第11話 青銀の狼


「兄上、お久しぶりでございます」


 近づいてくる王太子を認め、殿下の後ろへと一歩下がり、視線を下げる。ここからは、王太子に許可されなければ何を言われようとも、私が発言することは許されない。


 美しい猫の獣人を従え歩いてくる麗人は、あからさまな嘲笑をこちらへと投げかける。アルフレッド殿下の天敵でもある王太子の登場に一瞬放たれた殺気は、今は消え、奴の挑発にも、殿下が乗ることはない。


「許せ、ユリアス――」


 殿下の言葉に軽く頷き、その場に膝をつき、頭を垂れる。

 

「ほぉ、卑しい者が我の婚約披露に紛れ込んだというのは本当であったか」


「卑しい者というのはいったい誰の事でしょうか? 今回の夜会の参加者は全て陛下の許可を得た者達ばかりだったはずです」


 レオンハルト殿下の草食獣人嫌いは有名だ。卑しい者と遠回しに言ってはいるが、間違いなく私の事だ。この男は、肉食獣人至上主義にとどまらず、狼獣人至上主義の保守的な考えを持っている。奴にとっての草食獣人など、淘汰されて然るべきゴミだろう。だからこそ、自分の目の止まるところに、兎獣人など居たものだから、我慢ならなかったと言ったところか。しかも、自分の婚約披露のパーティーだ。


――ちょっと、待て。今夜の婚約披露は、王太子のものだったのか?


 あの夜会嫌いの殿下が、招待状など寄越すからてっきり、今夜の主役はアルフレッド殿下だと思い込んでいた。では、なぜ殿下は私をこのパーティーに連れてきたのだ?


 まさか、陛下に会わせるためだったとか言わないだろうな……


 陛下との謁見が、あまりにも衝撃すぎて、あの謁見が本命だったのではないかと思えてならない。


 草食獣人に友好的な王と、淘汰しようと考えている王太子。正反対の考えを持つ王太子に、このまま王位を継承させるとは思えない。第二王子が、どのような考えをお持ちかはわからない。ただ、病弱との噂通り、あまり表に出てこない状況を考えると、第二王子に王位を継がせるとは考えにくい。


 まさか、陛下はアルフレッド殿下に王位を継がせようと考えているのか!?


 とんでもない計画に巻き込まれそうになっているのではと思い当たり、背を冷や汗が流れていく。


 青銀の狼ではなく、緋色の狼が王位に就く。そんな事が起きれば、この国はひっくり返る。


「陛下も酔狂なことだ。何を考えているのだか……。草食獣人など何の役にも立たない穀潰しではないか。唯一、使えるのは生殖能力くらいか」


「その考えには賛同しかねますね。草食獣人が、どれほどの恩恵を肉食獣人に与えていることか」


「ははは、一部のトチ狂った肉食獣人には、十分な恩恵を与えているな。草食獣人と交配をしたところで、お前のような出来損ないが出来るだけなのになぁ」


 王太子の心ない言葉に、頭に血がのぼる。


 決して、アルフレッド殿下は出来損ないなどではない。軍での彼の働きを見ていればそれは自ずとわかる。元々の身体能力もさる事ながら、日々の訓練と実践で、軍の中でもトップクラスの強さを誇る。しかも、人型の状態でだ。地位に胡座をかいて、努力もしていないレオンハルト殿下など、たとえ獣型をとったとしても敵わないだろう。


 覚えていろよ。いつか、ギャフンと言わせてやる……。


 前世の記憶持ちの獣医を甘く見ると痛い目に合うのは、軍の肉食獣人どもで実証済みだ。獣の弱点は知り尽くしている。頭の中で、レオンハルト殿下をケチョンケチョンに痛めつけ、身体の中で荒れ狂う怒りをどうにか収める。


「私の事は、どう言ってもらっても構いません。しかし、何の非もない草食獣人を貶める物言いは控えていただきたい。仮にも兄上は、この国の王太子なのですから。それに、狼獣人至上主義の考えも、表に出すのは如何なものかと思いますよ」


「何を言う! 狼獣人は太古の昔より、この国の覇者であった種族よ。他の肉食獣人と一緒に考えるなど不敬であるぞ」


「本気でそう言っているのであれば、王太子としての資質を疑われますよ。この国の貴族の多くが、他種族の肉食獣人で占められていることをお忘れですか」


「うるさい! お前に言われなくともわかっている!! どいつも、こいつも――」


「レオンハルト殿下! おやめください!! もう、お時間です。行きましょう」


 アルフレッド殿下の正論に怒り、当たり散らし始めた王太子の言葉を凛とした声が遮る。その涼やかな声の主は、王太子の後ろに控え、ずっと言葉を発せず、見守っていた猫獣人だった。美しい細身のドレスを身につけた女性が、王太子の前へと歩み出て、こちらへと頭を下げる。


 意外なことに、その行動に対しレオンハルト殿下が何かを言うことはなかった。


 猫獣人の女性に促され、こちらに背を向け去って行く王太子の姿は、怒られて肩を落とす子供のようだった。


「あの猫獣人の女性はいったい……」


 あの傍若無人の王太子を一言で黙らせる手腕。見事としか言いようがない。


「あぁ、彼女か。レオンハルトの婚約者だ」


「――婚約者!?」

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