第16話 おいしい選択肢

膝の間に私を入れたまま、コウさんが少し離れて、

「まずは直近の幸せな未来の選択肢を上げましょう」

「ん?」


「美味しい豚汁か、入浴剤入りのお風呂。

どちらをご所望する?」

「えー。うーん、豚汁で!」


「了解。ちょっと温めてくるから待ってて」

「手伝うよ」

「ん。その前に俺のジャージ、履いておきなさいね。俺の理性がどっか行っちゃうからね」

「え!あ!はい!」

「ふふふ」

立ち上がったコウさんは、頭ポンポンしてハーフパンツを貸してくれた。


洗面所をお借りして着替え、キッチンに向かう。


「何したらいい?」

「そうだな。豚汁ついでもらっていい?」

「はーい。コウさんどのくらい食べる?」

「おたまに1杯半で」

「はーい」

「熱いから気を付けてね」

「うん」


「美琴のごはん。俺がよそってもいい?美琴がする?」

「あ、自分でやってもいい?」

「ん。杓文字ここね」

「うん。ありがとう」


「汁、持ってくよ」

「ありがとう」


……本気でお母さんか?

気が利きすぎない?



お茶碗を持っていくと、そこには湯気のたつ豚汁に卵焼きと、じゃこを煮たのが並んでいた。


本気でお母さんだ!




  ✳✳


「コウさんには欠点はないの?」

「は?」


物凄く美味しい豚汁を飲みながら尋ねた。

具だくさんな豚汁。夜食でパパっと作ったというのに、このクオリティ。


見た目もよし。性格も面白くて優しい。運動もできる。挙句に料理上手。

何でこんなにハイクオリティな人が私と付き合いたいって思うんだろう?


「ご飯、ものすごく美味しい。コウさんって料理も上手なのね」


食欲がなかったはずなのに、優しい味噌汁の味に食が進む。


「ありがとう。料理、好きなんだよ」

「へえ。料理教室とか行ったの?」

「ううん。うち共稼ぎだったから子供の頃から手伝いと称していろいろ教えこまれたからね。特に俺、一番上だったからご飯はよく作ってた」

「何人兄弟?」

「3人。弟と妹がいるよ」

「分かる。コウさんってお兄ちゃんっぽい」


いろいろと納得してしまった。

確かに面倒見がいいコウさんはお兄ちゃんタイプだなと思う。


「美琴は?」

「2つ上の兄が一人。全然ご飯なんて作ってくれなかったよ」


もぐもぐもぐ。


二人でおしゃべりをしながら、コウさんにとっては夜食、私には遅い夕食を食べる。


「ふふっ」

不意にコウさんが笑った。


「どうしたの?」

と問う。コウさんは嬉しそうにこちらを見ていた。


「美琴はおいしそうに食べるよね」

「ん?美味しいよ?」


「ありがとう。俺、ご飯をおいしそうに食べる子って好きなんだよね」

「食いしん坊が好きってこと?」


「確かに美琴は食いしん坊だけど、それとはちょっと違うかな。

いつも綺麗に味わって嬉しそうに食べるでしょ。

そういうのって、一緒に食事していて気持ちがいいんだよね」

「自分ではわかんないけど、なんか、ありがとうございます?」

「どういたしまして。俺の方こそ、おいしい美味しいって食べてくれてありがとう」



  *


この後、一緒に食器を洗った。

「あとはかたずけておくから、美琴はお風呂に入っておいで」

「え。あ。うん」


あまりに自然にお風呂に誘導される。

これはやっぱり、お付き合いが始まったってことは……そういうことなのだろうか?


コウさんは食器を拭きながら、

「一緒に入る?」

と聞くから、

「ち、違うよ!お風呂いただきます!」

と慌てて脱衣所へ向かった。


「お湯張ってるから、ゆっくり入っておいで」

と声を掛けられた。振り返って、「うん」と頷いた。


言われるがままお湯に浸かってしまう。


かこーーーーーん。

なんて音がすることはなく、パチャパチャという水音だけが響く。



健からの電話がなければ、あのまま最後までしてたかもしれない。


そして、付き合うことになった今、というかこれから。

これからどうなるんだろう。



   *


お風呂から上がったら一緒に並んで歯磨きをする。


この後どうなるんだろう。

そう思うと、私の心臓はドキドキ、バクバクと大きな音を立てていた。

自分でも緊張しているのが分かる。

コウさんは緊張しないのかしら?


鏡越しにコウさんを見る。

目が合って、優しく見つめ返される。


お尻でトンって押されて、フラッとする。

お返しとお尻で押し返す。


コウさんが歯磨きをしながら笑ってしまって慌てて洗面台に顔を突き出すから、それを見た私も吹き出しそうになって慌てた。



  *


「俺も風呂に入って来るから、美琴は先にベッドで寝てて」

「え」

「明日も仕事だし、今日はもう疲れたでしょ?」


それは何もしないってこと?

鏡越しに見つめ合う。


不意に肩を引かれ、抱き寄せられる。

「そんな目で見ると、キスしちゃうぞ」

ピクッと身体が反応した。


チュッ。

額にキスされた。


そしてギュッと抱き締められて、私も抱き締め返した。



「落っこちないよーにしっかり捕まっててね」

そう一言いうと、あっという間に、

「えいっ」

「!?」

お姫様抱っこをされる。


「わ。お、重いよ?」

「全然、軽いよ。はい、消して」

「え、あ、はい」

言われるがまま洗面台の電気を消す。


「はい、開けて」 

「はい」

洗面所のドアを開閉する。


「もう一回開けて」

「はい」

寝室のドアを開けて、閉めた。


ベッドにゴロンと転がされる。


仰向けの私。

顔の両横に、コウさんは手を付いた。


じっと見つめる。見つめられる。


「風呂入って来るね。もし眠かったら寝てて」

キスを一つして、

「起きてたら、もう寝かせてあげられないからね」

もう一度、ゆっくりとキスをした。





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