TAKE9︰母はずっと、一番になりたかった(CV︰矢崎世羅)
ああ、ムカつく。
私のとなりで、能天気に瞳を輝かせる少女を見て、私・世羅は、つい舌打ちをしてしまった。
どうしても目につく、というか、なぜか気になって仕方がないほどに、とても目立つ──宝箱の形をしたネックレスをしている。
星桃学園中等部声優科一年ヒカリ組。
──鈴名宝。
今もなお、世間に伝説とまで言わしめた声優・鈴名葵の、実の娘だ。
──『みーーーーんなっ!』『おっめでとーーーーう!』『みかるが全力でお祝いするよ〜〜〜っ!』
──『パンパカパーン!』
……アレが、【あの】鈴名葵の娘?
これが、鈴名宝に対しての、私の第一印象。
こんな、なにも考えていなさそうな、おめでたい能天気な子が?
本当かしら……。
正直、おどろいた。
対馬輝臣が、壇上でとつぜん彼女の名前を呼んだとき、思わず立ち上がりそうになったほどだ。
私がこの世で最も敵視している、鈴名葵の娘かもしれない子。
一体、どんな子なんだろう……そう考えていたからだ。
はじめて聴いた、鈴名宝の声は──ひどくハスキーだった。
母親とは、似ても似つかないくらい──。
けれど、どうしてだろう。
その奥にある響きが、熱が、やはりどこか似ている──。
それが、あまりにもうらやましくて。
でも、そうはいっても、どうしても解せないことがある。
こんな、自分の声質もわかっておらず、演技力もなにもない子が、なぜ声優科に合格したのか?
理由は、すぐにわかった。
鈴名宝が、【あの】鈴名葵の娘だからだ。
きっと、星桃への入学試験だって、書類選考の時点で合格が確定していたに決まっている。
──許せない。
私は、私の母を想って、壇上にいる鈴名宝をキッとにらみつけた。
◇
私の母──元人気声優・矢崎まりもは、ついぞ鈴名葵に一度も勝つことができなかった。
オーディションでは、いつも準主役。
鈴名葵のカゲに隠れて、万年二番手だといわれたこともあった。
その年最も印象に残った声優を称える賞である、『声優アワード』。
鈴名葵が、輝かしい笑顔で、主演女優賞を受賞したのと同時期に──母はひっそりと、声優を辞めた。
私と母は、血が繋がっていない。
もちろん父とも。
私は養子だったんだ。
母は、声優を辞めてからは、自分が出演していたアニメ以外の──他の仕事仲間が出演しているアニメすら、観ようとはしなかったらしい。
父は、そんな母を心配して、元気づけたり、励ましたりしたそうだ。
父の苦労が、とてもよくわかる。
だから、私は誓った。
私は、声優になる。
母と同じ道を行く。
そして、母が成し遂げられなかった、『声優アワード』主演女優賞を、いつか勝ち取る。
私が笑顔でスピーチすれば──母は、また笑ってくれるだろうか。
ずっときいてみたかった、仕事の話を私にきかせてくれるだろうか。
食事のとき、アニメや声優の話をしてもいいだろうか──。
◇
あの、バカそうで、なにも考えていなさそうな、脳天気な笑顔を見ているとイライラする。
伝説の声優を母にもつ鈴名宝は、これまでさぞかし幸せだったんでしょうねぇ?
憎くて憎くて、たまらない少女。
あの子も、声優を志すなんて。
ただ、母の無念を晴らしたいだけの私とちがって、伝説の声優である母の血が、純粋に通っているのだろうか。
いい、あの子が声優科に入学を決めた動機なんて、私が知ったことじゃない。
私は、ただ──。
母から生きがいをうばった、あの女の娘を──。
鈴名宝を、この星桃学園で、絶対につぶしてやると。
私は、入学式の日、ひそかに心に決めた。
◇
そして、チャンスはめぐってきた。
プロデューサーでもある星桃学園の理事長が、鈴名宝と私で、役を競うようにもちかけたのだ。
──「台本をいただけるんですか!?」
瞳をキラキラさせたのち、オーディションのことを告げられ放心状態になった鈴名宝を見て、私は、『自信がないのね』と笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
そして、それと同時に、たしかな熱をもって、ふつふつと湧いてくる闘争心。
母娘そろって、同じアニメに出演?
それも、私の母が主役を取れなかったアニメで?
ふざけないで!
レインを演るのは、絶対に、この私よ!
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