第9話 出生の秘密


 陛下との謁見が終わり、私はアルフレッド殿下と共に長い廊下を歩く。


 はっきり言って予想外の展開過ぎて、少々戸惑いはある。しかし、アルスター王国の王が、草食獣人に対し、好意的であったのは、嬉しい誤算だった。


 まぁ、それに巻き込まれるであろう私は、ある意味被害者ではあるのだが。


『誰かが行動を起こせば何かが変わる』


 その言葉が心に深く刻まれている。


 前世の記憶を持ち生まれ変わったのも、何かを成し遂げよという神の思し召しだったのだろうか。


 無信心者の自分が、そんな事を考えてしまうほどには、心が高揚していた。


「侍医共とも交流を持ってみても良いかもしれないな」


「――そうか。ユリアスがそうしたいなら、そうすればいい」


 ボソっとつぶやいた言葉に返事が返ってくるとは、思っていなかった。色々と考えを巡らせていて、アルフレッド殿下が隣に居たことをすっかり忘れていた。


「殿下は、陛下の想いをどう感じているのですか?」


 唐突に確認したくなった。


「どうだろうな。夢物語と思う一方、そう願わずにはいられない気持ちにさせられると言うか……。自分でもよくわからん」


「そうですか」


 やはり、陛下の言葉は夢物語に過ぎないのだろうか? そうだとしても、陛下の言葉には未来を夢見たくなるほどの説得力があった。肉食獣人と草食獣人が分かり合い、意見を交わし、平等に生きられる世界。


「確かに、殿下のおっしゃる通り、陛下の言葉は夢物語に過ぎないのかも知れません。ただ、そう簡単に片付けてしまえないほど、陛下の言葉は重く響いた。もしかしたら肉食獣人と草食獣人が分かり合える世になるのではないかと期待したくなる何かが、陛下の言葉にはあったのです」


「そうか。父は、本気で草食獣人と肉食獣人が分かり合える世を作る決意をしているのではないか。だからこそ、言葉に説得力がある」


「でも、わからないのです。なぜ、そこまでして変えようとなさっているのか?」


「それは、俺の母との約束だからだ」


「――殿下のお母様ですか?」


「そうだ。ユリアスは、どうして俺だけ赤毛の狼なのか不思議に思ったことはないか?」


 そんな事、出会った当初から思っている。ただ、それは聞いてはいけない秘密だと思っていた。


「正直に言いますと、ずっと不思議に思っておりました。ただ、世の中には、突然変異というモノもあります。生き物は、突然変異を繰り返し、進化を遂げて来たのです。ですから、そのような類のモノかと思っておりました」


「はは、ある意味そうかもしれんな。俺は、肉食獣人と草食獣人との間に生まれた子だからな」


「えっ――」


 信じられなかった。狼獣人の王が、他種族の妃を迎えたという記録は残されていない。同族結婚を繰り返すことで、確固たる地位を築き上げてきた種族なのだ。その種族の絶対的な王の妃が、他種族で、しかも草食獣人だったなど、前代未聞だ。そんな話、どこからも聞いたことはなかった。


「俺の母は、マリアと言う。まぁ、母と言っても、記憶には残っていないがな。俺が生まれて、すぐに死んだ。産後の肥立ちが悪かったそうだ」


「そうですか……」 


「無理もないがな。母は鹿の草食獣人だったんだ。アルスター王国で最も力の強い狼との子だ。力の弱い草食獣人には、その力が強過ぎたのだろう。俺を産んであっという間に亡くなったと聞いた」


 よりにもよって、草食獣人の中でも、最も弱い種族と言われている鹿獣人だったとは……


 肉食獣人との間に子を設けた草食獣人の末路は、死と言われている。より力の強い子孫が残る代償として、弱い者の生が神への生贄となると、アルスター王国では言われているが、私はそうでは無いと考えている。そんな迷信めいた事ではなく、単純に、多種族との交配で出来た生に、母体が耐えられないだけなのだ。身の内に、肉食獣人との子を宿すのだ。半端な栄養状態では、とても耐えられない。妊娠中の栄養状態の管理がとても重要だと考えるのが妥当だが、そんな単純な事ですら理解している医者がどれほどいるのか。それ程までに、この国の医療は遅れている。


 いや、違うな。


 強い子孫を残すためだけの器でしかない草食獣人の扱いなどそんなモノか。仄暗い感情が、心を支配していく。


「結局、陛下も強い子孫が欲しかったと言う事ですか」


「いや、それは違う」


「何が違うと言うのです。肉食獣人と草食獣人との間に生まれる子は、類い稀なる力を持ち生まれてくる。そんな事、誰でも知っている事実じゃありませんか。結局のところ、陛下も次代により強い力を持つ子孫を残したかっただけでしょ。殿下のお母様を犠牲にして」


「俺も始めは、そう思っていたよ。母は、父の思惑の犠牲になったのだと。だからこそ、父を恨んだし、自分自身が憎かった。俺が生まれたばかりに母は亡くなったも同じだからな」


 第三王子でありながら、死と隣り合わせの軍へと、なぜ所属しているのかが、何となく分かった気がした。


 アルフレッド殿下は、母を死に至らしめた自分自身が憎かったのだ。だからこそ、死にたいと願っていたのかもしれない。


「殿下は、死にたかったのですか?」


 そんな言葉がついて出ていた。


「――そうかもしれない」


「……」


「ただ、お前と出会って、すべてが変わった」


「えっ……」

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