第10話
「あんまり見ない方がいいぞ。一応指向性が定まっている魔術とはいえ、条件を満たせばお前らも今の爆発の対象内になる。」
左手で煙たい空気を払いながら、右手を花浅葱色のカーディガンのポケットに突っ込みながら七海が呟く。
「今の魔術は......いったい...彼、また爆発しながら吹っ飛んでいきましけど...大丈夫ですか...?」
パクパクと口をせわしなく動かしながら、私は目の前の事象を理解するため、その発生源となった星ヶ宮、そしてその魔術を頻繁に目にしているであろう七海に問うた。
魔術が身近にある彼女たちと違い、私たちにとっては、能力者たちの常識が丸ごと違う。そのため、その認識のすり合わせのために、私たちはしばらく唖然としてしまった。
しかし、そんな危険物及び危険人物が目の前にいる状態で、永劫にも似た時間口を間抜けにも開いているわけにはいかない。少なくとも、それは淑女のたしなみではない。自分のことを淑女とは考えたこともないが。
「まあ、そんな心配するなよ。彼のことも、むろん自分たちのことも。星ヶ宮はそんな節操のない奴じゃないって信じてるそ。少なくとも私は。」
「少なくともって...」
なんとも説得力のないことこの上がない。七海がそう感じてはいても、実際に魔術を使用するのは星ヶ宮であるからして、彼女からの言質をいただきたいと感じてしまう。例えるのなら、クマを飼い鳴らす凄腕のマタギが「この熊は安全で賢いんだ。人は襲わないよ。」と、片手に猟銃を持ちながら言い張るようなものである。実際にクマが私たちを襲うのかは、熊に問うてみないとわからない。
「あなたたちに使うつもりなんてもちろんないわよ。七海のお友達でしょう?今の魔術だってそんなポンポン使ってるわけじゃないから、安心してねぇ?」
そう言いながら、星ヶ宮はカッターシャツのボタンをいそいそと閉じ始める。そこには、先ほどちらりと見えた彼女の瞳と同じ色をした下着が丁寧にしまわれていく。その乳袋を約束の地カナンと表現するなれば、閉じられているそこは正に乳と蜜が流れんとしているほどであった。其れがために、私は一抹の寂寞感を覚える。
その様子を見ていたシュカからは哀愁と憐憫の視線が刺さる。なんとも饒舌に尽くしがたい様子であり、向けられるそれは、数少ない友人から食らうには、些か手厳しいものがあった。
反面、変化があったのは他二人の能力者の方である。一人は「あちゃー」という擬音が似合う仕草で、一人は「うむ、うむ。」と満面の笑みを以て私の痴態を受け入れる。
そんな時、私の顔面の中心に鎮座する、低くも高くもない平々凡々な鼻の二つの窪溜まりから、みずみずしい液体が口の方まで水路を拡げていることに気が付いた。
「わっ...と失礼。興奮して少々鼻血が......シュカ、ティッシュ持ってる?今日忘れちゃって...」
はいはいっと彼女はポケットからチリ紙を取り出す。それを一枚手に取り、鼻に詰める。一連の流れを見ていた能力者二人が、正反対の態度でこの様子に対するそれぞれの知見を口々に表していく。
「うーん、見事に星ヶ宮の節操のないエロスにやられているな。なんとも即物的な...ふつう、女の子にはあんまりこういうことないんだけど。...もしかして、こいつの中身はおっさんだったり?」
「ちょっと、失礼でしょうに、七海さん。この子は私の美貌に酔いしれているのよ。単純なえっちの話じゃないわ。そしてそれは、そんな圧倒的スタイルを持ち合わせ、見合った美を持ち合わせるものの定めなのよ。おこちゃまにはわからないかもしれませんけど、ね!」
「あ?」
鼻から血を出す私とは打って変わって、星ヶ宮は順風の鼻息をこれでもかと両の鼻の穴から吹き出す。自分の体の美は確約されているんだと言わんばかりに、彼女は大きく片手をあげて、反対側の手でそれを支えるようにし大きく仰け反る。決めポーズのつもりだろうが、どうしてなかなか絶妙にダサさが上回る。それでも、彼女は恥も外聞もないと言わんばかり態度であるがために、自分の美に圧倒的な自信があるのが伝わってきた。
「......まあ、いつかこいつはぶちのめすから置いておいて...こいつの前ではあまり血を見せないほうがいいんだ。手は言っても、もう盛大に鼻の穴から出したばかりで申し訳ないけどね。」
「もうちょっと早く言ってほしかったな......」
心の声は声に出ていた。
「え、そうなんですか?なんで?」
もう片方の心の声を代弁するかのようにシュカが問うていた。彼女のなんでも聞き入るこの姿勢は、能力関連だけでなく、もっと他ごとにもその興味を向けてほしいところだ。具体的に言えば、単位ぎりぎりの数学Ⅲとかに。
「それがこいつの魔術の発動条件になるからな。......と、その前に、そろそろさっきのやつがまたこっちに来ちゃうんじゃないか?」
見てみれば、先ほど彼女が放った魔術で発生した黒煙は、一度目のそれと異なり規模が小さくなっていた。そのため、
「きらりんたん......!そんなに僕のことを......!!」
「そろそろまた変態が来る頃だな。」
煤汚れた鉄柵から彼女が顔を覗かせる。ただでさえ小さい子供と間違えそうなその上背では、すぐにでも落ちてしまいそうになるため、私は彼女の腰あたりを掴む。彼女が奈落へと身を落としてしまわないように。
そこでは、地獄の底から怨嗟が溢れるように、変態へと変態した変質者がその産声を上げている。執念と怨念を一身に浴びた悪霊のようであった。
「ええ、あいつも懲りないことで......飽き飽きしちゃうわね。」
「多分お前が原因だろうに、贅沢言ってんじゃないよ。...そうだ、シュカ!」
「はい!」
いきなり矢面に立たされたシュカは、背筋をピンと張る。その声は、彼女の緊張と興奮、不安が入り混じタような上ずった声をしていた。その声に当てられて、近くにいたこちらの方まで辟易の感情に支配されそうになってしまう。
「お前らには、確か身元引受人の話がまだおわってなかったよな。未来都市の人脈がないっていうアレ。これを星ヶ宮と一緒に解決してくれたら、私がその引受人の任を買って出てやろう。」
「本当ですか!」
シュカの目に、一気に生気が宿る。先ほどまでの、見知らぬものに囲まれた不安そうな幼い彼女の姿はもはやどこにもなく、夢に燃え上がる一人の勝負師のような瞳が私たちを照らす。その眩き眼光には、もはや一切は通じない。直往邁進のそれである。
「ええ~、七海さん。私には何もないんですかぁ~。」
「お前は自分で蒔いた種なんだから、褒賞とかないに決まっているだろうに。」
ええ~、と横で星ヶ宮がぶうぶうと不満を垂れ流している。そんな彼女の痴態は目に入らんとばかりに七海はシュカの前に立つ。身長はまるで正反対とは言え、その面はまるで学生を正しく導かんとする教師と、それに熱心に応えんとする学徒のそれであった。こんな真面目なシュカは、こっちに来てからは勿論のこと、あちらの土地でも見たことがなかった。
「まあ、いいわ。先に私行ってるからね。」
そう言い残すと彼女は、3階ほどの高さがあるテラス席から、ひらりと身を翻す。その後、軽くスタっっという着地音が聞けたことから、彼女の無事を感じ取り、心の中でため息を一つ。
いくらここでは魔術が跳梁跋扈しているとはいえ、彼女もまた一人の人間であることは疑いようがない。そのため、思い込みの残滓から高いところから飛び降りることへの期比感があったがために彼女の身を案じていたが、そのうちその感情も薄れていくのだろう。
その後、またもや背後で起こった爆発音にも大きく動じなくなっている自分がいる。こうして人は順応していくのだと一人納得する頃には、他二人の間で面接が開始されていた。
「最初に軽く聞いておこうかな。お前の魔術はどんなものなんだ?炎を操ったりするものか?それとも派手に風を巻き起こしたりするものか?」
「ええっと、私の能力はそんな派手なものじゃなくて、見ててくださいね。」
そう言うとシュカは、胸ポケットから車の中で見せてくれた四つ折りのルーズリーフを拡げる。そしてそれをそのまま右手でつまんで、様々なものに変化させた。
それこそ先のペットボトルから機械まで、様々なものに変化を指せた。それれをまじまじと見つめた七海は、なるほど、と一口こぼしながら目線を空に浮かせる。
「なるほど、興味深いな......紙をほかの物質に変化させる魔術...今後の応用にも活用できるいい魔術だ。そこの爆発女とはえらい違いだな。」
そう言ってふと鉄柵越しに下方部の鳥居を覗いてみれば、下でまた爆発音が響き渡っている。しかし、最初や2発目の時との違い、爆発の規模が小規模となっていることが特徴として挙げられる。
そも、先のような爆発が出来るのであれば、私たちはこうして面接もどきなどしていられるほど静かではなかったはずである。そんな違和感を覚えながら、私は二人の能力者をまじまじと見る。それに倣って、七海とシュカも覗くと――
「おや、意外だなあ。あいつ、基本的に短期決戦になることが多いから、こんな長引くはずもないんだけどな。心なしか威力も弱まってるし。」
片側は美しい髪をはためかせ、毅然な態度をとっている。しかし、一呼吸ごとに連動して動く肩の上下運動が、彼女の疲労を感じ取れた。
もう片方は、相変わらず半裸の変態ガンスリンガー。全身のいたるところから爆発の片鱗が残っており、一部灼けていたり、炎が直接吹き出しているところもある。無論重火器などは手に持ってはいないものの、その手の形に注目してみれば、何やら見覚えがある手つきをしている。
「あれは......輪ゴム銃の構え?」
私がふとその単語を呟けば、七海はそうだ、と私の意見を肯定する。
輪ゴム銃とは、小学生の頃であれば、誰しもが一度試し、自分の手を鞭打ちして痛さに打ちひしがれたことのあるアレ。親指と人差し指を以て銃体とスライド部分を再現し、指を通した小指で打ち出すあの輪ゴム銃である。
しかし、その肝心の輪ゴム自体はどこにも見えない。あれでは打ち出す砲弾が無いのと同じ、ただの刑事ごっこ遊びである。
「神木、随分と目がいいんだな。離れててもあいつの手の形がちゃんとわかるなんて。結構離れていると思うけど。」
「え、まあ...えへへ、目はそこそこなんで...。」
言えない、自分のこの目と反射神経の良さというのは、数多くのパンチラブラチラの下成り立っているとは。さらに、先では星ヶ宮の下着にもつい目が反応してしまうため、恵まれた身体能力をエロティックに全振りしていることも露呈したことだろう。そんな現状など、誰が話せようか。私にとて羞恥の心くらい持ち合わせている。これでも花も恥じらう女子高生であることを忘れてはならない。
「そうだ。今のあいつは手ぶらだし、もちろん輪ゴムなんて持っていない。そもそも、こんな状況で輪ゴムなんて持ってても、あの爆発を何度も受けていたら軽い輪ゴムなんて吹き飛んでしまうよ。あの恰好じゃ予備とかも持てないだろうしな。」
「半裸ですしね。」
「ああ、名誉変態だ。黄色い歓声が怨嗟になるのも無理ないだろうな。...変態に話取られたね。」
そう言うと彼女は改めて鉄柵を背にして、私蛙地の方を向きなおす。脱線した話を元に戻すように手をパチンと鳴らした。
「さて、あいつはなぜ弾倉が空っぽの銃を常に星ヶ宮に向かって構えているのか。そしてなぜ星ヶ宮が今動けないのか。それらの答えは、先にも話した魔術の重要なファクターである”想像力”が関係してくるんだ。」
「想像力..ですか?」「想像力...ねえ...」
まるで妖しい宗教の勧誘に誘われた時の如く、私たちの表情は怪訝に曇る。忌憚のない意見を述べるとするならば、信用という煉瓦で積み上げた壁が音を立てて崩れていっている、という言葉が適切だろうか。
「想像力があると、何が起きるんですか?というか、そもそも想像力って...イメトレとかのことを言ってるんですか?」
「そのままの意味だよ、魔術に直結してくるんだ。其れの完成度如何でね。というか、そんな信用ならないって顔しないでくれよ。特にシュカ、さっきまで魔術に関してあんな食いつきよかったのに...いきなり梯子外さないでくれよ。」
「いえ...さっきまでのあれは、正直言葉の綾を感じてましたから...ノリというか。大真面目に言われるとまた違った意味合いになってくる感じがして...」
もじもじと言葉を濁しながらシュカが答えると、七海はジトっとした湿っぽい視線を送る。この目は、不満を表す子供特有のそれであり、これで頬でも膨らませれば、おもちゃを人工知能にねだる在りし日の自分の完成である。
そんなことを考えていると、きゃあっという絵にかいたような嬌声を上げる女学徒がいた。その方向を見れば、出血こそしていないものの、空で撃たれたような衝撃の跡が肩についているのが見える。先ほどまでの星ヶ宮の余裕は剥がれ落ちており、いつの間にやら形成がぎゃくてんしつつあるのがはた目に見える。それを感じたのは私だけではないようで―――
「違った意味合いも何も、そっちもそのままの意味で言ってるよ私は。まあ、細かいことは後だ。テストする前に、少しだけ力を貸してやる。こっちに来てみろ。」
「は、はい...って、きゃあ!?」
怪しげに両手を拡げながら、彼女はシュカを迎え入れる。そして、もじもじとしたその両手をグイっとつかむと、指と指の隙間に自分の指を差し込む形で指を組む。幼い柔肌に触れられる嫉妬で私は心の中で指を噛んでおくのは、あまりにも余談である。
「目をつむって、自分の心を落ち着かせてみろ。魔術の根幹は想像力だが、動揺した心では、見れるものも見れなくなる。ゆっくりと息を吸って、そのまま余分な不純物を取り除くように大きく吐き出すんだ。」
言われるがまま、シュカは体全体を使って深呼吸する。口から気管を通って茎が循環する。その後吐き出される空気には、体の緊張や動揺を一緒に吐き出してくれるような、そんな錯覚が溢れてくる。と同時に、彼女たちの掌が神々しく輝きだす。
「さて、シュカ。今から私はお前の適性を溜めさせてもらう。その紙を操る能力の力を見せてほしいんだ。目標は、半裸の変態の鎮圧。...さて、シュカはこの時、どんなものをイメージすれば、この事態を解決できると思う?」
私の能力はかみを操ることで......事態の収拾に必要なこと...?
シュカはゆっくりと、その言葉を口の中で転がす。それと呼応するように、七海の手を握る力も強くなる。ギュっという効果音が出そうになるほど強く握りしめられているが、顔意を一つ変えることなく、七海は終始落ち着いた様子で続ける。
「イメージしろ。自分のやりたいことと、できること。認識のすり合わせが呪いを現実に昇華する。人間が想像できることに不可能はない。お前の心に聞いてみろ、その力の原点に。」
「私の力の原点...確か、哀とジャンクショップに行った日、すごく新しい漫画というものを感じたんです。紙とインクであらゆるものを表現する、力強いタッチと躍動に、感動したんだ。....そう、だから私の中で、紙の意義というものが変わったんだ。でも、私はもっと前に、紙っていう存在に対しての見方が変わったことがある。勉強が苦手な私にとって、こんなルーズリーフは天敵だったから。それは......」
そこまで話したシュカが言い淀む。刹那の時だが、彼女はその奇麗な目をこちらに向ける。私の顔にでも何かついていたのだろうか。此方、見当もつかず頬をぺチンとはたけば、七海が眉一つ動かさずシュカを見ているのが目に入る。
「そうだ、能力の原点っていうのは、大抵心の情動に起因している。イメージの輪郭を掴むときに、心と脳に刻まれているものこそが、魔術の篝火になるんだ。」
「......その後に哀と映画を見たとき、心の中で、何か揺れるような音を聞きました。スクリーンの中の、荒れ狂う冒険譚に心が動かされた時の脈動。自分もそうしたいなって感じるあの時の心の波動。それが想像力の原点...?」
「あの人みたいになりたい、あんなことがしてみたいという心の揺らめきは、すべて想像力というエネルギーに起因している。なんだ、シュカ。もう大体わかっているんじゃないか。」
ニッと少年らしい笑みを浮かべるのが横から見える。刹那、彼女たちの組んだ指の中、両の掌の内側から光が溢れ出す。それはまるで、紙から人々に下賜される祝福の如く慈愛に富んでいるようであった。
シュカの顔に困惑の色が色濃くなる中、二人の手が離れる。煌々と輝く太陽の暈の如き光を垂れていた光源は、ゆっくりとシュカの手に収まる。やがてその輝きは役目を終えたかのように消えていった。しかし、先ほどの光が完全に消え失せたわけではないことを、燃え盛らんようなシュカの目が訴えかけている。
「その状態でイメージしてみなよ。自分がこの状況で最も必要だと思っていることを。きっとお前の力は応えてくれる。なぜなら、もうお前はその資格を手にしているから。」
「今一番必要なこと...彼を止めるには、彼より強くならないと...!だから...!」
彼女が想像するは、力の象徴。暴虐と慈愛を併せ持つ古の技術の集合体。その御形を、彼女自身の魔術で再現する。
「はあ?」
あっけにとられた私は、たまらず間の抜けた声を出す。荘厳な前座に対して、なんとも腑抜けた魔術の結晶。
パタパタと音を出して紡がれていくその形、それは私たちにとってあまりにも身近であり、かつ手軽であるが故に量産された最古の文化的兵器。その力は、剣の殺傷力をはるかに凌駕し、心までも引き裂かんとする絶対的な暴。
彼女の手に握られているのは、紛れもなくペンであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます