第3話 異世界失格

 雨が降り続ける曇天の空。

 一人の作家でもある物書きの男が愛人のさっちゃんと恋に落ちるが、報われない恋と知り、大雨で増水した人喰い川に二人して入水自殺を試みる。

 運命の想い人と示すように、お互いの片方の手首に赤い糸を結びつけて……。


 そこへ偶然にも二人の愛を邪魔するように一台のトラックが飛び出してきて、この現実世界での生涯を終えた……。


 ──次に目が覚めた時にはどこかの教会の部屋に居て、ステンドグラスの下で寝そべっていた。


 千切れた赤い糸を見やり、ここが死後の世界かと呟いた物書きの男は、案内人で聖職者の女性アネットから冒険者として異世界転移したと告げられる。

 だが最高の幸せを得られる愛人と心中できなかったことを恥だと口に出し、瓶に入った猛毒のカルモチンが入った錠剤をかじり、その場で再び倒れ、アネットが慌てて解毒魔法をかける。


 生きることに懸命でもなく、目には酷いクマがあり、偏頭痛持ちで、たまに咳き込みながらも煙草を吸うという不健康な生き様。

 おまけにステータス表示もレベルもHP1で最弱、薬物漬けで猛毒となっており、どこに行っても駄目な男で、五回にも及ぶ死に場所を選んでいたと、生に関して後ろ向きな文豪。


 そしてアネットの引き止めを無視し、異世界のフィールドへと旅立つが、頭の中に経験値やレベルが上がったなどのアナウンスが響き、頭痛と戦いながら、色々と忙しい心境でもあった。


 そこへ猫耳の女の子が木のモンスター、デスツリーに襲われて捕まり、死に行く女性は美しいと呟きながらも、同じく男もデスツリーの餌食となり、生命力を奪われるが、毒物を過剰摂取していたのが運のツキか、逆にモンスターを枯らして倒してしまう。


 ──助けた猫耳の女の子とアネットがいる教会に戻り、この異世界にも愛しているさっちゃんがいるのか? と尋ねるが、その男に想いを寄せていたアネットは嫉妬してしまい、後にタマと名付けた猫な女の子と思い切って同行することに……。


 ──人は私を先生センセーと呼ぶ。

 私はこの赤い糸で繋がっていたさっちゃんと再会し、心中するのが本来の目的だと。

 そう言ったセンセーはアネットが気合いを入れて、ロープで引っ張る棺桶の中で永遠の眠りにつくのだった……。


 ──修羅日記というタイトルのオープニング曲は伊藤歌詞太郎いとうかしたろう

 狐のお面で顔出しをしないネットで活躍するシンガーソングライターであり、動画も大人気。

 エンディング曲の『さよなら、素晴らしき世界よ』は前島麻由まえしままゆが歌唱。

 幼女戦記などのアニソンで有名だったミスアンドロイドからソロになったボーカリストであり、そのボーカルの上手さは健在である。

 二曲ともメロウなサウンドで愛する者に焦がれる恋の歌詞となっている。


 ──この作品は王道となった異世界転移をテーマしているが、自殺願望のある転移者のセンセーをターゲットにした目新しい作風。

 モンスターと出会っても戦うすべ無しで、これで楽になるのも悪くないと転移者らしからぬ言動をとるふしだらさ。


 おまけにステータスも貧弱で持ち物は猛毒の瓶と煙草という普通の人間……というセンセーの設定。

 異世界らしくロールプレイングゲームのようにコマンドも表示され、色々と楽しませてくれる。


 ──愛する者との心中をひたすら願うセンセーが生きることより、命を捨てることに執念を持つ、鬱で病んでいるような姿。

 しかし周囲の人々はセンセーがいなくなると何かと困るため、必死でセンセーを守り抜くのだ。


 事あるごとに死に損ねたと呟くセンセーでもあり、自分で歩いていく女性の姿も美しいと戯言をいうセンセー。

 そんなセンセーの移動手段がパーティーがひきずる棺桶の中という点がナイスであり、大ヒットしたカセットでのドラクエのゲームを思わせる。


 ──物語も異世界ものと見せかけて、ラブコメ色が多めであり、転移前に好きだったさっちゃんがこの異世界にいることを悟り、彼女を捜すために冒険者となる。

 要するに一途で純愛だが、病弱な男がフラフラとさまよう異世界ファンタジーというものだ。


 ……とここまではテンプレらしい作りだが、何度も告げるように主人公であるセンセーが生きることに絶望しており、ひたすら言うこと成すこと病んでいるのが一番のポイントでもある。

 そんな雰囲気にも関わらず、重い話にならずにギャグに置き換えているという高度な展開も凄い。


 ──モンスターもスライムやゴブリンなどというベタな種類でもなく、出現の仕方も独創的であり、予想外のパターンが多い。

 そのせいか展開に飽きずにじっくりと観れる作りとなっている。


 ──とある純文学と似たようなタイトルに親近感を抱き、異世界転移でこれだけ生気がなく、これまたある文豪を思わせるような希望を持って人生を全うすることにも興味がない転生者。

 こんな奇妙な異世界ファンタジーもありなんだなと思わせてくれる。


 ──どんなに遠く離れても、本気で好きになった女性をどれだけ愛せるか。

 個人的に面白いと感じさせ、今どき珍しい恋愛の形で綴る名作だと思う。

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