ダイコウの本分 6
「なごみちゃん、決裁終わったよ~。流石うちのエースは違うねえ」
上機嫌な美濃係長の言葉どおり、私の契約事務は実に順調に、順風満帆過ぎて怖いぐらいに進んでくれた。まるで見えない何かの意思が働いているみたいに。
「はーい」
起案を返却ついでに肩を叩こうとする美濃係長をさり気なく言葉で牽制しつつ、私も案外悪い気はしなくて、久々にフライパンで踊る半熟の目玉焼きのように素の混ざった笑顔を返した。
溶解処分の残渣の処理自体は昨年も何度か発生しているようで、今年から休職中の玄海さんが作った起案をそのまま流用できたのもよかった。
中身については気にしない気にしない。書いてあることだけを見ろ。行間は読むな。興味も持つな。物語の背景は不用。
「……それが、この町で生きていく秘訣だよ」
石浦主査は言った。伝えた。ミイラ取りがミイラに。意気揚々と乗り込んだ世紀の大冒険はやがて互いに互いを呑み込みあい、結果として産み落とされたミイラからの助言は重みが違う。
その業務の特殊性から、雨納芦市の溶解処分の残渣収集運搬許可業者は一者しかなることができず、毎年市の有識者会議によって決定しているようだ。
今年度の業者は「株式会社
「ええ、ええ。遂に来ましたかっ。首をながーくしてお待ちしておりましたよう。せっかくご提案頑張らせていただいたのに依頼がないものでもうやきもきやきもき。私どももね、ぜひともあの方のお膝元に、との気持ちでやらせてもらいますよお」
案の定、参考見積りを依頼する際に電話に出た営業マンは胡散臭さ全開だったけれど、その場で勧誘されなかっただけよしとしよう。
「なごみちゃーん、お客様さん」
「あ、はぁい」
契約代行課に、しかも自分にお客とは珍しい。ここは外部とは隔絶された空間、閉ざされた魂の牢獄。代行業務以外で外部とのやり取りはなく、内部からの問い合わせは電話や連絡ツールを使うのが常だった。
「えっ」
そこに居たのが神主然とした見知らぬ坊主頭の男性だったから余計に。私は驚いて思わず脊髄を引き抜かれたかのようにその場に立ち尽くしてしまった。
「私が不動ですが、どういった」
「気いつけえ。アイツら、相当悪どいことやっとるぞお」
「……いきなり何の話ですか」
ロクに挨拶も名乗りもしないで説教じみたことを言ってくるあなたこそ悪なのでは。私は不躾な態度にはそれ相応の対応で返す鏡として、果たしてそこに映る私は誰。
「ワシらはなあ、五十年もこの業界でカミサマん相手しとる。やのにあんな終わり方あんまりじゃて」
大袈裟な身振り手振りで執拗に訴える男の目は異様に飛び出て血走り話すたびに唾が四方に飛散した。つるりとした頭部にはミミズのような分厚い血管たちが今にも切れそうな勢いでのたうち回っている。
「はあ」
「こん町はなあ、もう終わりじゃよ。誰も彼もが狂っとる。あげなバチ当たりな輩をカミサマんとこ近づけるとは……。しっかりせい。しっかりしとくれえ。何のための選考会議なんじゃあ。特にアイツ、議長の鳥狛っちゅうやつは人間じゃあない。人の皮被った化けもんじゃ。じゃなきゃあんな……あんな恐ろしいことを……」
さっきからこの人は何を言ってるのか、話の内容が支離滅裂で理解力が五里霧中。それでも眼ははっきりと私に向けられていて、その瞳に映りこむ不機嫌な私が話を聞けと唆す。
「アイツらからぎょうさん金積まれたんじゃろうが、悪いことは言わん。価格で取るのはやめんさい」
「お言葉ですが、事務手続きは適正です」
「あんたらお役所の人間は危機感が足りんっ! だから何人も何人もいなくなる。“孤独の部屋”ん時もそうじゃった——」
そこから老人特有の一人語り——それもとびきり熱を帯びた——が始まった。あの頃は良かった。ある者は顔を焼かれ。こんなことは昔じゃ考えられない。ある者は肉体を失い。まったく今どきの若いモンは。またある者は狂い。しまいにゃ俺は昔偉かった……。部屋を出られた時にはもう、かつての面影はなかったそうだ。
「いいか? わしゃ伝えたからなあ」
喋るだけ喋って、それこそ魂を撒き散らかして、一通り満足したのか男は去っていった。
「さっすがなごみちゃん。“さすなご”。頭のおかしい奴の対応もお手のものだ」
「ありがとうございまぁす」
まるで他人事のような美濃係長にイラッとしつつ、つまるところは負けた事業者の恨み辛みだろうと納得させる。例えどんなに過去に貢献していようと、崩れ去るのは砂上の城が如く一瞬なわけで。事業者とはそれを分かった上で生かさず殺さず付き合っていくべし。
「契約事務は公平性と競争性が大事だよ」
石浦主査もそう言っています。
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