徒野先輩の怪異語り

佐倉みづき

0.異界への誘致

 ふ、と意識が浮上した。一定のリズムで刻む電車の揺れが心地よく、うっかりうたた寝をしてしまったらしい。トンネルに入ったのか、窓の外は真っ暗だ。もっとも、電車に乗り込んだのは殆ど終電に近い、夜も遅い時間帯。私の他に数名乗っていたはずの乗客の姿は既に見当たらない。

 いったいどれだけ居眠りしていたのだろう。乗り過ごしていたら大変だ。咄嗟にドアの上部に設られた電光掲示板に表示された次の停車駅を確認して――困惑した。

 鬼。簡潔に、その一言だけが書かれていた。

「え……?」

 私は目を疑った。毎日の通勤に利用こそしているものの、最寄り駅は途中にあるためこの路線の終点まで乗ったことはない。だからこそ覚えのない駅名と感じたのだろうか。となると、最寄り駅はとっくに通り過ぎてしまったのかも。次で降りて、折り返しの電車に乗り直さないと。いや、そもそも、乗ったのも終電ギリギリだったし、下手するとこの辺りで一泊して始発に乗らないといけないかもしれない。

 電車がトンネルを抜ける。車窓から見える景色は黒く塗り潰されたようで、トンネル内と大差なかった。建物の灯りらしきものは見当たらない。ひょっとして、とんでもない田舎に来てしまったんだろうか。ホテルどころかネットカフェも近辺にないかもしれない。

『次はー、きさらぎー、きさらぎー』

 合成音声じみた抑揚のない、単調なアナウンスが駅名を告げる。鬼と書いてきさらぎと読むのか。変わった地名だが、そんなところあったっけ?

 速度を緩やかに落とした電車がホームに滑り込む。私はカバンを抱えて電車を降りて、愕然とした。

「ここは……どこ?」

 ホームから見える光景は、殺風景な田舎の景色そのものだった。自然豊かと言えば聞こえはいいが、はっきり言って何もない。ざっと見回しても周囲に建物らしきものすら見当たらない。ぽつぽつと点在する街灯に照らされた道の奥には黒い山の稜線が見える。

 戸惑っている間に、電車はホームから発車してしまった。

 遠くからどん、どん……と規則的な太鼓の音が聞こえる。お祭りなんてやっている時期だっけ。

 何となく薄気味悪い場所だ。あまり長居はしたくない。不安に駆られた私は、駅名と同じ名を持つ懐かしい親友に助けを求めることにした。

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