第16話 運命の分かれ道〜それぞれの選択〜

エリマは、アルヴィンとの別れを決意し、切ない思いを抱えながら王都のタウンハウスに帰った。玄関先に馬車が止まると、メイドが扉を開けて、「おかえりなさいませ。お嬢様」と明るく声をかけてきた。家の中では、両親が帰ってきた娘を迎えるために笑顔を浮かべていた。


「お帰り、エリマ!アルヴィン様とのお仕事の手伝いは順調?少しは二人の時間も過ごせたの?」母親のクスカが明るい声で声をかける。エリマはその期待に満ちた視線に胸が締め付けられる思いだった。


「ええ、でも…」エリマは言葉を飲み込み、心の内を整理する。


父親も笑顔を見せるが、その笑顔には多少、心配そうな気配が漂っていた。いつもならこの時期は父親の自分だけが王都での仕事のためにこのタウンハウスに1人で滞在するのだが、今回は娘の「アルヴィン様の手助けがしたい」という、たっての願いで家族でタウンハウスに滞在している。父親はアルヴィンの仕事の苦難さをよく理解していた。


「彼の仕事は順調かい?彼は元気だったか?」


エリマは一瞬躊躇し、心の葛藤を感じながら、決意を固めた。「父様、母様、私…アルヴィン様とお別れすることに決めました。」


その言葉が部屋に響くと、両親の表情は一瞬にして変わった。クスカの顔から笑顔が消え、驚きと心配の色が浮かぶ。「え…?どうしてそんなことを?」


(なんてことを!彼はエリマを捨てるつもりなの?婚約は家同士の契約でもあるのよ。貴族の名誉を守るべきなのに、どうしてそんな選択をするのか理解できない!)


父親の目は険しくなり、怒りの色を隠せない。「お前は彼と婚約しているのだぞ?なぜ急にそんな決断を?」


エリマは深呼吸をし、心の中の苦しみを吐き出すように、今日アルヴィンから告白されたことを話した。ただし、前世がどうだとか、生まれ変わりがどうだとかは流石に言えずに、あくまでもアリエルの処遇に納得ができないにとどめていた。「私たちの関係は、私たちの家族にとって良い結果をもたらさないと思うのです。アルヴィンは貴族籍を抜ける決意をしていると言っていました。そして、アリエルさんのために行動するつもりだとも…。」


(彼は本当にそんなことを考えているの?アルヴィンはエリマを愛してるのではないの?アリエル?誰なの?女がいたの?)


クスカは心の中での怒りがさらに増したが、エリマの言葉に思わず驚いてしまった。「どうしてなの!彼があなたを選ぶことはできないの?!」


エリマはクスカの反応を見て、冷静さを保とうとした。「母様、アルヴィン様は私を愛しています。でも、彼はアリエルさんのことも考えている。私と彼が一緒にいることが、わが家の汚点になり、迷惑をかけると思っているのです。」いつも物事をはっきり言うタイプのクスカだが、今日は怒りのあまりに震えている。


「アルヴィン様は愛してると言いながら、あなたの幸せよりそのアリエルとか言うわけのわからない女を優先するというのね。」


父親は眉をひそめ、怒りの色を示した。「お前は彼を理解したいのかもしれないが、彼が国を裏切るような行動を取るなんて、到底許されることではない。彼の家族も傷つけるのだぞ。国の、女王の決定は絶対だ。意義を唱える等許されん。それに、新女王を立てたのはお前たちであろう。なぜ、歯向かうのだ?このまま素直に決定に従って婚約は続けるべきだ。」


エリマは必死に説明を続けた。「彼の意思は変わりません。彼が貴族籍を抜けるということは、私たちの名誉に深刻な影響を及ぼします。私は彼を愛しています。けれども貴族でもあるのです。不利益になるなら別れることが最善だと考えました。」


(どうしてこんな事になってしまったの?アルヴィン様はエリマを愛していると言ったわ。エリマも…)クスカは心の中の怒りと悲しみが渦巻き、エリマの言葉に耐えられない思いだった。


父親は言葉を失い、エリマの言葉に驚きながらも、彼女の気持ちを尊重しようとする様子を見せた。「お前の意志を尊重するが、その選択がどのような影響を及ぼすのか、しっかり考えてほしい。」


エリマは父親の言葉に安堵を覚えた。彼女は、婚約破棄の決定が家族に与える影響を理解していた。自身の気持ちを貫くことができたのだ。たとえ噂の種になろうと、これからの歩む道に迷いはなかった。これがエリマがアルヴィンに対する最大の愛の証なのだ。


クスカは、エリマの決断を受け止めることができずにいた。心の中には、娘を悲しませたくないという気持ちと、アリエルに対する強い反感が渦巻いていた。夫に聞いてもアリエルのことは詳しく話してはもらえなかった。


国の主たる人たちが集まり会議をするほどの犯罪を犯した貴族の娘であることや、出奔し今は何故か森に居るらしいことは分かったが、何故、アルヴィンが彼女に肩入れするのか、何故娘が婚約破棄をされなければならないのか、クスカには到底理解できないことだった。彼女は家の中を歩き回り、思考を整理するために外に出ることにした。


「どこに行こうか…」クスカは独り言をつぶやきながら、王都の街を歩き始めた。娘の幸せを思うあまり、怒りと焦りが彼女の胸を締め付けていた。アリエルという見も知らずの女の存在が、エリマの未来を脅かすことが許せなかった。


(私はアリエルという女に会う必要がある。何を考えているのか、どうしてアルヴィン様に近づくのか、全てを聞いてやる。)


彼女は心を決め、アリエルの住む森に向かうことにした。道すがら、何度もアリエルに会ったらどう言おうかと考えるが、思いつくのは「どこかに消えてほしい」という一言だけだった。


「このままではエリマが不幸になる。あの女が邪魔をしないように、何とかしなければ…」


クスカはアリエルが居るらしい森に到着すると、ドキドキする胸を抑えながら恐る恐る森に向かって声をかけた。


「私は、アルヴィン様の婚約者エリマの母親です。あなたとお話したいことがあります。会っていただけないでしょうか?」


はじめは声も震え小さい声だったが、何回か同じ言葉を発するうちに度胸が出てきて、声も大きくなっていった。


空中の繭の中でゆっくりとツタのハンモックに腰掛けていたアリエルは、ツタから聞こえる地上からの声に気づいた。


(アルヴィンの婚約者の母親??)


アルヴィンに婚約者がいるのではないかということはアリエルも考えていた。しかしアルヴィンから話を一度も聞いたことがなかったのであえて触れていなかったのだ。(アルヴィンの婚約者の母親が私に何の用だろう?)


迷いと不安が交錯し、アリエルの心を乱していた。しかしアリエルは会ってみることに決めたのだ。数瞬後、母親の周りにスイカズラのツタが無数に広がった。そこにはエリマと変わらない年齢の少女が立っていた。


「あなたが…?」エリマの母親は驚いた表情を浮かべている。突然のことに言葉を失ったが、すぐに冷静さを取り戻し言葉を続けた。「あなたが、アリエル?アルヴィン様に近づいていると聞いたわ。私の娘、エリマを悲しませないでほしいの。」


アリエルは少し戸惑った様子で、何か言おうとしたが、クスカはその言葉を遮るように続けた。


「あなたが何を考えているのか、何をしたのか、しようとしてるのか、私には理解できない。しようとも思わないわ。どうでもいいのよ。私はただ、エリマが幸せでいてほしいの。だから、あなたにはもうアルヴィン様に近づかないでほしい。あなたのせいで、アルヴィン様は娘と婚約解消をして貴族籍から抜けるそうよ。」


アリエルは驚きを隠せず、クスカの目を見つめていた。そのクスカの目には、強い決意と愛情が宿っていた。


「私の娘を守るためなら、何でもする覚悟よ。あなたがどこかに消えてくれることが、エリマの幸せにつながると思うの。それも国外に。」


クスカは言葉を続けながら、アリエルの反応を伺った。彼女にとって、娘の幸せが最も重要であり、そのためにはどんな手段も厭わない覚悟だった。


1人の可憐な少女を追い立てて国外に追いやることも、エリマの幸せのためならどうでも良いことだった。


「もう、二度とアルヴィン様に近づかないでちょうだい。」そう言い捨てると返事も聞かずに踵を返して歩いていった。


残されたアリエルは唖然としたあと暫くそのまま考え込んでいた。


クスカはアリエルとの対峙を終え、森を後にした。心の中には複雑な感情が渦巻いていたが、娘を守るために行動したという思いが彼女を支えていた。しかし、その思いも次第に不安へと変わっていく。


家に近づくにつれ、彼女の胸は締め付けられるようだった。扉を開けると、静まり返った室内が彼女を迎えた。どこか冷たい空気が漂っているような気がする。


「ただいま…」声をかけるが、返事はなく、耳を澄ませてもただ静寂が広がるだけだった。


クスカは息を深く吸い込み、心を落ち着けようとした。エリマや夫が待っているかもしれないが、彼女の心の中では不安が膨らんでいた。


その時、書斎からかすかに音が聞こえてきた。クスカはそちらに向かうと部屋をノックした。夫が書類の整理をしているのが見えた。彼は作業を続けていたが、顔にはどこか不安気な様子を漂わせていた。


「お帰り」夫が顔を上げて言ったが、その声には微妙なトーンがあった。クスカは何か気を感じ取り、胸がざわつく。「どこに出かけていたのかね?」静かに尋ねる夫に覚悟を決めて、


「アリエルって娘に会ってきたわ。」クスカは自分の言葉をしっかりと声に出した。夫の表情が一瞬硬くなるのを見逃さなかった。


「お前が彼女に会って、何を話したのか教えてくれ。」夫の声は静かだったが、感情がこもっているように感じられた。


その時、エリマが部屋に入ってきた。彼女の目は赤く腫れており、悲しみに満ちていた。「お母様?どちらにいらしたの?」その言葉に父親は「今更 隠し立てしても仕方あるまい?エリマ、クスカはな、アリエルに会いに行ってきたんだよ。」


エリマは赤くなった目を大きく開くと、


「何故?どうして?アリエルさんに何を言ったの?」とクスカに詰め寄った。


夫にアリエルと会ってからの話を詳しく話すように言われクスカは素直に全てを語った。エリマの怒りと悲しみは大きかった。


「お母様は私のかすかな幸せも粉々にしてしまわれたのよ。アルヴィン様はもう、二度と私と関わらないようにするでしょう。我が家が怒り狂っていると思っているでしょう。もう会うこともかなわないのだわ。」そう言うと泣き崩れた。


クスカはその言葉に心が痛んだ。自分の行動が、娘にどれほどの影響を与えたのか、理解することができなかった。彼女はただ、エリマの幸せを守りたかっただけなのに。


「私は…あなたを守りたかったのよ…」クスカは涙をこらえて言ったが、その言葉にエリマは首を振った。


「守る?私はアルヴィン様をお慕いしています。どんな形でもお側にいたかった。それも、もうかなわない。私の幸せを壊そうとしているのに、どうしてそんなことを言えるの?」エリマは涙を流しながら言った。


クスカは胸が締め付けられる思いだった。自分の行動が、逆にエリマを悲しませてしまった事実を受け止めることができなかった。


「私は…何も分かっていなかったのかもしれない。」クスカは自分の無力さを痛感し、ただ静かに立ち尽くすことしかできなかった。


この瞬間、クスカは自分が愛する娘を守るために取った行動が、逆に彼女を傷つける結果になってしまったことを痛感した。エリマの幸せは、クスカの思いとは裏腹に、ますます遠くなっていくように感じられた。


けれど、強く叱責した夫も泣き崩れているエルマも本当は良く分かっていた。クスカの怒りは親として当然なんだと。父親には貴族家当主としての矜持があるために赤羅様に怒りを表すことはしないが、1人の父親としては許しがたい事である。


エリマも物わかりがいいわけではない。ただ、アルヴィンに嫌われたくないのが、殆どの感情だ。もちろん、アリエルに同情的なのも本心だ。しかしこれでアルヴィンに避けられてしまうのは間違いは無いだろう。これ以上エリマを巻き込まないようにするために。





アリエルはずっと佇んでいた。どれだけの時間がすぎたのかいつの間にか日が傾きはじめていた。アリエルは茜色に染まる空を見ながらつぶやいた。


「私がこの世界に生まれた意味は何?」


誰も答えることのないつぶやきはそのまま森の中に消えた。アリエルに魔法をかけられたツタがアリエルを優しく抱きしめるように包むと天に伸びた。

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