番外編~迷宮天網教~

番外編 1話 迷宮天網教

「む、無良達哉様で、あ、あってますかぁ……?」


 春の陽気が感じられるようになった頃、学校の帰りにひと気の少ない道を歩いていると、唐突に声をかけられた。

 振り返ると、背の低い人が一人。灰色のブカブカのローブを着ており大きなフードをスッポリと被っているため、どんな顔かは良くわからないが、喋り方からして陰キャコミュ障引きこもり臭がプンプンする。フードからは長い髪が垂れており、彼女の腰ほどまでに伸びている。


「し、渋谷ダンジョンの、近くで、ひ、人助けを、している人がいると、う、噂になってまして。な、なかなか、情報を話してくれる人は、いなかったんですが、はい、独自の調査で、無良達哉様ではないかと、その、すみません、すみません……」


 何故か急に謝られてしまった。なんだかヤバい人臭がするので適当にあしらうことにしよう。


「人違いじゃないですか?」


「えぇっ!? あ、その、ごめんなさい。あ、あれ。絶対そうだと思ったのに……うぅ……なんで見つからないの……? グスッ……達哉様、どこに、どこに……」


「……」


 オロオロして泣き始める彼女。なんだかとても悪いことをしているようで、罪悪感に襲われる。

 俺はため息を一つ吐いて彼女に話しかける。


「はぁ。えっと、嘘です。俺が無良達哉であってますよ。何か用ですか?」


「えぇっ!? や、やっぱり達哉様なんですか……? な、なんでそんな嘘を……」


「いや、だって貴女、見るからに怪しいじゃないですか」


 灰色のローブに身を包んで、猫背でオロオロしていて、何故か自分の名前を知っている。絶対俺のことをいろいろ調べてる。怪しいことこの上ないだろう。


「ぁ、す、すみません。私、こういう者、でして」


 彼女はごそごそとポケットを漁り、名刺を取り出して刺し出してきた。


「えっと。青陰あおかげ佳澄かすみ。迷宮天網教、教徒?」


「あ、はい。私、迷宮天網教の青陰佳澄、21歳です。あの、怪しいものではありません」


「宗教ですか……」


 残念ながら怪しさが増しましたが?


「む、無良達哉様。貴方に是非、一度迷宮天網教の本部にいらして欲しいのです」


「あの、すみません。迷宮天網教ってどんな宗教なんですか? 流石に良くわからない宗教の本部に行くのは怖いというか……なんか変な勧誘とかじゃないですよね?」


「そ、そんなことはありません! そ、そうですね。まずは迷宮天網教について、少しお話をさせていただきます」


 青陰さんは一度気持ちを落ち着ける様に深呼吸をして、再度口を開く。


「迷宮天網教とはその名の通り、迷宮を天におわします我らが神が与えたもうた賜物として崇め、神に感謝を捧げる宗教です。迷宮が生まれる前は、女性は殿方に虐げられる弱者でありました。その歪みを治すために迷宮は現れたのです。迷宮が産まれ、女性にのみレベルという名の階級を与えてくださいました。これは男女間の力の差をなくし、是非曲直を正すために神が与えたもうた物なのです。なので私達迷宮天網教は迷宮を崇め、迷宮を与えたもうた神に感謝を捧げるのです」


 急に口が回るなこの人。


「はぁ……。それでその迷宮天網教の教徒様が俺に何の用事があるんですか? 話を聞く限りだと、迷宮天網教は男性を敵対視してるっぽい感じがするんですけど」


「えっと、それは達哉様が、私達の崇める神が遣わした使徒であらせられるからです」


「はい?」


 使徒? 俺が?


「いや、そんなわけないじゃないですか。迷宮天網教なんて今日初めてしりましたし。俺は歯科医の父と料理研究家の母の間に産まれた一般男子Aですよ」


「いえ、あの、達哉様は神の使徒なのです。た、達哉様の持つ膨大な経験値がなによりの証拠です。達哉様は女性に力を与え、男女の格差をただすために神が遣わした使徒なのです」


「だから違うって言ってるじゃないですか。役所に行って住民票貰ってきましょうか? 神の使徒なら住民票なんて無いでしょうし」


「た、達哉様のそのお姿は世を忍ぶ仮のお姿ですから……」


「いや生まれたときから何度鏡みてもこの顔ですよ。あの、もう行っても良いですか? おなか空いてるんで。早く帰って担々麵喰いたいんですよ」


「えっと、ど、どうしても来てくれませんか……?」


「いや、もう夕方ですし。俺にも用事がありますし。その予定って日帰りで終わります?」


「め、迷宮天網教の本部は箱根にあります。達哉様にはそこにお住まいいただきたいのです。も、もちろん衣食住は全て我々迷宮天網教が保証いたします」


「いや学校もバイトもあるから無理です」


「あ、あの! お越しいただければ、欲しいものは可能な限りご用意させていただきます! 金品に限らず、じょ、女性も!」


 何としてでも俺を連れていきたいのか、青陰さんが必死にアピールしてくる。俺は青陰さんをまじまじと眺めた。


「……青陰さん。フード取ってもらえます?」


「ひうっ……し、使徒様のご命令であれば……」


 フードを外したことで青陰さんの顔があらわになる。長い髪の毛で顔が隠れているが、それでも顔が整っていることがうかがえる。大きな垂れ目、小ぶりな鼻、不安からから少し震えてる口。そしてぶかぶかのフードでも分かるほど大きな胸。


「ふーん。欲しいものは何でも準備するって言ったよね?」


「えと、その……はい……」


「青陰さんの身体も?」


「ひぁっ! ……わ、私なんかの身体が欲しいんですかっ!? あのあのあの、その……ひ、必要であればっ!!」


 てんぱった様子でワタワタした後に、青陰さんはローブの前をガバっと開いた。


「ど、どうぞ!」


 その行動はどう見ても露出狂だが、ローブの中は普通に服を着ていた。


「じゃあ、そのまま目を瞑って。動かないでくださいね?」


「は、はははははははいぃ!」


 プルプルと震えながら目を瞑り、口をひくひくさせながらも何故か唇を少し突き出してくる青陰さん。

 俺はそんな青陰さんを…………


 そのまま放置して家に帰った。

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