深淵を這う者 参

「えぇ。病気で休学している先輩、でしたよね?」

「うん。やちよは私の同期でさ、本当なら今頃筆頭になってるくらいすごい子だったの」


 そこまで期待されていたの!?姉様すごい!


「ふみえともすっごく仲が良くて、ふみえが四年になったら絶対契るんだろうなって皆思ってた。でも、休学でいなくなった」

「…」

「その時のふみえはまぁひどいもんだったよ。毎日毎日泣いて泣いて泣き崩れて、もう戻ってこれないんじゃないかって思った」


 うみか様から告げられたふみえ様と姉様の真実。それはどれも初耳だった。


 そもそも、姉様は私に一度もふみえ様の話をしなかった。名前を知ったのだって最期の時に呼んだからだ。


 それがなんでかは今となっては分からない。もしかすると、姉様はふみえ様との思い出だけは誰にも渡したくなかったのかもしれない。


「それでも、あの子は立ち直れた。今じゃ筆頭になってみんなにも慕われて、あんたっていう妹までできた。…あんたがあの妖怪を追ってた時、あの子…泣いて祈ってたんだよ。しょうこちゃんをお返し下さい、連れて行かないで下さいって…」


 うみか様の話に答える言葉が見つからず、ただじっと空になった椀に視線を落とす。


 私がタカマに来たのは姉様の形見の髪飾りをふみえ様に渡すためだ。


 けど、ふみえ様は何も知らなくて…眩しいくらいに笑っていて…。


 だから、姉様との約束を破ることになっても、姉様が愛したふみえ様とタカマを守るためにこの命を使い切ると決めた。


 でも…


「私の、ために…?」


 理解できない。意味が分からない。


 ふみえ様にとって私は突然現れた流れ者。


 成り行きで契を交わしたから妹にして、物珍しい編入生だから親身になってくれているに過ぎない。


 あの方はお天道様のような御方。分け隔てなく優しさを分け与え、献身的な働きと広大無辺の慈悲で周りを照らす人。


 私一人が死んだところでふみえ様の世界は終わらない。今日と同じように明日が続いていく。


 そう、思っていた。だけど…


 姉様がいなくなったら泣き崩れた?私の無事を泣いて祈っていた?


 そんな…!それじゃ、それじゃあまるで…


「私と同じじゃない…!」

「しょうこ?」


 泣いて、泣いて、ただ泣き腫らして…。


 何も手につかずする気も起きず、一瞬でも正気を取り戻そうものなら押し寄せる悔恨と喪失に呑まれてまた泣き腫らす。


 姉様が死んでからしばらくの間、私はそうやって生きていた。


 だからこそ思う。


 もうあんな思いはしたくない、誰かが大切な人を亡くして泣く姿なんて見たくない、と。


 でも、それはふみえ様も同じで、私が死ねば姉様を亡くした私のように嘆き悲しむのだとしたら…




 私は どうしたらいいんだろう




「食べ終わったんなら盆貸しな。下げとくよ」

「ありがとうございます」


 食器が乗った盆を牢の小窓に置く。


 うみか様はそれを下げながらぽつりと呟く。


「一応、もう一釘刺しとくか…」

「…?」


 よく聞き取れず首を傾げた、その刹那…


「っっ!?」


 うみか様の腕が牢の隙間から伸び、私の胸倉を掴む。


 そして、昨夜私を殴った時と同じような怒気を込めた目で私を睨みつけた。


「あんたがどこの誰で、今までどう生きてたかなんて知らない。けどっ!ふみえを置いていくなら、あんたを絶対許さない…!!」


 いつものうみか様からは想像もつかない憤怒の情。


 それを怖いと思わないのは、本気で私を心配してくれているからだろう。


 だからこそ…


「…すみません。それを了承することはできません」

「…はぁっ?」


 私も本音を出す。


「私は何に変えてもふみえ様と彼女が愛するこの場所を守りたい。その先で命を落としたとしても後悔はしません」

「っっんの馬鹿!!だったら今すぐ…」

「ですがっ!!…自分でも生き急ぎすぎたと反省しています。ここを出たらふみえ様に謝ろうと思います」

「…はぁっ。ふみえも変な奴を気に入ったもんだ」


 うみか様は呆れたようにため息をついて胸ぐらを掴んでいた手を離す。


 そして盆を持ち上げて懲罰房を後にする。


 その去り際、うみか様は私を振り返ることなく言った。


「じゃあこれだけは覚えといて。あんたの体も、命も、もうあんた一人のものじゃない」

「…はいっ」

「その返事、さっき聞かせろっての」


 そう言って今度は振り返らずに去っていった。


「ふみえ様…どうしているかしら?」


 もう少ししたら会えるだろう優しくも勇敢なお姉様の横顔に思いを馳せる。


 そんな細やかな至福の時間は…


「ぎぃーーやぁーーーっっ!?!?」


 懲罰房の外から聞こえてきたうみか様の悲鳴によって終わりを告げる。


「うみか様!?」


 まさか他の妖怪が外に!?


「くっ!開け!開いて!!」


 うみか様の元に馳せ参じるべく牢の格子を叩くも流石にびくともしない。


 …最悪拳が割れるかもだけど、やるか?


「聞こし召せ…。天之た…!!」

「Oh〜!ここが懲罰房!理人にはないから新鮮だわ!」

「じゃあ生徒の懲罰ってどうするんですか?」

「実験に志願してもらうの。どの科も実験動物に飢えてるからすぐに懲罰completeよ!」

「倫理観終わってんな!?」


 巫術発動を遮ったのは女の子達の姦しい声。


 ふみえ様とうみか様と…れみ様?なんでふみえ様とれみ様が?


 断所ん。の調査に行ってたはずじゃ。


「Heyしょうこ!昨日ぶりね」

「ひぃっ!!」

「安心しなさい。あなたは後よ」

「どこに安心しろと!?」


 懲罰房の入り口からひょっこり顔を出したれみ様と話をしていると、ふみえ様とさっき帰ったはずのうみか様も入ってきた。


「…」


 ふみえ様は私と視線を合わせない。やっぱり、昨日のことをまだ怒っているんだろう。


「しょうこ!」


 うみか様が牢の小窓から何かを差し入れる。それは…


「はぁっ!?」


 私の刀と拳砲。


「えっ?あのっ!どういうことですか!?武装してる囚人なんて聞いたことありませんよ!?」

「いるかもだから持っといて。あんたになら安心して任せられるし」


 何を?


 そう言いかけたところでこの場にいる誰でもない誰かの巫力が近づいてきた。


 体を屈めながら懲罰房の入口から顔を覗かせたのは


「えっ?えええええええっっっ!?!?!?!」


 蝙蝠の妖怪だった。



深淵を這う者 肆

https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093088985223076

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