TAKE6︰努力の日々と、不穏なカゲ(CV︰鈴名宝)

 翌日。

 いよいよ本格的な、実践としての声優の授業が始まった。

 一日の時間割──スケジューリングは、大体こんな感じ!


***


 ・午前中 普通の中学校で習う、数学や国語や社会や理科、それから英語といった、通常授業

 ・午後 プロの声優を目指す、声優学科としての授業 

 主に、以下に挙げる、これらすべてを、その日の授業内容によって徹底して行う。

 ①〈発声・滑舌・腹式呼吸〉共通語としての正しいアクセントやイントネーションなども習うよ! 自然な日本語を話せるようになったり、クリアで聞き取りやすい声を出す練習をするのは、この授業!

 ②〈ストレッチ〉しなやかで、健康なからだでいることは、演技の基礎なんだって! 声優は、体力勝負が土台なんだそう!

 ③〈​朗読・ナレーション・セリフ〉 声だけでストーリーや雰囲気を伝えたりする練習のこと! 台本を使うよ。

 ④〈即興演技・エチュード〉その名の通り即興で、設定された状況や感情に合わせた役を演じる練習のこと! これも、基礎的な演技力を身につけるために行うよ。

 ⑤〈アフレコ実習〉これが一番、声優っぽいかも! 実際にアニメや洋画の映像に合わせて、セリフを収録する、タイミングなどの練習をするよ。

 

***


 プロの声優になるには、ただ声が可愛いとか、かっこいいとかだけじゃだめなことが、すごくよくわかる。

 いい演技をするために──こんなにもたくさんの努力を、積み重ねていかなくちゃいけないんだね。

 うーっ! 私、本当に頑張りたいよ!

 声優に、なりたい。



 星桃学園に併設されている、レッスン用のスタジオで。

 佐倉先生が、こう告げた。

「これから皆さんには、外郎売りを覚えてもらいます」

「うい、ろう……?」「ういろう美味しいよねぇ」「おれも好きだぜー」「えーっ! 知らないの!?」「冒頭だけ数行言えるー」

 わいわいと、生徒たちが思い思いにそう話す中で。

 私は、すすす、と、対馬くんのところへやって来た。

「ねね、対馬くん。外郎売りって、出だしが『拙者、なんとかと申すは〜』ってやつだよね。超絶長いやつ。私、途切れ途切れにだけど、一応知ってるよ」

「『拙者、親方と申すは』な。一応じゃなくて、声優を志すなら、全部暗記してて当然だろ」

「全部憶えてるの!?」

「当たり前だ」

 はええっ! やっぱ、現役プロ声優の輝臣サマは、みんなと違いますなあ! すごすぎるよ!

 そんな、対馬くんがすでに全部憶えている、超絶長い『外郎売り』がこちら。


***


 ──『拙者親方と申すは、お立合の中に御存知のお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して、円斎と名乗りまする。元朝より大晦日まで、御手に入れまする此の薬は、昔ちんの国の唐人、外郎という人、わが朝へ来り、帝へ参代の折から、此の薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、冠の隙間より取り出す。〜(略)〜産子、這子に至るまで、この外郎の御評判、御存知ないとは申されまいまいつぶり、角出せ、棒出せ、ぼうぼう眉に、臼、杵、擂鉢、ばちばちぐゎらぐゎらぐゎらと、羽目を外して今日御出の、いずれも様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っぱり、東方世界の薬の元締め、薬師如来も照覧あれと、ホホを敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。』


***


 ……長すぎだし、そもそも読めない漢字だらけで、それだけでおなかいっぱいなんですけど。

 ヒカリ組の生徒たちは皆、「ムリだー!」「拷問だ!」と、口々にギブアップのようなことを言いはじめる。

「これを、一週間後の金曜日までに、完璧に声に出して読み上げられるようにしてください。プロの声優を目指すなら、このくらいはしなきゃねっ★てへへっ」

 いやいやいや、佐倉先生! キャラ変わってません?(汗)

 こんな難しすぎる課題を突きつけておいて、『てへへっ』とは! 鬼だ! サイコパスだ! きちくすぎるよー!(泣)

 こんな長文を一週間で全部覚えろだなんて、さすが、超名門の芸能学園。

 声優科、ヤバすぎるっ!



「やっ、こんにちは。超絶イケメンボイスの、鈴名宝ちゃん? 鈴名葵の娘が星桃に入学してきたことは、三年生のおれらも全員周知だよ」

「あなたは──」

 『外郎売り』の授業を終え、トイレに行ったときだった。

 私に話しかけてきたのは、こんな私でも知っている──たしか、『魔女っ子エンジェルみかるちゃん』にも出演経験がおありの、現役プロ声優でもある、声優科三年生──一条ツルギ先輩だ。

「私の声、イケメンですか?」

 私は、おずおずと一条先輩に問いかける。

「私──このハスキーボイスを活かして、将来的に、少年役を演ろうと思うんです。だから、先輩にそう言ってもらえて、少し自信がつきました」

 一条先輩の目が、少しするどくなった。

 そして、一条先輩は、こんなことを口にした。

「──キミが少年役を演ることにしたのは、賢明な判断だと思うし、いいと思うけれど……キミが、このまま平穏無事に、学園生活を送れるとは思わないけどね」

 ふっ、と笑った、一条先輩が発した不穏な言葉に、私は強く反応する。

「な、なんでそんなこと! 先輩に言われなくちゃなんないんですか!」

 すると一条先輩は、なにかを目論むような表情で、こう言った。

「俺のことを天塩にかけてくださっている、星桃学園に関わるある権力者が、明日、キミを試すと言ってるからだ──って言ったら、どうする?」

 はえええええええええ!?

 星桃学園に関わる権力者が、私を、試そうとしている!?

 しかも、明日!?

「い、意味分かんないんですけど……私を、その……ある人が試すんだとして、いったい一条先輩に、なんの関係があるんですか!?」

 しかもしかもっ!

 一条先輩の言う、星桃学園に関わる権力者。

 それっていったい、誰なんデスカ!

「その権力者に、おれは一時的に雇われているってわけ。つまりキミには、おれが今から提案することを、断る権利なんてないんだよ」

「──っ!」

「おれが提案すること。それは、このおれと、明日一日デートすること」

 は、はあああぁああああああぁあっ?

「い、意味不明ーーーー!!!!!(絶叫)」

「あ、ひとつ言い忘れてたけど」

 一条先輩は、ピッと指を立てて言った。

「当日は、音の出ない服を着てくること。なるべくゆったりとした素材のものがいいだろうね」

 一条先輩が、「ハッハッハ」と笑いながら去っていったあと、一人残されたまま、ボーゼンとする私。

 いったいなんで、こんなめまぐるしいことばかり起きるんですか? 神様。

 私はただ、本当に平穏無事に、楽しいスクールライフを送りたいだけなのにいぃいいいぃ!

 あーーーーっ! もうっ!

 なんか、色んなことがわけわかんなくて、めちゃくちゃで、混乱&嫌になってきちゃったよ!

 ユメちゃんとヒカルくんは、意味わかんないことで悩んでるっぽいし!

 レーナちゃんには、相変わらずフルネーム呼びされてるし!

 しかも明日は、なぜか今日会ったばかりの先輩とデートだし!

 対馬くんは──っ!

 ──「おまえの声にほれた。さすが、男の中の男だな」

 対馬くんは──、もしかしたら、私の背中を押そうとしてくれていたのかな。

 もしそうだとしたら、ありがとうって言うべきところかも?

 いずれにせよ、もうこうなったら────

 もうこうなったら、ママのようなカワボ声優じゃなくて、私にしかできない、唯一無二の声優になってやる!

 そんでもって、私だけの声を、日本中の人、ううん、世界中の人、テレビの向こうにいる人たちに、届けるんだ!

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