神のいない、難易度鬼クラスの世界からの転生者、王族の仲間入りを果たす

狐雨

第1章 王都混乱編

第1話 偽物王名

 神というものの世界にとっての在り方は、一体なにが正しいのだろうか。


 俺は転生者だ。神のいない世界、その世界から俺は転生してきた。その世界には邪神という世界を危機へと陥れる最悪の巨悪がいた。俺はそんな世界で戦っていたのだ。


 仲間の協力の下にその邪神の喉元まで喰らいついた俺は、邪神の討伐に成功した。だが、その戦闘により負った重症のせいで、意識がある状態で鳩尾に穴が開いた痛みに悶えながら俺は死んでいった。




 転生というものは、神のいない、神が得るはずだった力が人間に降り注いだ前の世界でも実例がほとんど存在せず、眉唾なものだったと言ってもいいだろう。だが俺は転生した。俺が居た世界以外の世界は普通に神がいるらしく、この世界の神が俺を転生させた可能性が高い。


 呪術でも転生というものは再現することが不可能で、神だけが行うことができる特権と言ってもいいのかもしれない。




 そして今、この世界に転生を果たした俺は、ある男に拾われた。ロバート・ドレス・アレストリア、ヨルタント大陸の中央に位置する大国、アレストリア王国の国王がその名である。俺は王城と貴族街を繋ぐ大きな橋の下で捨てられていた。それをたまたま仕事をサボっていたロバートが俺を見つけ、そのまま拾ったのだ。


 そしてあれよあれよと王族の末席になったのだ。謎の血族、どこの出かもわからない怪しい赤ん坊を王族の一員にするなんて前代未聞、ありえないことだ。ただ、王のわがまま、ロバートの駄々で俺が救われたのもまた事実、感謝こそすれど恨む理由なんかない。




 だが一つだけ問題がある。それは出生不明の俺が王族を名乗ることに、貴族や側近達が全くよく思っていないのである。そのせいで、『偽物王名』なんていう二つ名をつけられ、見下されている。


 まぁ、ロバートの暴挙には呆れるが、彼は稀代の名君らしく、身分差というものの垣根を越えて、様々な政策を行っているらしい。俺としては、あんなのほほんとした男が名君などと、嘲笑ものであるが、ちょっと笑えないくらいに有能だ。


 何故俺みたいな平民の可能性もある赤ん坊を王族に加えたのか、今でも謎である。








 ~~~








「…………………………」




 王城の中庭、その中でも盛り上がった地面の木の傍で、俺は涼やかな風を体で受け止めながら、魔導書を眺めている。周囲には整えられた庭園に、お茶会が楽しめる西洋建築のガゼボとも言われていた屋根付きの休憩場所、池もあり、この世界では珍しい魚の一種が泳いでいる。


 そんな、昼下がりの過ごしやすい気候の中で、俺は穏やかな時間の流れを感じながらよくここで日々を過ごしている。




 転生してから14年、春夏秋冬を14回過ごした俺は、今日も優雅に学園をサボっている。


 ロバート、名目上の親父はサボり癖があり、俺に注意できるような素行は一切していない。わりかし前世の生まれ故郷である日本の気候によく似た国であるここ、アレストリア王国では、米がない。そこは違う世界らしく、パンは存在するのだが、原材料は小麦でありながらも小麦じゃない。こんな変化しやすい気候の中でも育てることができる小麦は、前世の世界の小麦とはきっと違うのだろう。




 余談はそこらへんにして、今俺が何をやっているかというと、魔導書の熟読だ。この世界は前世の世界とは違い、魔力というエネルギーが世界中で溢れている。その魔力というエネルギーを用いて魔法という超常現象を操るのだ。




 いくつか俺でも再現できない魔法があったため、どうせなら網羅してしまおうと、数年前から躍起になって勉強をしているのだ。




「ユウ兄様~!」




 途端、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。俺がそちらを見ると、こちらに向かって小さな足を懸命に動かしながら走ってくる金髪碧眼の可愛らしい女の子が、そのままの勢いで俺に飛びついてきた。右側の頭にちょこんと太陽の髪飾りを下げている。


 わふ、という愛らしい声をあげながら、その少女は優しく受け止めた俺を上目遣いで見つめた。




「ユウ兄様!ララはおべんきょうを頑張りました!いいこしてください!」




 元気な声で明るい笑顔を俺に向けながら、少女はそう言った。


 この少女の名前はララミール・ドレス・アレストリア、俺が王族として加わった後に生まれた妹だ。自分のことをララと呼び、いつも可愛らしい仕草をして大人を欺いている。ただもちろんこれは素だ。


 時折コテンと首を傾げる姿も、瞳をウルッとさせて上目遣いで見上げてくる様も、すべて純真無垢な少女の自然な動作である。




「そうか~頑張ったな~ララ~」




 自分でも疑うくらいに甘い声をしながら、俺はララの頭を撫でながら頬を緩める。撫でる度に瞳を細める様子は、小動物を彷彿とさせる。威厳ある王族の一族とは思えない程に可愛らしい。とても親父の遺伝子が混じっているとは思えない。


 あの男は厳つくて子供が見たら泣きそうな怖顔だから、血のつながりすら疑ってもいいだろう。




「ユウ兄様もおべんきょうですか?」


「そうだぞー。ララに教えるために魔導書を読んでるんだ」




 軽く嘘を混ぜながら、お嬢様のご機嫌取りをする俺。自分で言うのもなんだが、おかしいくらいにデレデレだと思う。




 ララは胡坐をかく俺の足の中にスポッと収まりながら、俺が片手に持っていた魔導書のページをめくる。




「難しいです!」


「そうだな。ララにはまだ難しいよな。でもララも6年後には学園に入学して魔法を学ぶんだぞ。ララならできるようになるさ」




 空いている片手でララを抱きしめながら、俺は魔導書の続きを読みながら言う。


 ララは天才だ。なにも俺がシスコンな贔屓目で言っているわけではない。王族のための教育である礼儀作法などはもうすでに履修している。6歳でありながらも、ダンスの勉強に入っているらしい。


 我が妹は天才なのだ。




 そしてそれは王族特有の才といっても過言じゃないのかもしれない。今現在、俺には兄が2人、姉が一人、妹がララ含め2人、その全員が天才という二つ名に相応しい実績を残している。


 やれS級の魔物を討伐しただの、やれ魔法学院で宮廷魔法師ですら驚嘆の声を漏らすほどの魔法を作り上げるなど、正直才能という分野では誰もが次期国王になることができるものを持っている。


 まぁ、まだまだ青二才だがな、ハッ。




 俺は兄弟達の活躍を笑い飛ばしながら、人の視線を感じた。




「『偽物王名』のユウ王子だ…。また学園をサボってるぞ…」


「勤勉で優秀な兄弟を見習わないのか…?本当に王はなぜあんな者を…出生もわからぬ者を…」




 中庭を見渡せる王城の廊下で、通りすがりの使用人が囁いている。俺はこれでも四つの感覚が人よりも優れている。魔法を使わなくても、〈身体強化〉の魔法で強化した兄さん達よりも鋭い四つの感覚を備えているのだ。


 そんなものだから、聴力を研ぎ澄まさなくても、普通は聞こえない程に離れた状態だとしても、俺にはその声が聞こえてくる。


 まぁこういう手合いはよくいる。平民の出の可能性がある俺が、王族としてふんぞり返っているのを気に入らない輩がいるのもよく知っている。まっ、無視が妥当だな、いちいち反応するのもだるいし…




「ちょっと、貴方達、それは王族に対する不敬に値するんじゃないの?」




 俺が存在自体を無視しようとすると、そんなツンケンとした声が聞こえてきた。あぁ、なんとタイミングの悪い。俺はララを抱えて、そのまま杖を支えに立ち上がると、もう一人の妹であるユリア・ドレス・アレストリアが使用人に口ずっぱく叱咤しているのを見た。歳は13歳、俺の一個下にあたる、王族の金髪に母親の紫色の瞳を譲り受けた、これまた美少女である。姉に憧れて腰まで伸ばした金髪に、月の髪飾りを頭につけて、目を吊り上げている。


 正義感が強く、堕落している兄をよく怒鳴ってくる、しかし時折甘えてきたりする可愛らしい女の子だ。シスコンになってもおかしくはない可愛らしさに、俺はいつも頭を抱えている。




「まあまぁ、ユリアもその辺で。そんな目くじら立てるほどのことでもないだろ?」


「気付いてたんですか!?それだったら怒ってくださいよ!ユウ兄さんはいつもいつも…」




 なんか俺に飛び火した。目を瞑りながらプンプンとしている隙に、俺は顎で使用人2人にしっしという風に動かした。すると脱兎のごとく逃げ出していく2人、最初っから喧嘩を吹っ掛けるようなことを言わなければいいものを……まぁ人間なら言わないと気が済まないのかな?




「わかってますか?ユウ兄さんは王族なんですよ?第三王子、王位継承権はなくとも、立派な王族の一員です。こういう時はしっかりと注意を…」


「はいはい」




 こりゃしばらく小言と説教が続くなと、腕の中にいるララと顔を合わせると、ララはとても楽しそうだった。何がそんなに楽しいんだか、


 俺はそのツンツンとした声を肴さかなに、天を仰ぎながら目を瞑るのだった。








 ~~~








『偽物王名』、王族の名を騙る邪な賊、そういう意味で噂されている。俺の名前はユウ・ドレス・アレストリア。『偽物王名』と噂されている張本人だ。学園に通わない日々を堕落に過ごし、定期テストでも下から数えた方が早い。いくらこの俺でも、興味のないこと、ひいては必死にやるようなことでもないことに時間と労力を割くほど、愚かではないのだ。勉強などもってのほか、現代での基礎知識は学習しているが、この世界では科学が進んでいないので、間違ったことを教えていることも多くある。


 歴史など覚える気もなければ、世界の仕組みなど間違っているところがいくつもある、宗教、神についての神聖学は学ぶ気はさらさらなく、まともにテストで解いているのは数学と魔法に関するものだけだ。


 それ以外を解いていく未来など欠片もありえない。




 そんなものだから、俺の悪名は歳を重ねるごとに増えていっている。俺は時間というものを有効活用したいだけなのに、ひどいものだ。




 まぁ、俺の悪名は置いておくとして、家族はいつも俺に優しい。結束が強いと言うのが正しいのだろうが、思いやり深い人達だ。前世では家族は死んでいたので、心地よさすらある。俺は既にこの世界に染まっていると言っても過言じゃない。身分というものを気にしない今の王族は、いい人達しかいないのだ。




 そんなたわいもない話は置いておくとして、今はユリアに魔法を教えている真っ最中だ。どうやら学園から帰ってきてから、俺に魔法について教えてもらうために中庭に訪れたらしい。妹のおねだりには弱い俺なのである。


 もちろん思春期真っ盛りなので、ストレートなお願いではなかったが、それもまた可愛らしい。ここまで血の繋がらない家族にゾッコンになるとは、人生とは本当にわからないものである。




「詠唱破棄がうまくいかないのか?」


「はい…実は自主的に魔法の勉強の先取りをしているのですが、詠唱破棄の部分で詰まってしまっているんです…」




 おいおい、詠唱破棄と言えば18歳、学園の卒業生クラスで習うものだぞ。やはり天才だな。


 王族所有の広大な図書館の机で、俺の膝の上に座るララを撫でながら、隣のユリアの質問に答える。


 詠唱破棄と言えば、一流の魔法師なら身に着けて当たり前の技術ではあるが、それは学園生の身であるユリアにとっては、まだまだ未開拓でよい領域だ。それをこの子は、王族というものは末恐ろしいと思う瞬間である。




「そうだなぁ、、そもそもなぜ魔法を行使する時に詠唱をすると思う?」


「えっと、魔法陣の展開から術式の組み立て、そして実際に魔法の効果を及ぼすためのイメージの力を補うため…ですか?」




 うん、正解。これも13歳では習わない部分である。




「その通り。なら詠唱破棄というものの根本は一体何か、それはイメージの補助である詠唱をせずに、魔法陣に直接術式の組み立ても放棄してイメージだけで魔法を行使することを言う。つまり詠唱破棄は簡略化ではなく、本当に捨てるという意味の認識だと尚よい」


「………すごいです、ユウ兄さん。そこまで詳しくは魔導書にも書かれてません…」




 尊敬の眼差しで見つめてくるユリアに、俺は満更でもない風に頭を掻きながら、続きを魔導書を通して説明する。




「要はイメージの補助である詠唱の祝詞一つ一つの意味を理解すればいいんだ。もっと単純に言えば一語一語を頭の中で再現する、それだけでいい。それを魔法陣に落とし込む、お前ならできるだろ?」




 はあぁ、という感嘆の息を漏らしながら、ユリアはキラキラとした目で俺を見る。やめてくれ、俺はそんな目で見られるほど立派な人間じゃないんだよ…




「わかりました!ユウ兄さん、本当にありがとうございます!」


「おう、できるようになったら見せてくれよ?」


「はい!」




 ララに負けず劣らずの元気な声で言ったユリア、そのまま走って図書館の外に出ていく。おそらく今すぐにでも詠唱破棄を自分のものにしたいのだろう。勤勉で努力家、あの歳であそこまで魔法を操れるんだから、将来はどうなるのか。まったくもって恐ろしいものである。




「ユウ兄様はえいしょうはき…?っていうのできるんですか?」


「あぁできるよ。これでもお前達のお兄ちゃんなんだからな」




 俺は質問してきたララに愛しいものを見る目を向けながら、そう言った。


 これでも長年この世界の魔法について学んできた。前世では久しく味わうことのできなかった、楽しみ、というものを俺は思い出すことができたのだ。それだけでもこの世界に転生した価値があったというのに、信頼のできる家族、それが何よりも価値がある。




 俺はララの頭を優しく撫でながら、そう心の中でつぶやくのだった。


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