながら「参考までに、ですよ。」と話し洛答える。
「女の子目線から見て、どのようなところが魅力的に映ったのかをよく知っておきたいな、と考えたんです。私の魔術は男の子には抜群に効果ありますけど、女の子からの情報は女の子から死か知り得ませんしねぇ。それもこんなに猛烈にアタックしてきてくれたんです。お話位来ても、バチは当たらないでしょう?私が見ておきますから、勅使河原さんは検証現場に戻られては?」
星ヶ宮は軽く手を伸ばし、自らの戦闘の跡地へと指を指す。見れば、ここは随分と駅南東側まで移動してきたこともあり、随分と現場から離れてしまっている。
戦闘跡地にはもう七海と来栖の影はない。今戻らしても彼女らが見つかることはないし、それよりももっと重要なことがある。人工知能AIの回収である。
(神木さんから人工知能AIだけもぎ取って、彼女自身には取り調べを受けてもらうのが次善。最善は、今から彼女が復活して逃げ切ることね。神羅が私と同義内情、おそらくアニマの受け渡しも可能なはず....)
彼女の枯渇したアニマを、回復した星ヶ宮のアニマで代替し、もう一度脱出を行う。アニマの受け渡しには、様々条件がある高度な技術んお酒豪だが、神羅の一致もありパスは繋がれやすくなっている。加えて星ヶ宮は魔術に深い造形があるランカー。ぶっつけ本番でもできなくはないと考えての判断だろう。しかし、それの魔術の輪郭を持つものは――
(だから、早く起きなさいよ。神木さん、このままじゃあ.....)
「いえ、現場の検証はあちらの型が単い任せるとしましょう。其れよりも、気になることがあるのでね。」
「!...気になること?」
「ええ、明かされている限りのランカーの情報は共有されていますが、その中でも少し気になったことがありましてね。星ヶ宮さん。あなたに。」
勅使河原はすっと刀の柄に触れる。アニマが流れ、「青糸の髪」の覚醒が見える。
「個人主義で自分の崇拝者であるあなたが、なぜそこまでこの人に靡いているのですか?」
星ヶ宮はごくりと息をのむ。なるほど、迂闊であったかもしれない。
「ランカーとしての矜持は捨て去りながらも、その分自分自身に過剰な信頼を魔術の根源としているあなたが、その上炎羅を持つもののの神髄として心の中で消えぬ炎を燃やす続けるあなたが、私に得物を横取りされてはいそうですかと軽々しく捨て去るわけがないのです。自分の魔術強いては自分を信じる自信に悪影響が出れば、ランカーとしての格も下がる。どう考えても、あなたに、あなたたちに何かあるようにしか思えませんよ。そう、まるで―――」
彼女が言葉を紡ごうとした刹那。星ヶ宮が唇をなめたその一瞬。パ霧、という何かが割れる音が彼女たちの耳を劈いた。
「な......」
「本気?」
彼女たちは、高専直前の張り詰めた糸のような空気を破り、あっけにとられて間抜けな声を晒した。
駅構内を覆っているはずの硝碑の結界が音を立てて消えていった。
地上での勅使河原との戦いと時は遡り、来栖シュカと七海は地下道で「何か」と対峙している。
「まずいな。笛が鳴った。すぐに囲まれるぞ。」
七海は苦虫を潰したような顔で呟く。その額には、飄々とした彼女らしからぬ、冷や汗が伝っているのが横目で見ていても分かる。
「あの笛、何の意味があるんですか?何か大変っぽいですけど。」
神木が横目で七海を窺う。その七海が口を開くよりも早く。その回答は帰ってきた。
「コード:190認識。神羅識別システム起動。マギアコグニティを再編成。認証いたしました。」
意味不明の不穏な言葉が羅列する。囃し立てるように続く言葉の意味を知るよりも先に七海が口を開く。
「来栖シュカ!!下だ!さらに下への道をペンで引け!」
先ほどまでとは気迫が違う七海の怒号に、呼応するように来栖シュカは具現化したペンを地面ん位突き刺し、叫ぶ
「現界・洛日!」
先ほどと同じく、地面に空虚な穴が開く。来栖シュカの手に夜て再度現界したドレの中は、どこに続くかもわからない夢幻の道。それでも彼女たちは進むことを止めない。いや、できない。
殺生院を包み込んだ、宙に浮いた繭を抱え、神木は穴の中に飛び込む。それに続いて七海も落ちていくのを感じた。
「マジかよ。あいつら、もっと逃げやがった。コレ、どうしようかな......」
鎖可亦は大きく息を吐く。まさか笛の意味を知っている人間が未来機関の人間以外に意図とはつゆ知らず、高らかに笛を吹いてしまったことを後悔する。そして、彼女らが摩訶不思議にもまたもや目の前から姿を消したことも。
「鎖可亦主任、どうしますか。ここには避難してきた駅構内の方々がたくさんいます。軽率に笛を鳴らす行為は非常にまずい事態を引き起こしかねませんよ。」
そう告げられ、鎖可亦も頭が痛いとでも言うように、目をつむり、眉間にしわを寄せる。右手でその筋を押さえつけるようにした彼は、「確かにな。」と苦々しくつぶやいた。
「確かにそうだな。笛のコードは解除しておくよ。」
鎖可亦はそういうと、再度笛を吹く。先ほどまでの高い音とは異なり、ぶおお、と低い音が鳴り響く、表現するならほら貝といったところだろう。
「それで、先ほどの少年少女たちはいかがされますか。人工知能AIを一部貸し出していただければ、私の方でも探索を........」
「そうはいっても、笛の効果の装填にも時間がかかる。未来機関に報告した後にでもゆっくりと探索すればいいんじゃないかな。個人的には、彼女たちにも何か事情がありそうだったから。見逃すっていうのもありだとは思うけどね。」
事実、彼は保護機関の人間として駅構内の人命を優先するべく、笛を吹いた。しかし、正直あそこでされて一番面倒だったのは、そのまま戦いの火ぶたが切って落とされることであった。
彼女の裡の一人、カーディガンを羽織った少女の方が笛の意味を知っていたのだとすれば、叶わないと悟るや否や逃げ出したと考えるのが妥当だろう。しかし、もう片方の少女はその意味を知らなかったはずだ。ともすれば、(両親の呵責はさもありなんだが)こちらから戦いの火ぶたを切った以上応戦してもよさそうである。だが、彼女㋐一向にその素振りを見せず、一目散に退避していった。
「あんまり悪い奴には見えなかったからね。正直駅こうなの方々を無事に誘導した後に勅使河原様に報告するぐらいでいいと思ってるよ。」
「それはあまりにも危険ではないですか。そもそも、いちど 笛を吹いた以上、相応の理由を求められます。その後に、”笛こそ吹いたものの、何か安全そうだったので見逃しました”とでも伝えるつもりですか。多分バチ凹に叩かれますよあの鞭のような糸で。」
「一種のプレイだな。」
「キモ。死んでください。」
まあそれはそれとして、と鎖可亦は呟く。実際問題、ここでの選択はそこそこ重要だ。責任問題になるのだから。
選択肢は2つ。1つはこのままもう一人の主任、夜鷺とともに通常通り駅構内の人間を避難誘導し、事後報告として先ほどの少女たちの存在を勅使河原たちに告げ、未来機関からの報告を待つ。
保護機関、敷いてはMPS自体は未来機関から独立した組織であり、実際に未来都市を完全に管理する人工知能AIは貸与という形で駆り出されている。笛の効力も未来機関の師事の通りのものである。
現在実際に現場を取りし来ているのは勅使河原であり、彼女を通さなければ未来機関へと話は通じない。説明する時間も返答の時間も行動も、術t寧おいて行って遅いが、これが一番まともな手段だとは考えている。実際の目下の役目であるひな入道が果たせるのだから。
しかし、夜鷺の言うことも一理あるのが事実だ。未来都市は魔術絶対至上主義とも言ってもよいほど魔術に固執している。
そのようなスタンスを持つ未来機関の報告に、”思わず笛をふいてしまうほどの能力者がいたけど、人命を優先し、捉えることはしませんでした。”ともなれば、その仔細の検査のために、余計な労力を使う可能性も見えてくる。
なので、それを防ぐためにも、来kは戦力を分散してでも情報を集めに彼女たちの跡を追う。これが2つ目の選択肢である。
「夜鷺はどう思う?これ、やっぱり追った方がよかったかな。」
「正直、あの穴の中がわからない以上、深く探りすぎるもの問題だとは思います。だけど彼女らを完全に放置しておくもの愚策です。幸い、ここまで来たら、一人でも避難区域まで駅構内の人を誘導することは出来ます。僕か鎖可亦さんのどちらかが追う形でもよいかと。」
つまり2の策である。
夜鷺は未来機関側の思想の持ち主だ。鎖可亦のような事なかれ主義ではなく、ここで魔術的な成果を出し、あわよくば未来機関にも顔を売っておきたいのであろう。
「そうか、そうだな......ここから先は、僕と記録用の人工知能AI1機で行くよ。夜鷺は安全な場所まで駅構内の人をよろしく頼む。.......あ、そうだ、一応予備の笛も渡しておくよ。さっきの子たちがもし襲ってきたら吹いてくれ。」
「え、......わかりました。」
夜鷺は不服を隠そうとはしない。はっきりと罰が悪そうに唇を尖らせている。
(ここで夜鷺を活かせると、未来機関の報告のためにあの子たちにあらぬ疑いまでかけてくるかもしれないしな。まあ、万が一そうなったら、未来機関から、最低でも鎮圧組織≪サイドネメシス≫の方たちを呼ぶことになるかもしれない。)
「じゃあ、夜鷺。後は任せたよ。」
鎖可亦はゆっくりと手を挙げ、踵を返した。
「まあ、わかりました。鎖可亦さんも気を付けて。」
心無い夜鷺の言葉を受けながら、鎖可亦は人工知能1機とともに列から離れ、さらに地下道を下っていく、その姿を、駅構内から避難していた人たちが不思議なものを見るような視線を送ってきたのを感じる。しかし、それも足音が遠のくたびに背中に集まる視線もなくなった。
「さて、頼むから、普通の子たちでつつがなく終われよ。」
再度希望を口にしながら、ゆっくりと地下道の階段を下りていく。響き渡った静かな足音が、ゆっくりと闇に沈んでいった。
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