ガチ恋勢

ナガミチたろう

第1話

「いらっしゃいませー…」


今日も退屈だ。大学を出て結局コンビニでバイトを続けているけど、やっぱりしんどくてしかたない。就職なんて無理すぎてできなかったし、フリーターでいっかと思ったけど、やっぱり就職しておけばよかったかな。


「合計で1200円になります」


レジ袋におにぎりや麦茶のペットボトル入れて指し出す。仕事ができそうなサラリーマンの客はスマホのQRコードを見せてきた。


「ありがとうございましたー…」


昼過ぎの3時、まわりはビルや飲食店が立ち並んでいるが、この時間帯は客が少ない。商品の陳列も無く、夕方まで時間がすぎるのが遅く感じる。シフトが一緒のもう1人のバイトはバックヤードでスマホをいじっている。


「客いないしいっか」


俺も暇になったのでポケットに入れていたスマホを取り出す。応援している声優の里西ミカちゃんのツイッターを最初に見る。


「今日は更新まだか」


ミカちゃんはSNSの更新が多いほうではない。声優には頻繁にSNSを更新して、写真を何枚も上げるタイプの人もいるけど、ミカちゃんはあまりしない。たまに休日に行ったところの写真をアップしたり、仕事の告知をするぐらいだ。


バズってる動画とか、面白いツイートにいいねを付けたらもうすることがなくなった。まだ客は入ってこない。


「商品整えたりでもするか…」


暇つぶしにお菓子コーナーの棚の商品を整えることにする。



-----------



俺は高校の頃からミカちゃんを推している。ある作品の生放送番組で初めて見て、愛嬌のある人柄にすっかり惹かれてしまった。最初はSNSとかを見たりしているだけだったが、少しずつイベント現場に行くようになる。


ライブでは慣れないこともあったけど、何年も行くようになってからは自然とこなせるようになった。コールアンドレスポンスは全力でやるし、ミカちゃんに全力でアピールする。


初めて近くで会ったのは所属しているグループのCDのお渡し回だった。緊張して、何を話したかはあんまり覚えていない。それは確か大学2年生の時ぐらいだったと思うけど、その時から本気で好きになり始めた気がする。


デートしている妄想をなんかをするようになった。そういうことを考えているのは楽しいし、幸せだ。


でも、結局自分はファンの1人でしかない。ほかのファンに笑顔で話しているのを見たりすると、自覚するようになる。


もちろん男の声優とも共演することもあるが、その時はどういうことを話しているんだろうか。気になって仕方がない。羨ましさよりも嫉妬心の方が強い。


このモヤモヤした感情は最近になって感じ始めた。どうしようかと思っている。そもそも、前からガチ恋に対する風当たりの強さは理解していたけど、まさか自分がそうなっているとは思ってなかった。


気づいたら本気で恋していることに気づいた。


「疲れたな」


夕方になり、俺のシフトは終わり。最後の方は客もまあまあ来て、ちゃんと仕事をした。考え事をしながらだったから、いつも以上に疲れていた気がする。


「おつかれしたー」


店のユニフォームを脱いで、自分の上着を着て、ショルダーバッグを掛けたら夜勤の人に一応挨拶をして店を出る。今日はミカちゃんが出るアニメの放送がある。風呂に入って、適当な動画を見て時間を潰して待つつもりだ。



-----------



ツイッターで感想をつぶやきながら見ていたアニメが終わった。


「まあまあ面白かったな」


ミカちゃんが出ているのは異世界転生モノで、今日は8話の放送だった。正直ありきたりなストーリーだけど、面白い方だとは思う。駄作じゃなかったからとりあえずいいかって感じかな。


推しがつまらない作品に出ている時は本当にいたたまれない。作品が叩かれるのもそうだし、時間が無駄になった感じがする。そんな作品のために推しが仕事で時間を使っていたと考えるともったいない。


だから推しが出る作品は大事だ。自分の好みというよりかは、売れる売れないの方が気になっている。


「あ、更新来た」


深夜1時からの放送だったけど、ミカちゃんも見ていたみたいだ。放送終わりにツイートしてくれたから、即リプライ。


「《今日も面白かったです》っと」


とにかく早くリプライしたいから、内容はあまり考えない。特にツイートしてすぐの場合は早さが命だと思っている。


ほかのリプライもすぐに何件か届くが、内容は似たり寄ったりだ。現場で見たことがあるアイツも送っていた。


「………」


「タクノ」という名前のソイツはあまり好きじゃない。パッと見オタクって見た目じゃなく、まあまあ見栄えがいい。どうやら、ミカちゃんも認知しているようで、前に生放送の番組で「いつもリプで見るんだけど~」といったことを言っていた。


そういう時はもちろん心地良い気はしない。けど、別にミカちゃんが悪いわけではないし、本当にやり場のない不快感が生まれる。


1度何人かで集まっていた時にタクノがいたこともあって、少し話したけど、性格が全然違うから仲良くなれそうにない。


2、3年前ぐらいに初めて会ったが、それからはなるべく遭遇しないようにしている。


タクノが認知されている一方で、俺は認知されていない。前のお渡し回で名前を言ったけど、今は覚えているかな。


いつもミカちゃんのツイートには30~50件、多い時は100件以上のリプがあって、それだけあったら埋もれてるとは思う。それでも、期待する気持ちは抑えられない。


推しに期待するのはよくないって主張するツイートは何回も見たことがある。まさか自分がそうなっているとはしばらく気づかなかった。レスや認知を無意識に求めていて、ある時にハッとした。


どうしたらこの気持ちを抑えられるかを考えた時もあった。それは今より関心を下げるのかもしれないと思い、なかなか抑える気になれなかった。熱意はそのままで、期待しないようになれるのだろうか。


「……寝るか」


気がついたらもう2時。明日もバイトがあるから寝ることにする。



-----------



「おはようございます」


今日は朝からバイト。朝は客が多く来るから楽ではない。眠いし、苦痛だ。


「いらっしゃいませー」


「箸は付けますか」


「差し込みかタッチをお願いします」


「ありがとうございましたー」


「こちらのレジどうぞー」


何人か並ぶくらい客がいる。大変だ。次の客を呼ぶ。


「37番」


タバコを買う客だ。後ろにある棚から言われたタバコを取り出す。


「…タッチお願いします」


年齢確認のボタンを押してもらう。ほかにも商品を持ってきていたからバーコードを読み取る。


「おい、これちげぇよ」


「えっ」


客がタバコを指差す。


「えーと… あっ、失礼しました」


言われた37番の隣のタバコを取っていたようだ。謝ってから37番のタバコをもう1度取りに行く。間違えて読み取ったタバコを取り消してから、またタバコを読み取る。


「タッチお願いします」


「チッ」


面倒くさそうな表情を浮かべて舌打ちされた。こういう時が接客をしていて1番嫌な時だ。そんなやり取りがあってから、会計が終わる。


「ありがとうございましたー」


ダル絡みしてくるタイプの客じゃなくてよかった。接客をしていると怒鳴り散らかしてきたり、ネチネチ文句を言ってくる客は避けられない。少し間違えたくらいで舌打ちしてくる客も嫌だが、マシな方だ。


「はぁ…」


自分がみじめになる。声優のイベントに行くと、ひと目見てオタクだと思う人もいれば、身なりがしっかりしていてオタクらしくない人もいる。


ツイッターとかでしかほかのオタクの活動を確認できないから、普段は何をしているのか分からない。収入事情も知らないが、雰囲気からして懐が潤っているように思える人もチラホラ見る。


対する自分はコンビニバイト。生活には全く困らないけど、推し活をするにはやや厳しい収入。CDが出た時は特典のライブの抽選申し込み券を入手するために多く買いたいけど、なかなかそうにもいかない。


ミカちゃんはどう思うかな、こんな俺。職業で人を見るような人じゃないとは思う。普通は収入がいい仕事の人の方が印象はいいと思うから、不安はある。格好とか、CDを買った枚数とかで伝わってるのかな。


「次の方どうぞー」


俺はそれなりに満足してるけど、仕事はできる方じゃない。こんな自分じゃなかったらよかったのにと思うこともある。

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