TAKE9︰母はずっと、一番になりたかった(CV︰矢崎世羅)

 ああ、ムカつく。

 私のとなりで、能天気に瞳を輝かせる少女を見て、私・世羅は、つい舌打ちをしてしまった。

 どうしても目につく、というか、なぜか気になって仕方がないほどに、とても目立つ──宝箱の形をしたネックレスをしている。

 星桃学園中等部声優科一年ヒカリ組。

 ──鈴名宝。

 今もなお、世間に伝説とまで言わしめた声優・鈴名葵の、実の娘だ。

 ──『みーーーーんなっ!』『おっめでとーーーーう!』『みかるが全力でお祝いするよ〜〜〜っ!』

 ──『パンパカパーン!』

 ……アレが、【あの】鈴名葵の娘?

 これが、鈴名宝に対しての、私の第一印象。

 こんな、なにも考えていなさそうな、おめでたい能天気な子が?

 本当かしら……。

 正直、おどろいた。

 対馬輝臣が、壇上でとつぜん彼女の名前を呼んだとき、思わず立ち上がりそうになったほどだ。

 私がこの世で最も敵視している、鈴名葵の娘かもしれない子。

 一体、どんな子なんだろう……そう考えていたからだ。

 はじめて聴いた、鈴名宝の声は──ひどくハスキーだった。

 母親とは、似ても似つかないくらい──。

 けれど、どうしてだろう。

 その奥にある響きが、熱が、やはりどこか似ている──。

 それが、あまりにもうらやましくて。

 でも、そうはいっても、どうしても解せないことがある。

 こんな、自分の声質もわかっておらず、演技力もなにもない子が、なぜ声優科に合格したのか?

 理由は、すぐにわかった。

 鈴名宝が、【あの】鈴名葵の娘だからだ。

 きっと、星桃への入学試験だって、書類選考の時点で合格が確定していたに決まっている。

 ──許せない。

 私は、私の母を想って、壇上にいる鈴名宝をキッとにらみつけた。



 私の母──元人気声優・矢崎まりもは、ついぞ鈴名葵に一度も勝つことができなかった。

 オーディションでは、いつも準主役。

 鈴名葵のカゲに隠れて、万年二番手だといわれたこともあった。

 その年最も印象に残った声優を称える賞である、『声優アワード』。

 鈴名葵が、輝かしい笑顔で、主演女優賞を受賞したのと同時期に──母はひっそりと、声優を辞めた。

 私と母は、血が繋がっていない。

 もちろん父とも。

 私は養子だったんだ。

 母は、声優を辞めてからは、自分が出演していたアニメ以外の──他の仕事仲間が出演しているアニメすら、観ようとはしなかったらしい。

 父は、そんな母を心配して、元気づけたり、励ましたりしたそうだ。

 父の苦労が、とてもよくわかる。

 だから、私は誓った。

 私は、声優になる。

 母と同じ道を行く。

 そして、母が成し遂げられなかった、『声優アワード』主演女優賞を、いつか勝ち取る。

 私が笑顔でスピーチすれば──母は、また笑ってくれるだろうか。

 ずっときいてみたかった、仕事の話を私にきかせてくれるだろうか。

 食事のとき、アニメや声優の話をしてもいいだろうか──。


 

 あの、バカそうで、なにも考えていなさそうな、脳天気な笑顔を見ているとイライラする。

 伝説の声優を母にもつ鈴名宝は、これまでさぞかし幸せだったんでしょうねぇ?

 憎くて憎くて、たまらない少女。

 あの子も、声優を志すなんて。

 ただ、母の無念を晴らしたいだけの私とちがって、伝説の声優である母の血が、純粋に通っているのだろうか。

 いい、あの子が声優科に入学を決めた動機なんて、私が知ったことじゃない。

 私は、ただ──。

 母から生きがいをうばった、あの女の娘を──。

 鈴名宝を、この星桃学園で、絶対につぶしてやると。

 私は、入学式の日、ひそかに心に決めた。



 そして、チャンスはめぐってきた。

 プロデューサーでもある星桃学園の理事長が、鈴名宝と私で、役を競うようにもちかけたのだ。

 ──「台本をいただけるんですか!?」

 瞳をキラキラさせたのち、オーディションのことを告げられ放心状態になった鈴名宝を見て、私は、『自信がないのね』と笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。

 そして、それと同時に、たしかな熱をもって、ふつふつと湧いてくる闘争心。

 母娘そろって、同じアニメに出演?

 それも、私の母が主役を取れなかったアニメで?

 ふざけないで!

 レインを演るのは、絶対に、この私よ!

 

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