第10話 同意

  *


「いきなり泣いちゃってごめんなさい。驚いたよね」


コウさんから目を逸らして謝った。何となく、目を合わせ難い。



「大丈夫だよ、気にすんな。

それより、落ち着いた?」

「うん。あれだけ泣いたら」


「喉、乾いたんじゃない?コンビニ寄る?」

「うーん。この顔じゃ恥ずかしくて入れないよ」


「泣き顔もかわいいよ?」

「うわっ!」

「何、うわって?」

とくすくす笑う。


「イケメンのたらし発言」

「ジュース奢ってやろうと思ってたけど、やめた」


「えー!ごめん!飲みたい!」

「どうしよっかなー」


泣いてしまった気まずさに、このふざけた掛け合いに少しホッとする。


「イケメンのコウさん!

炭酸のオレンジジュースが飲みたいのですが、明るいコンビニに入るのが恥ずかしいので買ってきてください!」

「うむ。

イケメンだから買ってあげよう」


「ありがと!イケメン!ナイスイケメン!」


「なんだ、ナイスイケメンって」

と笑ったコウさんは、

「でも、かわいい子が外にいるのは危ないので、本のとこで下向いて待っていてください」

と、入り口近くの雑誌売り場に手を引いて連れていった。



少しして、

「お待たせ」

と大量の購入品を買い物袋に入れて近づいてきた。


「何、買ったの?すごい量」


袋を持ち上げて中を見せてくれる。中はジュースだけじゃなく、お惣菜やお菓子、お酒などいろいろ買っていた。


袋の中を見た時、コウさんのTシャツが目に入った。


ボートネックのTシャツがぐちゃぐちゃに汚れていた。


私の涙と鼻水だ!!!


「こ。コウさん。服が、どろどろ・・・」

「あ、ああ。もう家だし。大丈夫だよ」


「いやいや。大丈夫じゃないですよ。クリーニングに!クリーニング代を!」

「ふふっ」


コウさんが笑った。

そして、頭をポンポンと撫でると、

「クリーニング代の代わりにもう一杯付き合ってよ」

「?」


「もう少し飲みたい」

買い物袋を少し持ち上げた。



つまり・・・


「家のみ・・・ってこと?」


「うん」

「一応私も女子の端くれでして・・・さすがに夜分に男性のおたくというのは・・・」

しどろもどろになってしまう。


「昨日の今日でそれを言うか?」

「えー。確かに・・・むしろすみません」

と頭を下げる。


「まあ、俺も男だし。今、美琴は弱ってるっぽいからチャンスだけどさ」

「チャンスって・・・」


「美琴のこと大切だから、同意なしでいろいろはしません」

「いろいろ?」


「そう。いろいろ」

「・・・」


「美琴?」

「・・・いろいろ・・・してほしいって言ったら?」


「そりゃ、抱きつぶすさ」





**



宣言とは違って、コウさんが私を抱きつぶすことはなかった。

キスすらしなかった。




コウさんの家に行った私は、お酒を飲み、おしゃべりをし、映画を見た。

めちゃくちゃ怖いホラーと笑えるコメディと泣けるヒューマンドラマ。



ホラー映画の幽霊にびびっていると、コウさんが膝の間に入れてくれた。

背中に触れるコウさんの胸板や包んでくる腕にどきどきするのも束の間、襲ってくるおばけが怖すぎてそれどころではなくなっていた。



そして、気が付くと、ソファで寄り添うように眠っていた。



「変な姿勢で寝たから体が痛い」

と二人でぶつぶつ言いながら、朝食を食べた。





その後、ロウリュウのあるスパに一緒に行って、二人で並んでマッサージを受けて、家に帰って公園に来て、サッカーボールを蹴った。

軽くパスをした後、1対1でボールを奪い合う。




コウさんは私がキープするボールをあっという間に足元から奪った。

やっぱりうまいなぁ。

と思いつつ、今度は私が奪いに行く番だと、体を寄せる。

コウさんは大きな体を私とボールの間に入れてひょいひょいっと躱す。

くぅー!うますぎて悔しい!


こうなったら最後の手段!

広げる腕を引っ張って、ファウルでボールを奪おう!


「うわ!持ってる、持ってる!」

そう言いながらも、足を延ばしてボールを私から遠ざける。

「わー。その足の長さはずるい!」

きゃいのきゃいの言っていると、

「いーれーてー!」

と周りで遊んでいた子供たちが混ざってきた。


一緒になってコウさんのボールを取ろうと突っ込んでいく。

「おおっ!マジか!」

と言いつつ足裏を使ってボールキープする。

流石に4対1になったらボールを取られて、悔しがっていた。そんなコウさんはちょっとかわいくて、おもしろかった。



夕方になって子供たちと手を振って別れ、私たちも公園を後にした。

2人で歩いて帰路につく。


「二日続けてボール蹴るとは思わなかったー」

そう言って楽しそうに前髪をかき上げるコウさんを見上げた。

コウさんが私を見おろし、

「楽しかったね」

と微笑んだ。


「うん、楽しかった」

「美琴って結構アクティブだね」


「そう?」

「そ。来週もどっか行く?」


「来週かぁ・・・・どうだろう。もしかしたら仕事かも」

「仕事?あー、そっか。そろそろ展示会あるんだっけ?」


「うん。2週間前だから。コウさんも来るんでしょ、うちの展示会?」

「もちろんお邪魔しますよ。しっかり交渉させていただきます」

「お待ちしています」


コウさんが少しだけ私の方に寄った。

コウさんの横を自転車が通り過ぎた。


当たり前のように道の外側を私が歩いていた。

そういえばいつもそれとなく私が車と反対側を歩いていることに気が付いて、コウさんは優しいなあと思った。



「もし、会えそうなら連絡して?」

「え?あ、はい」

「会えなくても連絡して?」

「はい」

「俺も連絡する」


コウさんの手がそっと頬に触れる。

反射的にコウさんを見上げてしまい、目があった。


あ、これ・・・。

慌てて視線を反らした。


「・・・わかった」

と頷いた。



コウさんは、

「フフフ」

と嬉しそうに笑って、頬の手を頭に移動して、ポンポンと頭を撫でた。


「学習してるじゃん」

「・・・」


『キスされるタイミング』だと思ったことがばれていて、返事に困る。



「じゃ、またね」

「うん。また」




手を振りあい、コウさんは帰っていった。



私は少しだけ見送って、オートロックのエントランスを開けて階段を上がった。



いろいろあった週末だったな・・・。


触れられた頬に手を当てる。




『俺と付き合わない?』

コウさんが言ったアレは、本気なのかな?










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